ジョン・マエダ|実はアンパンマンだった伝説の先輩|WD ONLINE

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清水幹太のQuestion the World Web Designing 2015年10月号

ジョン・マエダ|実はアンパンマンだった伝説の先輩 メディアアート界の圧倒的な先駆者とニューヨークで会うことができた。

Webやデジタルの世界で働く中で、誰しも多少なり憧れをもったクリエイター、影響を受けたクリエイターがいるはずだ。そういう意味で、この世界でつくり手たちに最も多く強烈な形で影響を与えてきた存在といえば、なんといってもJohn Maeda(ジョン・マエダ)だろう。John Maedaは実際に接してみたとき、何を考えて何をやっているどんな人なのか。突撃インタビューしてみた。

「ジョン・マエダ」。その名前は私にとってほとんど冗談のようなものだった。プログラマーでありデザイナー。メディアアートという概念を大きく変えた、デザインとテクノロジーの融合という領域の圧倒的な先駆的存在。MITでの教職を経て、ロードアイランド・スクール・オブ・デザインの学長を歴任。教育にも献身的に取り組んできた人だ。今はベンチャーキャピタルKPCBの「デザインパートナー」としてデザインとテクノロジー、そしてビジネスの融合を目指している。

私のヒーローである中村勇吾氏をはじめとするトップクリエイターたちは、影響を受けた存在として、口々にJohn Maedaの名前を挙げる。まあしかし、そんなことゆうてもずっと日本にいた私なんかにしてみれば、実在するのかすらよくわからないくらい、伝説的な存在だった。たまにインタビューとかで「影響を受けたクリエイターは?」などと聞かれたら、冗談で「ジョン・マエダ」なんて答えたりしたものだ。中村勇吾っぽくてかっこいいからだ。

ニューヨークというのはすごい場所だ。そんな伝説と、ふらっと会うことができる。

John Maeda。「どこかで話聞けないですかね?」とメールしたときにたまたまニューヨークにいて、すぐに話しをお伺いできた。伝説上の存在なのに、なんていうか本当に「あたたかくて鋭い」人

 

待ちあわせはホテルのロビー。

「じゃあ、始めようか」

顔を合わせたそばからすぐにインタビューが始まった。話し方にも動きにも、グルーヴ感がある人だ。すごい。あのJohn Maedaが目の前に実存している。

「変化していくこと。それを楽しむ。それを体現しているから寅さんを尊敬してるんだ」

Johnは名前の通り日系人だ。シアトルの豆腐屋で生まれ、筑波大学に在籍していたこともある。当然、日本への造詣は深い。そんなわけでいきなり「寅さん」が出てきた。プログラミングをしたり、アート作品をつくったり、学校で教えたり、ビジネスづくりに取り組んでみたり。Johnはいろんなところでいろんなことをしてきた人だ。だけど一貫して大事だと思っているのは、「変化を楽しむ」ということだという。聞きたかったのは、なんでJohnが「教育」をやってきたのかということだ。Johnのようなつくり手が教育に携わる意味は何だったのだろう。

「先生っていうものが嫌いだったんだよ。すぐ生徒の研究の手柄を横取りしたり。だから自分が先生になって、自分が嫌いな先生とは違うことをやりたいと思ったんだ」

つまり、彼がやったことは、生徒が自分の作品を良い形で世に出すサポートをすること。それって本来の教育のあるべき姿だ。

 

Johnが言うことは実はすべてそんな感じで、とてもシンプルで、ものすごくピュアだ。そう。John Maedaは、最高に純粋な人だった。このレベルの純粋さは、ときに迫力さえ感じさせる。その迫力を一番感じたのは、この質問をしたときだ。

「幸せって、何ですか?」

Johnは即答した。

「他の人を幸せにすること。それ以外ないよ。成功したり、欲求が満たされても、人間は弱くなるだけ」

しびれた。そして彼は続ける。

「ぼくが尊敬するもう一人の人、それはアンパンマンだ。アンパンマンは、自分の顔を人に分け与えることで幸せになる。それってまるでキリストじゃないか」

筆者はここでピンと来た。今、私の目の前にいる人は、実際のところ今私が働いているデジタルクリエイティブの世界そのものを構築した人のひとりだ。インターネットという文化そのもの。その上に成り立っている「シェア」というスタイル、オープンソースみたいな考え方。そういった概念は、Johnのようなピュアな人が、ものづくりで世の中にきちんとインパクトを与える形で表現してきたから成立したものなのだ。

実際、ProcessingやopenFrameworksといった、人がよりクリエイティブにプログラミングをするための道具も、John Maedaの影響を大きく受けている。それらでつくられるものも言わずもがな、だ。

Johnは実践的に作品をつくることで、それを世の中と分かちあってきた。それは、アンパンマンがやっていることと同じこと。言うだけじゃなくって、実際にやってきたのだ。哲学のあるものづくりは、ときに世界を変えてしまう。彼がアンパンマンを目指してものをつくってこなかったら、私たちは、こんなに楽しく仕事をできていなかったかもしれない。「アンパンマン」John Maedaが私たちの先駆者であり、「伝説」であって本当によかった、と思った。

 

そして今なら私も、「影響を受けた人」を聞かれて「John Maeda」と堂々と答えることができる。

Ace Hotelの前でしゃべるJohnと筆者。半端なく濃い数十分のインタビューだった

 

メディアアート界の先駆者であるJohn。MoMAをはじめ、さまざまな美術館に彼の作品が収蔵されている

 

著書も多数。この人は、どんなアウトプットであろうとも、「自分が持っているものを分かちあうこと」を意識しているように見える。つまりアンパンマンなのだ

 

清水幹太のQuestion the World:
30代後半になってニューヨークに移住した生粋の日本人クリエイター清水幹太(PARTY NY)が、毎月迎えるゲストへの質問(ダベり)を通して、Webについて、デジタルについて、世界を舞台に考えたことをつづっていくインタビューエッセイ。
Photo : Suzette Lee (PARTY NY)

 

Text:清水幹太
Founder/Chief Technology Officer/PARTY NY 1976年東京生まれ。2005年より(株)イメージソースでテクニカルディレクターを務める。2011年、クリエイティブラボ「PARTY」を設立。企画からプログラミング、映像制作に至るまで、さまざまな形でインタラクティブなプロジェクトを手がける。現在はニューヨークを拠点に広告からスタートアップまで幅広い領域にチャレンジしている。http://prty.nyc/

掲載号

Web Designing 2015年10月号

Web Designing 2015年10月号

2015年9月18日発売 本誌:1,559円(税込) / PDF版:1,222円(税込)

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