「農業のGoogle」を目指すファームノートの挑戦|MacFan

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「農業のGoogle」を目指すファームノートの挑戦

文●牧野武文

10月6日に千葉県幕張で開催されたCEATEC JAPANのカンファレンスにおいて、ファームノート代表小林晋也氏が「ファームノートの挑戦」と題する講演を行った。

発情見逃しを防ぐ

ファームノートは牛群のさまざまな情報の管理・記録・分析をスマートに行うことができる酪農・畜産向けクラウドサービスだ。本誌2015年8月号では北海道帯広市にあるトヨニシファームを取材し、国産牛肉の生産シーンにおける活用事例を紹介した。牧場では牛の発情や繁殖、治療、移動、肥育成績などの記録を毎日行う必要があるが、こうした記録をiPhoneやiPadといったモバイルデバイスを使って行えるのが大きな特徴だ。ほんの数分で1日の個体情報の入力ができ、情報をリアルタイムに共有できるほか、発情予定日を過ぎている牛や休薬期間中の牛などを簡単にリストアップしたり、過去の履歴をいつでも参照したりできる。

従来は、紙のノートで管理をしている例が多く、記入をするにも確認するにも、事務棟に戻るか、携帯電話などで事務棟に連絡を入れるかしかなかった。また、紙のノートは時間順に記入されていくので、特定の牛だけの情報を見たいときは、膨大な情報から拾い読みをするしかない。それが、ファームノートではポケットからiPhoneかiPadを取り出して数タップすれば行えるようになるのだ。

「たったこれだけでユーザ体験は大きく変わります。牛の目の前で牛の情報を入力できる。事務所にいかなくても牛のことがわかる。すでに約1400の農家様がファームノートを導入し、13万頭の牛が管理されています。こうした新しい体験こそが牧場経営を大きく変えるのです」(株式会社ファームノート代表取締役・小林晋也氏)。

ファームノートがもっとも威力を発揮するのが「発情の見逃し防止」だ。雌牛は成牛になると、21日周期で発情をする。しかし、生き物なので個体差によりずれがある。そこで、マウント行動などの発情兆候を観察して適切なタイミングで種付けを行う必要があるが、紙のノートに手書きしていると連絡ミスや確認ミスなどで種付けタイミングを逸してしまう場合がある。

乳用牛は、種付け、妊娠、出産後に初めて乳が出る。肉用牛であっても出産で子牛を産む。利益をあげるために大事なのは妊娠頭数を増やすこと(発情の見逃し頭数を減らすこと)。発情を1回見逃すということは、次の発情までの21日間の飼料代をはじめとするコストを無駄にすることにつながる。

「酪農(牛乳など)の日本での売上高は約7000億円あります。発情見逃しによる機会損失を試算してみると数100億円にのぼります。発情の見逃しを防ぐことができれば、酪農家の収入を増やすことが可能になります」

ファームノートと後述する牛のウェアラブルデバイスを活用することで発情の見逃しを防ぎ、妊娠率の向上に貢献することができる。

 

 

「牧場を、手のひらに。」というキャッチフレーズが付けられたファームノート。これまで紙のノートで行っていた牛群の情報をスマートに管理・記録・分析できる。Web版、iOS版、アンドロイド版が用意されている(http://farmnote.jp/

 

 

ファームノートカラーを利用することで、これまで手動で行っていたファームノートへの情報入力を自動で行えるようになる。また、人工知能が牛の個体差を吸収して、情報をプッシュ通知してくれる。

 

 

人工知能で牛の個体差を吸収

「農業のグーグルになる」と小林代表は断言する。それは途方もない夢ではなく、小林代表にとっては現実的な目標であり、ファームノートは着々と進化を遂げている。その第一弾が「ファームノートカラー(Farmnote Color)」と呼ばれる、加速度センサを内蔵したウェアラブルデバイスだ。これを牛の首にベルトで装着することでリアルタイムに牛の活動情報を収集してファームノートに保存、活動量や反芻時間、休憩時間などがわかるようになる。小林代表はこれをIoA(Internet of Animals)と呼ぶ。

「これまでのファームノートはデータを入力しなければなりませんでした。この作業を一部自動化できるのがファームノートカラーです。これにより、新たな顧客体験を提供したいと思っています」

