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ITを駆使した「クボタスピアーズ」のラグビー戦術

文●山田井ユウキ写真●黒田彰

近年、日本のラグビーではデータによるパフォーマンス分析が当たり前のように行われている。名門・クボタスピアーズでは今年からデータ分析ソフト「プロゾーン」を導入し、戦術構築の質や効率を飛躍的に高め始めた。ラグビーというスポーツにおいては、いかに頭脳的に戦うかが大きな鍵を握る。

データ分析は当たり前

2015年9月、イングランドで開催されたラグビーワールドカップで日本が南アメリカに歴史的勝利を収めたことはまだ記憶に新しい。あの大会以来、2019年のワールドカップ日本開催に向けてラグビー人気は高まり続けている。

そんなラグビーというスポーツが近年、テクノロジーによって劇的な進化を遂げている。試合の映像を分析し、選手の動きをトラッキングするスポーツパフォーマンス分析が、ラグビーの世界では当たり前のように行われているのだ。それは日本の最高峰プロリーグ「ジャパンラグビートップリーグ」においても例外ではない。

同リーグの名門・クボタスピアーズ(株式会社クボタ)は今年、国際リーグのスーパーラグビーで歴代最多となる149試合を指揮した元ブルズの名将フラン・ルディケ氏をヘッドコーチに招聘。さらに、スポーツ分析ソフトとして定評のある「プロゾーン(Prozone)」を導入するなどチームの変革に向けて大きく動き出した。

 

 

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クボタスピアーズ(【URL】http://www.kubota-spears.com)は国内最高峰のジャパンラグビートップリーグに所属するチーム。もともとは1978年にクボタ内で発足したラグビー同好会だったが、1990年のクボタ100周年を機に活動を本格化し現在に至る。

 

 

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クボタスピアーズのホームグラウンドは東京のベッドタウン、千葉県船橋市の株式会社クボタ京葉工場内にある。

 

 

プロゾーンは試合や練習の映像を分析するためのパフォーマンス分析ソフトで、1995年に英国リーズで設立された同名の企業が運営している。2011年にはサッカーのプレー分析システム「アミスコ」と合併し、昨年は世界有数のスポーツ・テクノロジー、データ、コンテンツ企業であるスタッツ(STATS)に買収された。現在はその事業領域を欧州、中国、オーストラリア、アフリカなど4つの大陸に広げるなど、世界的なスポーツ分析に利用されている。

プロゾーンの強みは、サッカー、ラグビー、ホッケー、ハンドボールなど年間1万2000件以上にもなるスポーツイベントからデータを収集しており、世界中のプロチームに所属する10万人以上の選手データを保有していること。このデータを活用して対戦相手を分析し戦術を組み立てることは、スポーツの世界ではもはや当然なのだ。

100種類を超えるタグ

クボタスピアーズでテクニカルコーチを務める高野彬夫氏は、同チームで8年間現役の選手として活躍したあと、現職に就任。3年前からはデータアナリストも兼任し、チーム全体のサポートを行っている。ビデオ撮影や映像編集などテクニカルな業務を通して、コーチと選手の関係が円滑に保てるよう調整するのが高野氏の主な仕事だ。

「プロゾーンを使い始めて仕事の内容はがらりと変わりました」と高野氏は言う。最大の変化は録画した映像分析の効率化だ。クボタスピアーズでは試合や練習中の風景を3台のビデオで撮影し、さらに選手にGPSを付けることでフィールド全体のプレー状況を把握。録画後は映像で選手の動きを確認しながら、プレーの一つ一つに「トライ」「ゴールキック」「スクラム」などのタグ付けを行っている。こうすることであとから選手名やプレーの種類でソートをかけることができ、「立川選手のトライのシーンだけを見る」のように目的の場面がすぐに呼び出せるというわけだ。もっとも、これまで使用していたソフトではタグ付けを高野氏が自ら行っており、その作業だけで5~6時間はかかっていたという。

「試合や練習の翌日、選手やコーチが集合して行うミーティングでは映像を使って分析を行います。それまでにタグ付けを終わらせておかないといけないので、かなり大変でした」

プロゾーンではこうしたタグ付けをすべてアウトソーシングすることができる。業務を請けるのは、主に南アフリカの大学でラグビーを専攻する学生たちだ。専門的にラグビーを学ぶ環境が整っているのは、さすが世界的なラグビー強豪国といったところだろう。彼らに「24時間以内」の期限で発注すると、約10時間後にはタグ付けされた映像が返ってくる。夕方発注して翌朝確認することを考えると、7時間という時差もちょうどいいズレだ。タグの種類は100以上に上るというから驚きである。こうして、90分に及ぶ試合の内容が、翌日には分析可能な状態になる。

タグ付けが完了してもまだ終わりではない。むしろプロゾーンが本領を発揮するのはここからである。売りとなるのは、「ゲームレンズ」「ゲームプラン」「ポータル」という3つの機能。これらがシームレスに連係することで、映像の分析から選手へのフィードバックまでスムースに進行できる。

「ゲームレンズはいわゆる映像編集ソフトです。試合の映像はそのままミーティングに使うには長すぎるので、ゲームレンズで『タックルのシーンだけピックアップしてつなげる』など必要な部分を抜き出して編集するのです」

もちろんMacなら映像編集ソフトはほかにもさまざまあるが、前述のタグ付けや、見たいシーンをタグですぐに呼び出せる検索など、スポーツパフォーマンス分析に特化した機能は唯一無二。プロゾーンの他のソフトと連係しやすいことも大きなアドバンテージだ。

