”つくらないで、つくるアプリ開発”で広がるモバイルの可能性|MacFan

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”つくらないで、つくるアプリ開発”で広がるモバイルの可能性

文●牧野武文

Apple的目線で読み解く。ビジネスの現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

スマートフォンやタブレット、AI、IoT、ウェアラブル、ロボットといった先端テクノロジーが広がりを見せる中、法人向けのアプリ開発および開発会社の在り方は様変わりしている。フロントランナーとして業界を牽引してきた株式会社ジェナに今のアプリ開発のトレンドを聞いた。

 

 

アプリ開発は社内から社外へ

iPad上でカタログやアンケートなどのビジネスアプリを手軽に作ることができる法人向け開発プラットフォーム「Seap」、法人向けビーコン(Beacon)管理プラットフォーム「Beacapp」などを手掛ける株式会社ジェナは、今年の3月で創業10周年を迎えた。法人向けモバイルアプリ開発のパイオニアとして長い間業界に携わってきた同社によると、起業当初と比べて、アプリ開発を取り巻く環境は様変わりしたという。フィーチャーフォンからスマートフォンへ。ウォーターフォールからアジャイルへ。機能よりもUI/UXへ。受託開発からコンサルティングへ。中でも、もっとも大きく変わったのは企業マインドだという。

「iPhoneが国内で発売開始された2008年当初は、エンターテインメント系アプリの受託開発が中心で、ビジネスアプリの開発は一部の企業に限られていました。しかし、明らかに潮目が変わったのが、2010年のiPad発売からです」(ジェナ代表取締役・手塚康夫氏)

iPadの登場により、企業の中で「モバイルがビジネスに使えるのではないか」という空気感が生まれ、社内アプリの受託開発が増加してきた。最初は電子カタログ、アンケート、eラーニングといった単機能なアプリが多かったものの、2012年頃からクラウドサービスが台頭。オンラインを前提に社内外どこでも働ける環境が現実的になってくる中で企業側の意識変革が起き、企業の基幹システムと密接に連携するアプリ開発が拡大した。そして、その導入効果や成功体験が共有され、iOSデバイス自体の導入もさまざまな業種・業態に広がるにつれ、今ではモバイルのビジネス活用が当たり前になった。

「さらに、今では『社内』から『社外』へと意識が移り、顧客へのコンサルティング、接客といったところに活用できないかという要望が強くなってきています」(取締役・鈴木勝則氏)

また、このような対顧客アプリの場合はiOSデバイスの中で完結するのではなく、AIやIoT、ビーコン(Beacon)といった先進技術と連動するものへのニーズが最近高まっており、ジェナではこうした新しいテクノロジーやデバイスと連動するアプリ開発を積極的に進めている。

 

 

ジェナ代表取締役・手塚康夫氏(左)と取締役・鈴木勝則氏(右)。ジェナは2006年3月に設立、スマートデバイス向けアプリ&WEB開発を中心とした受託開発やカタログ/アンケート/ラーニング等のアプリをブラウザだけで簡単に作成できる「Seap」やビーコン管理プラットフォーム「Beacapp」などのソリューション開発を手掛ける。【URL】http://www.jena.ne.jp

 

 

アプリ開発のトレンド

以前のアプリ開発といえば、必要なものをすべてゼロからつくらなければならなかった。しかし、それも様変わりしている。さまざまな開発プラットフォームやライブラリ、フレームワーク、APIといった開発リソースが手軽に利用できるので、コードを書くという開発工程での負担は大きく減った。従来は、こうしたリソースを豊富に持つ大手開発会社でなければ業務用ツールの開発は難しかったが、今では少人数のベンチャーであっても質の高い業務アプリを開発することが可能だ。たとえば、今後もっとも需要が見込まれるAIに関しては、汎用的に使える高性能なエンジン自体を開発できるところは世界でも数社しかないが、そのほとんどのAPIはクラウドサービス上で公開されており、開発会社はそれを活用することでアプリに容易に組み込むことができる。

「私たちは、『つくらないで、つくるアプリ開発』を目指しています。なぜなら、現在はテクノロジーが多様化しているうえに変化が速く、それらにいちから対応しようとすると多大なリソースや時間がかかってしまいます。自社でゼロベースからつくるのではなく、汎用的なプラットフォームや開発リソースは積極的に活用したほうが正解だと思いますし、どれだけそのような引き出し(ノウハウ)を持っているかのほうが重要なのです」(手塚氏)

また、ジェナでは現場力も大事にしているという。

「私たちは、アプリ開発においてUI/UXファーストを掲げています。そしてそのために必要なのがコンサルティングのプロセスです。今のアプリ開発は、従来のように要件定義をして、開発まで順を追って進むようなものではありません。自分たちの力だけで作業を進めるのではなく、ユーザ企業と一緒になって課題解決の手法を探りながら、アジャイル開発を進め、プロトタイプを一緒に作って、速いサイクルで改善をしていくというやり方がふさわしいと思います。そのため、デザイナーやエンジニアにも高いコンサルティング能力が求められます」(鈴木氏)

