2017.07.03
行動デザイン塾 Web Designing 2017年8月号
タイムラインの中の 「真実の瞬間」
人はいつでも同じように反応するわけではない。そこで、行動が生まれやすい「モーメント」(瞬間)を捕捉できるかどうか、が重要となる。
特定の瞬間(モーメント)だけに価値がある
海外のあるホテルチェーンが、空港周辺のホテルの空室状況をプッシュ通知するサービス(アプリ)を提供したら、そのホテルチェーンの利用率が大幅に向上した、という事例が知られている。
海外では飛行機の遅延/欠航は日常的だ。一日の便数が多くない地方都市の空港では、欠航が出たらもう一泊して翌日の便を取り直すしかない。そんな時に、冷静に「近場で最安値のホテル」を探す精神的余裕は持ちづらい。そこにタイミングよく、空港近くのホテルの空室と室料の情報がスマホに届けば、ワンクリックで予約まで進む人は多いはずで、サービス大成功の要因となった。
このサービスは、飛行機の遅延/欠航というイベントとホテルの空室状況(室料情報含む)を、ロケーション(位置情報)をキーにしてリアルタイムでマッチングさせている。ロケーションでのマッチングはごく一般的な仕組みだが、そこに「遅延・欠航が出た瞬間」という時間軸の情報と、「今、その空港にいる」という顧客の位置情報を重ねた点が新しかった(01)。「ある特定の人の、特定のタイミング」を検出し、そこにコミュニケーションを投下すれば、人をリアルに行動喚起するツボを刺激する。このピンポイントのタイミングが「真実の瞬間」だ。
重要なのは、ユーザーの困惑(=未充足)が最大化した瞬間を捕捉できるのかという技術的な精度だ。少しでもタイミングがずれると、オファーがユーザーをいらつかせる無駄な情報へと変質する。下手をすると「そのホテルチェーンは二度と使わない」と反発されて、「的外れなオファーをしてきた」とFacebookなどで投稿されたり、それをシェアする人まで出てくるかもしれない。
ユーザーの未充足がどこか?を考えよう
先の事例のような「モーメント」型マーケティングが難しいのは、精度が低いとアクションが顧客を逃がす逆効果になりかねない危険があることだ。
「真実の瞬間」とは、まさにその瞬間が吉凶どちらに転じることもありえる分かれ目、とも言える言葉である。真実の瞬間というキーワードが普及したのは、ある航空会社の顧客満足度(CS)向上の取り組みがきっかけだった。いかに良いイメージ広告でその会社の評判を高めておいても、機内のささいな不便や不快を感じた瞬間、良いイメージが完全に消え去り、ネガティブな印象だけが残る。その真実に企業側が気づき、機内サービスの改善運動を始めたのだ。何十億円も広告費をかけて積み上げてきたイメージが一瞬で崩壊するのだから、恐ろしいことである。
今日では、02に示したカスタマージャーニー内のさまざまな地点に「真実の瞬間」が潜在することがわかってきた。問題は、その瞬間をどう捉えるか。これには二つの課題がある。一つは、その瞬間にコミュニケーションを届けられるかという課題。もう一つが、そもそもどこに「その瞬間」が潜在するのか予測できるかという課題。前者はある程度テクノロジーの進化に委ねられても、後者の「未充足の予測」はテクノロジー以前に人間側の仮説作業が必要だ。
行動デザイン研究所では、顧客の未充足に関して「行動スイッチ」と「行動チャンス」というキーワードで整理(03)。行動を引き出す上で重要なのは、意識の中の潜在的未充足ではない。せっかくニーズが顕在化した(行動スイッチが入った)のに、そのニーズが満たされない未充足状況の捕捉こそが重要だ。