未来のリーダーは「課題解決型」の教育から生まれる|MacFan

教育・医療・Biz iOS導入事例

未来のリーダーは「課題解決型」の教育から生まれる

文●山脇智志

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

西日本屈指の進学校として名高い奈良県にある西大和学園高等部は、数少ないスーパーグローバルハイスクールとスーパーサイエンスハイスクールの両方を認定されている私立高校だ。単なる進学のためでなく、人生それ自体を目的とした学びを加速させているのがiPadだった。

 

 

「受験」にiPadは必要ない?

iPhoneなどのスマートフォンやiPadなどのタブレットを使って学ぶことは、もはや不思議な光景ではなくなった。中高生が、放課後などにファストフード店やファミリーレストランでスマートフォンで授業動画を見ながら自律学習している風景をよく見かけるし、学校自体がiPadを複数台数導入し、生徒全員に配付して教育を行っているところも数多くある。

ただし偏差値の高い大学への進学を目指す高校生たちが通う、いわゆる進学校では少し事情が違うようだ。そうした学校で、ICTを利活用する事例はあまり聞かれない。それは時代や社会やテクノロジーがどんなに変わろうとも、受験自体のスタイルが依然として変わらないことに起因するのかもしれない。これまでのやり方こそが「正しい」として、むしろスマートフォンやSNSなどとどれだけ距離をとるかということに、教育サイドが腐心することも珍しくない。

このような状況にありながら、進学校でも積極的にiPadを活用した教育を実施している数少ない学校の1つが西大和学園高等学校(奈良県)だ。同校は、文部科学省のスーパーグローバルハイスクール(SGH)、そしてスーパーサイエンスハイスクール(SSH)の両方に採択されており、今回筆者はSSHプログラムの一環として、2016年秋季のテクノロジーに関する特別授業を複数回受け持つ機会を得た。ここで実際に、自分の目で見た生徒たちのiPad活用の実態を紹介したい。

 

 

西大和学園は1986年に当初は高等学校から、追って中等学校を開校した中高一環の私立学校。東京大学をはじめとしたトップレベルの大学へ進学する生徒が多く、特に京都大学への進学数では関西トップを誇る。また近年では欧米をはじめとした海外の一流大学に進学する生徒も現れている。

 

 

知識よりも大事なものがある

進学校は「伝統」を合わせ持つことが多いが、同校の開校は1986年と比較的歴史が浅い。にも関わらず、関西屈指の進学校としてその地位を築き上げられた理由として、大学受験のための教育だけにとどまらない幅広い活動に取り組んでいることが挙げられる。同校が掲げる「世界を舞台に活躍できるリーダー」の育成を行うというミッションを、実践レベルに落として教育活動を行っている。理数系教育を重点的に行う高等学校を対象にした、文部科学省による5カ年計画プログラムであるSSHへの参加もその一環だ。これについて、同校の東孝信教頭は次のように語る。

「近い将来において、今の教育スタイルで主流となっている知識伝達方式と、そこで身につけられる“知識”は意味をなさなくなるかもしれません。たとえば、問題解決能力やその場の判断力、コミュニケーション能力といったスキルのほうが重要になるはずです。生徒たちは西大和学園を卒業して大学に進み、将来的に日本のリーダーになってもらいたい。そのときに必要なことを今の段階で提供すべきだと思っています。そのために、SSHという仕組みの中で科学に関する課題研究をさせるなど、既存の勉強方法や学力だけではない力を育んでいきたいと考えています」

今年度はITを使って新たなプロジェクトを進めている。同プロジェクトを推進する村松知明氏に、その目的を聞いた。

「西大和学園は創立30周年を迎え、東大・京大への合格者も増えています。ただしそれを実現したのは、従来の詰め込み型教育でした。今は、次の時代を見据えた学業の意義、意味、目的を見つける教育を構築しつつあります。たとえば、中学一年生のときに農業体験、二年生のときに新規事業発表を行っています。自分の興味のある研究領域を『これかな』と仮決めできた生徒が、高校でさらにその領域を深掘りする、まさに課題解決型の教育です。今回は産業界と連動して、動きの速いITについて学ばせたいと思いました」

具体的には、地元・奈良における海外への情報発信をITを使って行うための新規事業を開発するというもの。生徒たちは「海外探求プログラム」と称したアジアでの1週間の修学旅行を行うが、そこでの体験を踏まえたうえで、また企業の協力も得ながら、アイデアを発表し技術とコンテンツを競い合う。筆者が代表を務めるキャスタリアが技術面でのアドバイスを行うことになった。

