未来を生きる子どものため「デジタルなものづくり」実践|MacFan

教育・医療・Biz iOS導入事例

未来を生きる子どものため「デジタルなものづくり」実践

文●神谷加代

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

たった4カ月で500台近くのデバイスを揃え、1人1台を実現した東京都小金井市立前原小学校。テクノロジーに触れる環境こそ、未来を生きる子どもたちに必須。そんな強い信念のもと、今までの学びを変える新たな挑戦が始まった。

 

 

デバイスゼロからのスタート

「前原小学校に着任したとき、タブレット端末はゼロでした」

そう話すのは、小金井市立前原小学校(東京都)の松田孝校長。同氏は前任校におけるICTの取り組みが評価され、2016年4月に前原小学校に着任した。しかし、着任当時に整備されていたICT環境は大型モニタだけ。Wi−Fiのネットワーク環境もまだ整備されていなかった。

「大型モニタがあるだけでもいいと思いました。着任後はタブレットの1人1台環境を目指して、大学や企業など教育ICTに熱意ある関係者らに駆け寄り、協同研究をともにすることでデバイス整備への協力をしてもらいました。その甲斐あって、なんとか2学期までに1人1台を実現できたのです」

前原小学校の全児童数は約500名。たった4カ月で同校児童全員の手に行き渡るタブレットを揃えてみせた。また、ネットワーク環境も企業からAPを貸与してもらうことで徐々に整い、前原小学校の本格的なICT活用がスタートした。

同校に導入されたのは、iPad、クロームブック(Chromebook)、ウィンドウズタブレット、アンドロイドタブレットと、使用OSの異なる複数のデバイスたち。そのため、学年やクラス単位で同じOSのデバイスを使うことで運用を進めている。授業の内容によっては、使用するタブレットが入れ替わる場合もあるという。

そんなICT活用が始まったばかりの前原小学校であるが、松田校長は初年度からプログラミングの授業をカリキュラムに組み込んだ。具体的には、3年生以上の「総合的な学習の時間」で年20時間を予定している。小学校では2020年度を目標にプログラミング教育必修化の方針が示されているが、松田校長はそれに先駆けて、積極的にプログラミング教育を実施していく考えだ。

しかも、プログラミングばかりにフォーカスするのではなく、いずれはデジタルアート、ゲーム、IoTなどの分野も学校の授業に取り入れて、STEAM教育(今後の産業基盤となる科学・技術・工学・芸術・数学の頭文字から名づけられた学際的教育)として新しい学びを提供できる環境を築きたいと構想を膨らませている。

 

 

2014年に創立50周年を迎えた東京都小金井市立前原小学校。全児童数は516名(2016年12月現在)。「やさしさ」「かしこさ」「たくましさ」を教育目標に掲げ、自ら学び、思いやりを持って行動できる子どもの育成を目指す。

 

 

卒業式のBGMを手作りで

前原小学校ではタブレット導入から8カ月が過ぎた2016年11月に、これまでの取り組みを披露する公開授業を設けた。当日はプログラミングの授業がメインであったが、6年生音楽の授業ではガレージバンド(GarageBand)を使った授業が実施された。近年、海外の小学校ではガレージバンドを使う事例が増えているが、日本の小学校ではまだ珍しい実践事例である。

授業では卒業式のBGMを作曲する取り組みが行われた。完成した曲は、児童一人一人が卒業証書を受け取る場面で流される予定だという。児童たちはグループに分かれ、卒業式の雰囲気をイメージしながらガレージバンドで作曲を始めた。

音楽を受け持つ鎌田陽子教諭によると、6年生でガレージバンドを使うのは今回が4時間目。最初の2時間は、11月中旬に行った学習発表会の劇に使用する効果音を作った。主人公がドキドキするシーン、火事のシーン、猫が走るシーンなど、物語の場面に合う効果音をガレージバンドで作成した。

今回はそれよりも難しい曲作りに挑戦だが、ガレージバンドでなら小学生でも直感的に作曲ができる。あらかじめよく使うコード進行がセットされており、児童たちは画面に表示されたコードをタップして和音の響きを実際に耳で聴きながら、コード進行を考える。ピアノやストリングスなど卒業式にふさわしい楽器を選び、それらを重ねながら重厚感のある曲を作ることも可能だ。歩くスピードを考えてテンポを調整したり、ピアノを2台組み合わせたりと、児童たちは工夫を凝らしながらオリジナルの曲作りに集中して取り組んでいた。

