2016.04.12
解析ツールの読み方・活かし方 Web Designing 2016年4月号
データから顧客対応を見直し、マーケティングオートメーションの導入へ 過去パターン依存から脱却し、新たな顧客層を掘り起こす
ある程度の顧客数を抱えているサイトであれば、過去の累積購買実績などを元に顧客をスコア化し、さまざまな施策を打っているだろう。しかし、ユーザーが多様化した現在、その効用は保障できなくなっている。今回は、実案件を元にした架空の生活用品販売サイトを例に、従来型アプローチの限界を感じて顧客対応の見直しを行った過程を紹介しよう。
A社の取り巻くビジネス環境と課題
雑貨や衣類を中心とした生活用品を販売するA社では、もともと東日本を中心とした店舗展開で順調に事業を拡大していた(01)。1990年からはカタログ通販を始めて販路を広げたが、ネットの台頭による競合との激化と需要の成熟化もあり、売上は長期低迷を続けていた。
そこでA社の戦略として、まずは仕入調達だけでなく、自社での商品企画・開発力を高めてオリジナル商品の数を増やした。そして、消費者のライフスタイルに対応するため、2009年から正式に自社でECサイトを立ち上げた。また、EC事業部を社内で独立させて、販売だけでなく商品企画・集客・サポートまでを独自に展開できる体制を築いた。
ECサイトを立ち上げて数年は、店舗時代に築いたブランド力もあり、大きな話題を呼んで、店舗・カタログ事業の不振を補うほどのチャネルに育った。しかし、3年目を過ぎたあたりから売上・利益ともに成長が鈍化し、この数年ではマイナス成長へと転じてしまったのだ(02)。アクセス解析の数値を見ると、全体のPV数やUU数は堅調に増加している(03)。
さらにページ単位で見ると、特に自社が企画した新商品への訪問が増えていることも判明した。
それを受けて、離脱率の高い商品の紹介ページを中心に改善を試みたのだが、商品ライフサイクルが短くなったこともあり、その労力も現場の疲弊を招くだけとなっていた。
従来セグメントの見直しと新たな挑戦
EC推進担当者は、数字を解析していろいろと考えた末、「商品の魅力はある程度浸透しているが、サイトを見てすぐに注文するという消費者行動のモデルが成り立たなくなっているのではないか」という仮説に至った。
そこで、関心のある顧客層へのサイト訪問後の購買促進を強化する施策を試すことにした。とはいえ、不用意に一斉キャンペーン配信を行っても離反のリスクを招くだけなので、まずは施策に有効な顧客セグメントの見直しから着手した。
A社では、店舗・通販カタログ中心の時代は、性別・年齢に合ったDMを月に数回送付していた。また、ECサイトでは、会員を対象に過去
1年の累積購買額を基にした5段階のランクを設けてキャンペーンを行っていた(04)。
5つのランクを会員数で見ると、A層から順に、だいたい5%、10%、20%、25%、50%に分布している。一方、売上で見ると、EC開設3年目時点で、A層とB層で売上の8割近くを占めていた。A社では、水回り・寝具などのカテゴリー別にグループが分かれており、各グループの販促担当者が、A層とB層に集中して値下げクーポンなどのキャンペーンメールを週に数回のペースで配信していた。D層・E層に対しては、平均月2回程度の一斉配信メールのみであった。
顧客セグメント別での2011年から3年間の売上高推移を見ると、それまでの収益源であったA層・B層を中心に低下傾向にあることが判明した。各層へのキャンペーン配信数はこの期間で大きく変わっていないことから、キャンペーンに反応する割合が低くなっていることが推測される(05)。
実際、メールキャンペーン配信の評価指標をみると、サイト誘導以前に開封率・本文内クリック率が低下していることも判明した。クリエイティブの質の低下もありえるが、それまでの安易な大量メールに会員が嫌気をさした可能性もある。ただし、会員向け一斉配信メールに対する評価指標をみると、必ずしもA層・B層のほうが際立って高いわけでもなく、D層・E層でも一定の反応を見せている。つまり、これらの層は大きな売上貢献ではないが、A社への関心という面では決して低くないといえるのだ。