興味深いのは、ファームノートに保存されたデータは人工知能によって解析が行われる点だ。牛は生き物なので、発情のタイミング、活動量などに個体差がある。ファームノートカラーで自動収集した活動量データは機械学習されることで個体差を吸収したうえで、発情タイミングや病気の兆候などをスマートフォンにプッシュ通知してくれる。

「牛の状況や兆候の把握ができても、その対策を考えるのは人間にしかできません。センサと人工知能とクラウドを活用して、データ入力や状況把握を自動化し、人間の知性にしかできない対策立案に集中できる仕組みをつくりたい」

ファームノートはさらにディープラーニングの研究も始め、病気の予測、収量の予測などに使えないかと試みている。

 

 

ファームノートカラーにより、牛個体の活動量を自動取得できることで発情発見率が上がるようになる。発情期になると、牛の活動量が増加する傾向があるからだ。ただし、その増加具合は個体によって異なるので、絶対量ではなく、変化量を見る必要がある。将来的には、人工知能が的確な「発情予報」をしてくれるようになるだろう。

 

 

牛の首につけられたファームノートカラーには加速度センサ、通信モジュールなどが内蔵されている。牛の活動量を自動取得し、ファームノートに統合する。

 

 

小規模牧場では、牧場主は”牛の顔”を見て個体識別できるが、1000頭を超える大規模牧場では、人間の記憶による管理はほぼ不可能だ。

 

 

目指すは世界進出

農業のグーグルになるためのファームノートの戦略は「すべてのデータ収集」と「世界進出」の2つにある。日本の畜産業、酪農業における牛の生産高は1.3兆円。小林代表の予測だと、来年あたりに米の生産高を金額ベースで超える可能性があるという。「日本を代表する農業は?」と尋ねられれば、多くの人が「稲作」と答えるだろうが、金額ベースでは「牛」と答えるべき時代が目の前にやってきている。

「酪農、畜産業は経営が苦しく、離農する人も多いはずでは?」と思われる方もいるだろう。確かに日本の牛の数は減少し続けている。しかし、品質のいい牛肉が生産できることから需要は拡大し、国内だけでなく、国外からの需要も強い。そのため、牛の数は減っているが、単価が上がっているのだ。

「単価が上がり続けているのに、頭数が減っているので供給が不安定。価格も乱高下します。これをファームノートで管理することで、供給を安定させたい」

供給が安定するということは、農家の収入も安定する。収入が安定すれば未来への投資もできるようになるし、供給が安定すれば流通も効率化させることができる。消費者は高品質の牛乳や牛肉を安く手に入れることができるようになり、ますます牛乳や牛肉を消費するようになる。小林代表は「畜産業は成長産業になる」と断言する。そして、日本の牧場で確立した手法をもって、世界に進出しようとしている。

ファームノートが狙っているのは「牛」だけではない。現在、ファームノートの畑版の開発も進んでいるという。こちらは降雨量、気温、地温などの情報をセンサから自動収集し、クラウドを介してモバイルデバイスで畑の情報をいつでもどこからでも把握できるようにするもの。また、人工知能を活用して、病気や冷害などの予測、収量の予測なども行う。 「世界の農地は15億ヘクタールしかなく、しかも減り続けています。2050年には人口増加と農地減少で、一人あたりの農地面積は現在よりも25%も減ってしまいます」

つまり、必要な量の食べ物が生産できない時代になるかもしれない。対策は、農業を効率化して、単位面積あたりの収量を増やすこと。日本の農業は高度に進化しているので、これ以上の収量を増やすことは簡単ではないが、世界にはまだまだ収量を増やすことができる伸び代のある農地が眠っている。ファームノートは農業のデータを収集し、それを分析し、人工知能を活用することで、世界に進出していこうとしている。

「ファームノートが人と人、人と食、人と未来を結んで、世界の食において、なくてはならない存在でありたい」

帯広から世界に出て、農業のグーグルになる。それは途方もない夢のように聞こえる。しかし、ファームノートの戦略と世界での食料生産事情を重ね合わせて考えると十分に実現可能に思えてくる。

 

 

ファームノートを進化させるため、さまざまな実験研究も行われている。無線による低電力エリアネットワークLoRaWANとGPSを使い、牛が牧場の中でどのように動き回っているかをデータ化する。そこから、たとえば「牧草地にいる時間が長い牛は、病気になりにくい」など新しい知見が得られる可能性がある。