“勉強”ではなく“学び”を取り戻すためのiPad活用|MacFan

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“勉強”ではなく“学び”を取り戻すためのiPad活用

文●神谷加代

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

教師の話を聞き、板書を写すだけの受け身な授業では、激動のグローバル社会を生き抜く人材は育たない。未来の社会で通用する人を育てるためには、「勉強」ではなく「学び」を取り戻すことが必要だ。工学院大学附属中学校はそんな学校改革に挑み、21世紀型の教育実践を先導する。

 

世界に認められた教師の手腕

教育界のノーベル賞と称される「グローバル・ティーチャー賞」。教師が担う社会的役割に焦点を当て、優れた功績を上げる教師を表彰する賞だ。その2016年の選考で、日本人として初めて世界の優れた教師トップ10に選ばれたのが工学院大学附属中学校・高等学校の中学教頭、髙橋一也教諭だ。

同教諭は、レゴを使った指導法、人間とチンパンジーの言語比較、高校生対象の宇宙エレベーターコンテストの開催など、幅広い知見を活かしたユニークな教育活動を数多く実施。さらには、生徒とインドネシアを訪問し、現地の起業家と社会の課題解決を目的とした協働プロジェクトに取り組むなどグローバル人材の育成にも注力してきた。ほかにも、校内外問わずワークショップを定期的に開催、実践理論の共有にも取り組んでいる。こうした功績が讃えられての受賞だった。

そんな髙橋教諭を中心に、学校改革を進めているのが工学院大学附属中学校(以下、工学院中学校)だ。同校では2015年度より、目指すべき教育の方向性を21世紀型教育の実現に転換し、これまでの知識伝達型の授業から脱却する方針をとった。具体的には新しい学習スタイルとして、双方向的な対話を授業に導入するPIL(Peer Instruction Lecture)や、PBL(Project-Based Learning)と呼ばれる課題解決型学習、さらにはアクティブ・ラーニングを積極的に取り入れていく考えだ。

髙橋教諭はこのような方向性について、学校の授業は「勉強」から「学び」に変化しなければならないと話す。

「ゴールが決まっている『勉強』ばかりでは、これから激動するグローバル社会を生き抜くことはできません。不確実な時代を生きる生徒たちは、正解が1つとは限らない問題に対して自ら課題を発見し、他者と対話しながら課題解決を目指す『学び』が必要です。学校はいかに『勉強』させるのかではなく、『学び』を取り戻すことが重要なんです」

 

 

工学院大学附属中学校・高等学校(東京都八王子市)は、グローバル人材の育成を目指し21世紀型教育の実践に重きを置く共学の私立中高一貫校。中学校は「ハイブリッドインターナショナルクラス」「ハイブリッド特進クラス」「ハイブリッド特進理数クラス」の3つのコースを設置し、国際性や多様性を伸ばす独自の教育カリキュラムを実施している。

 

 

髙橋一也教諭。工学院大学附属中学校・高等学校の中学教頭。米・ジョージア大学院でアクティブ・ラーニングなどの効果的な教育法の研究に従事。帰国後の2008年から英語教師を務め、2015年より工学院大学附属中学校・高等学校に勤務。

 

 

モノづくりをとおして学ぶ

髙橋教諭が実践する授業とは、どのようなものなのか。見学したのは、同校ハイブリッドインターナショナルコースの英語の授業。この授業は1年生と2年生の混合クラスで行われ、さまざまなテーマに基づいた探究学習や、デジタルモノづくりを取り入れた課題解決型学習を行っている。

当日は“21世紀のプロダクトをデザインしよう”をテーマに、それまで10時間で取り組んだ課題解決型学習の発表会が開かれた。生徒たちはグループごとに作成したプロダクトについて、製品紹介のビデオを埋め込んだ発表スライドを作り、プレゼンのコンペティションで競い合う。

「いってみれば、ビジネスの企画コンペを簡略化したものです。このような体験を中学1年生から積み重ねることで、高校生の頃になると社会人顔負けのプレゼンができるようになっていきます」

ちなみに、生徒たちが作成した21世紀のプロダクトとは、どんなものでもコントローラにできる「メイキーメイキー(MaKey MaKey)」というツールを使って考えたオリジナル作品。髙橋教諭は英語の授業であっても、こうしたモノづくりや作品づくりを授業に積極的に取り入れることを重要視している。