どのような技術を使うことで顧客の問題を解決でき、どのような効果が期待できるのか。それを俯瞰して見通す能力と、企業の担当者とコミュニケーションを図り、一緒に正解に辿り着く対応力が求められているのだ。そのため、ジェナがユーザ企業と行う打ち合わせは、会議というよりもブレインストーミングやワークショップといった色彩が強いという。

「企業には理想のオペレーションが必ず存在します。でも、さまざまな現実的な制約からそれがなかなか実現できていない。そのギャップを埋めるのが私たちの技術ではないかと思っています。理想どおりのビジネスを展開することで、その企業の価値が発揮できる。そこをお手伝いするのが私たちの仕事だと考えています」(鈴木氏)

開発企業もリスクを取るべき

アジャイル開発において、問題になるのがスケジュール管理だ。従来の受託開発では、ユーザ企業の言うとおりのアプリを開発していくので、スケジュールの予想はかなり正確に立てることができる。しかし、共同研究、アジャイル開発の場合、どこまでいけばゴールなのかが見えづらい。

「最初はプロトタイプをいかに早くリリースできるかに集中し、最終ゴールは設定しません。プロトタイプの完成後にユーザからフィードバックを得て、それを踏まえて新たにプロトタイピングを再開します。永遠にプロトタイピングを行うイメージです」(鈴木氏)

また、手塚氏は「開発企業もリスクを取らなければならない時代になっている」と語る。開発企業が請求する開発費用は、以前の受託開発では機能を積み上げ、人月単価で算出していた「人月」計算だった。つまり、単価いくらのエンジニアが何人、何時間働いたのでいくらという計算方法だ。しかし、これをそのまま共同研究やアジャイル開発に適用すると、開発費も無制限に増えていきかねず、エンジニアが時間をかければかけるほど開発企業の売上が上がるというおかしなことになる。

「人月計算はもうあまりしません。プロトタイプの開発完了まででいくらというような形が多く、それも人月計算よりは低い額です。その代わり、そこで生まれた成果を開発企業のノウハウとして、幅広くさまざまな業種の企業向けに展開できるという契約にしていただくことが増えています。ユーザ企業と一緒になって進める開発は、一種の研究開発投資だと考えていますので、私たちもリスクを取るべきです」(手塚氏)

アプリ開発会社にとって、リスクのある研究開発投資をするというのは簡単な話ではない。経営者は真剣勝負の舵取りをしなければならない。エンジニアも楽ではないだろう。コーディング能力はもちろん、新しい技術情報のキャッチアップを常にして、さらにコンサルティング能力まで身につけなければならない。

「私たちのようなベンチャー企業に求められることは、3~5年後に普及しそうなテクノロジーやデバイスの活用法や先端事例を世の中に提示していくこと。そして、人々の意識を変え、市場を創造していくことだと思っています。企業を進化させるアプリを作るためには、まずアプリ開発会社自体が変わる必要があるのです」

 

 

ビーコンの活用を迅速に実現するクラウドプラットフォームのBeacapp。アプリにBeacapp SDKを組み込むことで、アプリで取得したデータとビーコンから得たログ情報を顧客のサーバにリアルタイムで連係させることができる。機器や物流の現状把握や店舗における行動分析、イベントにおけるインドアマッピング、出退勤管理など、応用範囲は幅広い。

 

 

静岡県のネスレ島田工場は、ビーコンとジェナの「Beacapp」のクラウドプラットフォームを用いて、工場に搬入・搬出する輸送車のステータス管理を行う。「敷地内におけるドライバーの待機時間の削減」「出荷順序の最適化」「出荷待ち商品面積の縮小」を解決するために、敷地内に入ってきたトラックにビーコンカードを配付することで可視化し、敷地内の各ポイント(ビーコン設置場所)通過時に、現場でどのトラックにどの商品を積むかなどをWEB上のダッシュボードで共有している。

 

 

今後のあらゆるビジネスで重要な技術になると期待されているのがチャットボット。ジェナはIBM Watsonを活用したチャットボットサービス「hitTo(ヒット)」の提供を開始している。営業支援システムやオンライン接客など、さまざまな用途においてチャット形式の対話型インターフェイスの実装が容易に行える。

 

 

ICT改革を積極的に推し進める東京慈恵会医科大学は、ジェナの「院内ナビゲーションシステム」を初導入した。ビーコンを外来棟の各フロアに設置し、病院内の目的地までのナビゲーションをスマホアプリで行える。また、ソフトバンクのヒューマノイドロボット「Pepper」が院内をナビゲーションしてくれるシステムも開発。