テクノロジーと人間らしさの交差点で|MacFan

アラカルト Dialogue with the Gifted 言葉の処方箋

テクノロジーと人間らしさの交差点で

先日アップルが「The Lost Voice」というタイトルの動画を公開しました。本動画の中で紹介されている「パーソナルボイス」は、自分の声に近い音声をiPhoneで合成し、フェイスタイム(FaceTime)通話・音声通話をはじめ、対面での会話時にも文字を入力して話すことが可能となる機能です。

本連載では以前からアップル製品の充実した障害者支援機能であるアクセシビリティ機能を紹介してきましたが、今回の動画や機能から私が感じたことを含め、改めてアップル製品が持つ特異性を考察してみたいと思います。

喉頭癌や事故、脳梗塞など、さまざまな理由で人は自らの声を失う可能性があります。自らの声を音声言語として使用して意思を伝えられることは、障害がない人からすると、一見特殊なニーズのように感じられるかもしれません。しかし、スペシャルニーズの先にイノベーションがあることは本連載の中でも何度も紹介してきました。

テキストの内容ではなく、自分の想いを伝えるうえで、声はとても大きな役割を果たしています。アップル製品は視覚障害者の目になり、聴覚障害者の耳となり、発声障害者の声となるだけでなく、すべての人が表現者としてその人らしく創造性を発揮し続けられるために存在していると言えます。

これはスティーブ・ジョブズが、プロアイスホッケー選手ウェイン・グレツキーの言葉を引用したように、「パックがある場所ではなく、パックの行き先へ向かう」という企業文化の表れかもしれません。

また、アップルが目指しているのは、テクノロジーと人間らしさの交差点に立ち、人々が毎日の生活に取り入れて使いたくなるものを作ることであり、生産性を高めるだけではなく、一段とクリエィティブになれるものを作ることにあるとしています。生産性や便利さが追求されがちな現代社会において、創造性と豊かさを高めるためのツールとしてアップル製品は存在していることに改めて気づかされます。

間近に迫った「ビジョンプロ(Apple Vision Pro)」の登場は、「映像や音声を記録し、視聴する時代」の終焉と、「体験を記憶し、共有する時代」の始まりを意味しているように感じます。空間コンピューティングという概念の登場により、テクノロジーは生活の中に自然な関係性の境界線を持たない存在として融合することで人はあらゆる制限から解放されて、人間らしさと豊かさを取り戻すことになります。ジョブズがパソコンを知の自転車(a bicycle for our minds)と表現したように、魔法のようなテクノロジーがすべての人の知性を加速させる存在になる時代が、もうそこに来ているのだと私は本気で信じています。

世界の平和が失われつつある、VUCA時代を生き抜くためには、人が世界の平和を自分ごととして捉えるために、空間や時間を超えた体験の共有が効果的なのかもしれません。また「ホモ・ルーデンス」という言葉が示すように、誰もが小さい頃は普通に持っていた知的な遊びへの探究心と好奇心を取り戻す転換期に来ているのではないでしょうか。私の妄想を広げた動画「The Lost Voice」中にはアップルの精神が散りばめられています。ぜひ視聴してアップルの精神に触れてみてください。

 

自身の声、自分の言葉で話す意味をもう一度。

 

 

Taku Miyake

医師・医学博士、眼科専門医、労働衛生コンサルタント、メンタルヘルス法務主任者。株式会社Studio Gift Hands 代表取締役。医師免許を持って活動するマルチフィールドコンサルタント。主な活動領域は、(1)iOS端末を用いた障害者への就労・就学支援、(2)企業の産業保健・ヘルスケア法務顧問、(3)遊べる病院「Vision Park」(2018年グッドデザイン賞受賞)のコンセプトディレクター、運営責任者などを中心に、医療・福祉・教育・ビジネス・エンタメ領域を越境的に活動している。また東京大学において、健診データ活用、行動変容、支援機器活用関連の研究室に所属する客員研究員としても活動中。主な著書として、管理職向けメンタル・モチベーションマネジメント本である『マネジメントはがんばらないほどうまくいく』(クロスメディア・パブリッシング)や歌集・童話『向日葵と僕』(パブリック・ブレイン)などがある。