「授業では、教科書のテーマを拡張させて現実の社会に結びつけたり、生徒たちが“自分ごと”として捉えられるかどうかが重要だと考えています。それには、モノづくりや作品づくりなど、何かの作業をとおして学んだ内容を形にしていくプロセスが有効です」

プレゼンのコンペティションでは、ドラムのコントローラやレゴを操作できるコントローラなど、生徒たちは自分たちが考えたプロダクトの魅力についてアピールした。プレゼンはただがむしゃらに発表すればいいわけではなく、プロダクトの概要やメリットの説明、ほかのものと異なるポイントを伝えるなど課題設定もされている。もちろん、英語の授業なので英語の発音やパフォーマンスも評価対象になる。より実践的に学びながら、本当に通用する英語力や21世紀型スキルを育てることが、この授業の狙いなのだ。

 

 

プレゼンの前に各グループで発表スライドを作成。スライド編集、プレゼン原稿作成、アイデア出し…というように、役割に分かれて協働学習が進められる。

 

 

プレゼンはどの教科の授業でも頻繁に行われ、中学1年生でも年間100回以上こなすという。スライドのほとんどはiPadで作成される。

 

 

プレゼンのコンペティション前には、どのような点に注意して発表すればいいのか、どのようなところで「優れている」と評価されるのか、すべての生徒に対して評価基準が配布される。ただ、なんとなく発表して終わりではなく、生徒たちは自分たちのプレゼンの評価のポイントを認識したうえでプレゼンに挑む。

 

 

プレゼンのコンペティションの様子。生徒たちは目の前に投資家がいるつもりで、自分たちが考えたプロダクトの魅力を英語で伝えた。“グループのメンバー全員がスピーチをする”“聞き手は3つの質問を挙げる”など、あらかじめルールも設定されている。

 

 

“出過ぎる杭”を育てたい

工学院中学校では2015年度より、中学1年生に対してセルラーモデルのiPadミニを導入し、1人1台体制をスタートした。21世紀型教育を実現するツールとして、授業はもちろん、学校生活全般でICTを活用している。具体的には、授業支援アプリの「ロイロノート・スクール」や、教育機関向けSNS「エドモド(Edmodo)」などを利用。ほかにもマイクロソフトの教育機関向けオフィススイート「オフィス365エデュケーション(Office 365 Education)」を活用して、オンライン上でいつでも学習できる環境を築いている。

髙橋教諭は教育におけるICT活用について、「今の学校現場に多いのは、授業時にのみタブレットを活用するという具合に、限られたときにしかICTを使わないケース」と指摘している。このような使い方に留まっては、生徒の21世紀型スキルを育成するような学習を創造するのは難しい。授業だけでなく、生徒の普段の生活に落とし込むことが大切であり、生徒たちが課題に直面しながら、自分たちで解決していく手段としてICTを使える環境が望ましいというのだ。

工学院中学校における今後の取り組みについて、髙橋教諭は「生徒たちのいろいろな“好き”を伸ばせる場をつくり、“出過ぎる杭”を育てていきたい」と話す。教師や学校の価値観だけで生徒を評価するのではなく、社会や世界、専門家や研究機関などさまざまなつながりを築きながら、多様な視点で生徒を評価できる環境をつくりたいという。

一方で、このような学習スタイルに合う生徒とそうでない生徒が出てくることは課題になるだろう。髙橋教諭が実践するモノづくりを取り入れた授業も、合う生徒と合わない生徒がいるはずだ。

「とはいえ、これからの社会は主体性の有無で格差が生まれてしまう側面があります。それを避けるためにも、学校教育ではある程度の訓練で鍛えていくことが必要でしょう。生徒たちには自分が学ぶのは自分が成長し、他者のために何かできるようになることだと考えて取り組んでほしい。そこに価値を感じることができるように、他者や社会とつながりながら学ぶことが大切なのです」

 

 

図書館にはMacや3Dプリンタが常設されており、デジタルモノづくりが身近に楽しめる環境を整備。工学院中学校ではモノづくりや作品づくりを通じてクリエイティビティを育てる考え方を重視しており、校内のいたる場所にレゴやロボットなどを置いて、生徒が自由に触ることができる環境を築いている。

 

 

過去の英語の授業で生徒たちが作成したポスター。課題解決型学習を多く取り入れる工学院中学校では、教科の学習内容に縛られることなく、生徒たちの知的好奇心や興味・関心が広がるような探究学習も重要視している。そうした学習の成果物は、さまざまな形で校内に掲示されている。