「今後ますますグローバルの波は押し寄せるでしょう。変化の激しい時代です。そこで生徒たちには、現在先進的な開発をしている企業の一部分でも触れてもらい、インターネットを使った学び、そしてグローバルな考え方をとおして人生の課題研究に挑んでほしいのです。既存の高大連携(高校と大学が連携して行う教育活動)で得られる刺激は学問という枠の中だけです。より社会や生活に密着している企業の、実務的な視点や活動に触れる機会を創出したいという思いがあります」(東教頭)

このプログラムへの参加者は高校1年生で、自ら手を上げてくれた生徒たち約30名だ。私の受け持った授業では5~6名の班に分かれて、それぞれが奈良の情報発信のコンテンツとなる観光名所などを調べ、その特色と海外への訴求点をスライドにまとめて授業で発表した。その後、修学旅行での経験を踏まえ再度内容を検討し、それをさまざまなIT技術や手法を用いて最終的なアウトプットへと昇華させていく。

筆者自身、新たな気づきの多い授業だったが、特に驚かされたのが生徒たちの「プレゼン」に対する姿勢である。

初回の授業では、生徒たちが作成したスライドを講師である筆者がデータで受け取り、手元のMacBookエアに収めてまとめて投影するスタイルで開始した。しかし、ほどなく生徒のほうから「自分のiPadを直接つなげたい」と申し出があり、生徒たちは教室にセットされたアップルTV(Apple TV)にWi-Fi経由で接続してプレゼンを行うことになった。生徒たちは当初から「スライドのコントロールも含めて自分たちの間合いでやりたい」と、プレゼンのパフォーマンスにまでこだわっていたのだ。

そしてもう1つ驚いたのが、生徒たちのスライドはすべてiPadのキーノート(Keynote)アプリで作成されていたことである。

 

 

西大和学園中学・高等学校の東孝信教頭(右)。学園におけるさまざまな取り組みを陣頭指揮する。ITプロジェクトを担当した村松知明氏(左)。未来の日本を担うリーダー育成教育を行う教育企業(株)ミエタ代表取締役として活躍する。

 

 

生徒と教師の意識が変わった

同校ではiPadの利用について、保護者から導入前、そして導入後にも賛否両論あったそうだ。特に、「SNSやメールでモラルのない使い方をするのではないか?」という心配が多かったという。

そこで同校では、導入前に当の生徒たち自身にiPadに関する委員会を起ち上げさせ、自分たちで運用のルール作りをさせるという方法をとった。生徒たちのリーダーが教師とも討議を重ねてルールを設定、その委員会は今も引き継がれていて、デバイスのアップデートに合わせたルールの改定などを進めている。

iPad導入が与えた影響はどのようなものだったのか。実際に、生徒たちにiPadの利用に関する意見や感想を聞いてみた。

iPadを使用することで、初めてできるようになったこととして「学内外における連絡がとりやすくなった」「疑問点が出たときにすぐに調べられるようになり、あと回しにして忘れてしまうことがなくなった」という意見がある。また、iPadを使って今後チャレンジしたいことに「実験や調査のデータの管理やグラフ化」「行事関係のタスクリスト化」という声が出ていた。使用する際の工夫としては、「情報をより簡単に整理する方法を模索している」と、効率的な使い方を意識する生徒や、「過去の実験や調査結果などで作成した資料を、友だちに見せて意見をもらう」という客観的評価の習慣づけを口にする生徒もいた。

もちろん、iPadは生徒だけではなく、教職員へも配付された。それにより教師の意識も変わってきたそうだ。

最後に、東教頭が語ってくれた話を紹介したい。その内容は、教育とテクノロジーの未来に大きな指針となるものだと感じた。

「iPadの導入で、教師たちの授業が大きく変わりつつあります。授業内容を記した板書をiPadで共有したり、授業での説明を補うような資料をPDFで配布したりするなど、授業の効率化が進むと同時に、授業をより可視化できるようになりました。また、民間の講義動画サービスも積極的に導入しており、先に進めていきたい生徒はそれらで学ぶこともできます。学習の進め方やプラットフォームがこのように変化する中で、教師たちは『自分にしかできないことはなんだろう』と考え始めています。たとえば、動画に負けない授業をするというのもその1つかもしれません。Wi−Fi環境は校内のどこでもありますから、まさに創意工夫次第で、教師も生徒もいろんなことにチャレンジできるのです」

 

 

各々が自分のiPadで発表。教室にはすべてアップルTVとプロジェクタが設置され、iPadからのスムースな上映が可能になっている。

 

 

地元・奈良の名所や名産品を海外へアピールするプレゼン用スライドはすべてiPadとキーノートで作成された。同校におけるiPadのルールづくりは、生徒たちが主体となって作られた。それもあってか、生徒たちは学習に積極的にiPadを活用している。