授業の中盤になると、グループ内でiPadを交換し、互いに作った曲を聴き合った。6年生の年頃といえば、音楽に対して苦手意識を持つ子どもがいたり、人に聴かせるのを恥ずかしいと感じる子もいたりするだろうが、自分の作った曲には愛着があるのか、児童たちは皆、積極的に友だちに聴いてもらおうとしていた姿が印象的だった。

「以前の授業では、子どもたちが作った曲を皆の前でリコーダー使って発表し、一度聴いただけで終わっていました。しかし、ガレージバンドでは作品をデータ保存できるので、複数の友だちに繰り返し聴いてもらえます。こうした児童同士のふれあいをとおして、音楽への親しみを育んでいってほしいと思います」

自分たちも作り手になれる

ガレージバンドの授業を受けた子どもたちの感想はどうか。「楽器の組み合わせに迷ったけど、いろいろ試しながら自分の好きな音を決めた」「リズムを合わせるのが難しかったけど、1つの曲になったときはうれしかった」「皆で曲を聴いているときに知らない音があった。今度はその音を自分の曲にも入れたいなと思った」「いろいろ試してみたけど、ピアノだけの曲がよかった」など、子どもたちがいろいろな気づきを持ちながら作曲していたことがわかる。

鎌田教諭はガレージバンドを使った授業を振り返り、「短い時間で、どの児童の作品もそれなりの曲に仕上がるのがよい」と述べた。音楽の授業全体の中で、作曲に多くの時間を費やすことは難しいが、ガレージバンドであれば短時間でも充実した作曲ができる。

「ガレージバンドのメリットは時間の短縮だけではありません。出来上がった曲を友だちと聴き合い、互いに認め合うことは児童たちの自信につながると考えています。ガレージバンドの作曲をとおして“映画やCMの音楽も自分たちで作れるかも”と話す子どももいて、音楽に対する向き合い方が少し変わってきたなと感じます」

子どもたちが音楽を聴くばかりではなく、自分も作り手になれるという新たな気づきをガレージバンドでもつことができたようだ。

松田校長は、こうした気づきを小学校の段階から促すことこそ、これから小学校が担う使命ではないかと語る。

「テクノロジーの進化が速くなっている今、学校だけが昔と変わらない授業をしていて良いはずがありません。子どもたちが活躍する未来は、好き嫌いに関わらずテクノロジーと向き合っていかねばならず、そうした時代を生き抜くためには、学校でもテクノロジーに触れることが大切だと思います。“デジタルなものづくり”をとおして、子どもたち自身が作り手になり、互いに共有し合う活動で学ぶことが大切だと考えています」

タブレット導入から8カ月。現場は試行錯誤の連続だろう。未来を担う子どもたちの学びにふさわしい場を目指して、テクノロジーが小学校を変えていくことができるのか。まだまだ挑戦は続く。

 

 

松田孝校長(右)は前任校である多摩市立愛和小学校で培った2年間の知見を武器に、デバイスゼロから前原小学校のICT教育をスタート。松田校長の指導のもと、鎌田陽子教諭(左)はガレージバンドを活用したiPad授業に今年から挑戦した。

 

 

6年生音楽の授業では、ガレージバンドを使って卒業式のBGM作りを行った。児童たちが作った曲は、卒業証書授与時に流されるという。当日は、楽器やテンポを選ぶところからスタートし、できたところまでを友だち同士で聴き合ったのち、おすすめの作品を皆の前で発表した。

 

 

前原小学校では、iPadをほかの授業にも活かしている。写真は5年生の総合的な学習の時間に実施されたプログラミングの授業。レゴマインドストームEV3を用いて、車型ロボットを目的地まで動かす。ほかにもクラウドの授業支援システム「スクールタクト(schoolTakt)」を用いて意見を交換を行うなど、ICTを広い範囲で活用している。

 

 

プログラミング教育に関する松田校長のプレゼン資料より。どの学年にどのツールがふさわしいか、松田校長自身がこれまでの取り組みで培った経験をもとに作成したもの。小学校ではスクラッチ(Scratch)をメインに据え置き、高学年になるにつれてテキストコーディングやハードのプログラミングも網羅。多くの教育関係者にとって参考になるグラフではないだろうか。

 

 

前原小学校は今後、全教科でプログラミングの取り組みを増やす考えだ。「小学校は今でも教えることがいっぱいです。プログラミングなんていつやるの?と疑問をもつ教員は多いでしょう。しかし、デジタルアートの視点をもったり、既存の教科に結びつけたりすれば、さまざまなチャレンジができることを示していきたいですね。めざすは、プログラミング100時間で授業実践革命!」と松田校長。