行動をトリガーにしたターゲティング戦略
そこで着目したのは、従来定義での優良顧客層ではなく、今までよく来訪してくれていたが購買にまで至らなかった層である。つまり、購買に至らないまでも、自社商品に関心を持ってくれた層への迅速な対応を強化しようという考えである。
これまで重視してこなかったこの層に対して、来訪後遅くとも1週間以内に、関心を持った商材に関するクーポンを送付してみることで効果を検証した。具体的には、売れ筋商品の中から特定のカテゴリーに属する商品に対象を絞り、過去1週間で該当商品のサイトに複数回来訪した会員を抽出してキャンペーンメールを送付した(06)。
メールキャンペーンを図る指標として、「キャンペーンコンバージョン率」(コンバージョン数÷キャンペーン配信数)を採用しているが、それまでの数字としては全体で約2.2%であった。平均配信数が約1万通、平均注文単価は2,400円であることから、「1万通×2.2%×2,400円=52万8,000円」となり、キャンペーン1回当たり52万8,000円の増収である。週に平均2回配信しているため、1カ月で8回、年間では96回のキャンペーンを実施しており、年間の効果は概ね5,000万円規模ということになる。この数値だけをみると、ある程度の貢献とも受け取れるが、ほぼクーポンによる割引での売上であることと、人件費も要していることから、営業利益でみると貢献度は、それほど高くない。
今回、新たに開拓を狙った顧客セグメントの評価については議論が紛糾した。従来の優良顧客A層を中心としたセグメントと同様の効果を期待するのは現実的ではないという意見も多く、そもそもキャンペーン対象者がどの程度になるのかも未知数である。議論の末、まずは最低限のインパクトがある値ということで、従来貢献値の20%以上を今回の評価基準と設定した。今回は単発でのテストだが、それを年間を通して定期的に実施したと仮定して、従来の年間キャンペーン効果である5,000万円の20%、1,000万円の売上増が見込めるかどうかを基準に設定したのだ。
新たな顧客層の発掘と見えてきた課題について
3回にわたるテストキャンペーン全体でのコンバージョン数は2,480で、配信数が1万3,000通だったので、キャンペーンCVRは19.1%となり、想像以上の期待効果となった。仮に平均注文単価が同じだとすると、3回の合計で「2,480×2,400円=595万2,000円」の効果があったことになる。つまり、1回当たり約200万円の売上増だ。
今回は1つのカテゴリーに絞ったが、A社には約100種類のカテゴリーがある。仮に、このキャンペーンを全種類で年間「12×4回=48回」実施してすべて同じ効果を得るとすれば、「200万円×100種類×48回=96億円」と単純計算できる。もちろん、現実はその通りにはいかないが、数億円単位での年間売上増加が期待できそうであると見込まれた。
しかし、同時に新しい課題も生じた。今回の一連のテストキャンペーンに要する人件費とIT開発費用に約200万円を要したのである。売上が600万円増とはいえ、原価やクーポン値引きを加味すると営業利益では赤字となる。つまり、同じような体制・仕組みで展開していくのは現実的に不可能であることも露呈したのだ(07)。
そこでA社では、社長の承認を受けて、ユーザーの行動ログから自動的にセグメント抽出を行ってメール配信ができる仕組みの構築を急いでいる。いわゆる「マーケティングオートメーション」と呼ばれる仕組みである。近年、このようなツールの導入は増えているが、実際の施策で頓挫するケースも少なくない。なぜなら、このA社のように洞察に基づく文脈(コンテクスト)に応じた施策にまで至っていないからだ。
また、A社では、実店舗や電話注文といった他チャンネルでの動き、つまりカスタマージャーニーを踏まえた施策も検討しはじめている。ITで自動化することがゴールではなく、常に顧客の状況を数値で理解して即座に対応できる仕組み作りこそが、競争力を高める源泉となるのである(08)。