コーチ陣は、高野氏から受け取ったタグ付け済みの試合映像をチェックし、自身の担当部分をゲームレンズで編集。選手・コーチ陣全員参加となるミーティングは、こうして編集された資料を活用して行われている。映像という客観的なデータをもとにヘッドコーチがチームの現状を分析し、次の試合での改善につなげていくわけだ。

高野氏や各コーチが編集して作った映像やドキュメントファイルは、ミーティング後も選手が自由にチェックできるようになっている。ここで使用されるのがプロゾーンのもう1つの機能、ゲームプラン。いわばクラウドストレージのようなソフトで、選手は自らのiPhoneやiPadからいつでもアクセスして映像を再生することができる。

「これまでは、わざわざ分析ルームにあるMacまでこなければ映像を見ることができませんでした。しかしプロゾーン導入後はゲームプランのおかげでネット環境さえあればどこでも確認できます。時間を有効に活用できるようになったので、選手にとっては非常に大きなメリットになっています」

クボタスピアーズの選手の多くは、プロのラグビー選手であると同時にクボタの社員でもある。そうした選手は午前中に都内で仕事をこなし、午後から千葉県船橋市にあるクラブハウスに集合してミーティングとトレーニングを行う。無駄にできる時間など1分たりともない。移動中や自宅、時には試合前の空き時間に資料を確認できるようになったことは革新だったに違いない。

恩恵を受けているのは選手だけではない。ゲームプラン内には各選手のフォルダが用意されており、特定の選手に特定の映像を送ることができる。閲覧ログが取得可能なのもポイント。誰がどの映像を何分まで見たのかといった具体的なところまでわかるため、確認するべき映像を見ていない選手には個別に注意を喚起するなどして、チームとスタッフ全員の足並みを揃えることができるというわけだ。コーチ陣にとっても、ゲームプランはなくてはならない機能なのである。

 

 

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クボタスピアーズテクニカルコーチ、高野彬夫氏。天理高校卒業後、明治大学ラグビー部主将を経てクボタスピアーズに加入。2014年に退団し、クボタスピアーズテクニカルコーチに就任。

 

 

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プロゾーンのゲームレンズでは選手のプレーに細かくタグ付けが可能。タグの種類は100種類以上あり、あとから選手名・プレー名でソートもかけられる。目的の場面をすばやく呼び出せるのだ。

 

 

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ゲームレンズでは試合の詳細や各選手のプレー内容の確認、ゲーム分析などが行える。選手にはGPSが装着されており、複数台のカメラと組み合わせることで、試合中に誰がどんな動きをしたのか簡単にレビューできる。曖昧な感覚ではなく、正確なデータをもとにチーム分析をすることはラグビーでは当たり前に行われている。

 

 

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プロゾーンはiPad連係機能もあるため、iPadで分析データが手軽に閲覧できる。規定により試合中はベンチに持ち込むことはできないが、練習ではさまざまな用途に活用されている。

 

 

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ゲームプランを使うと、映像やドキュメントを手軽にシェアすることができる。全員にシェアする他、特定の選手だけに共有することも可能だ。いわゆるクラウドストレージだが、プロゾーンの他の機能と連係しているので非常に使いやすい。

 

 

フェアプレー精神で情報共有

最後にポータル機能だが、これはプロゾーンと契約している世界中のチームの映像にアクセスできる、いわばポータルサイトである。クボタスピアーズと同様、世界中のチームがゲームレンズを使って映像にタグ付けを行っているが、そうやって編集された映像がすべてポータルに公開されている。

ポータルで閲覧できる映像は、世界最高のプロリーグである「スーパーラグビー」をはじめ、各国の代表的なリーグやマイナーな2部リーグなど幅広い。テレビで放送されていない試合はもちろん、ネットですら情報が手に入らないような小さなリーグの試合まで網羅しているのは、世界中に多数の契約チームを抱えるプロゾーンならではといえるだろう。

映像はストリーミング再生できるほか、自チームの映像と同様、タグによる検索機能も使えるので、選手名やプレーを選択するだけで目的のシーンにすぐジャンプすることもできる。また、「このプレーをうちの選手に見せて参考にしてほしい」と思ったなら、ボタン1つでその映像を先ほどのゲームプランに保存することも可能。特定の選手のデバイスを選んで、そこに直接送信することもできるなど、使い勝手は細かいところまで配慮されている。

ポータルで世界中に情報を公開することに対して「どうして自分のチームの情報をわざわざオープンにするのか?」と疑問に思うかもしれないが、高野氏によると、これこそが「ラグビーというスポーツのフェアプレー精神」なのだという(もちろん、プロゾーンを契約していないと見られないが)。

世界中のチームの情報が手に入ることには、対戦相手の分析ができるということ以外にも大きな意味がある。それは、自チームに新たな選手を迎え入れるときの実力チェック。プロである以上、自チームにとって意味のある補強かどうかシビアに判定する必要があるが、一方で海外チームの選手データはネットを探してもなかなか見つからないことも多い。そこで役立つのがポータルというわけだ。

「選手を推薦するエージェントは当然、その選手の良いプレーばかりを集めたビデオを見せてきますが、それだけでは選手の本当の実力はわかりません。プロゾーンなら良い悪いを含めたすべてのプレーをチェックできます」

これができるのも、あらゆるチームがプロゾーンに試合映像を公開しているから。データをオープンにすることにはこうしたメリットもあるのだ。

ちなみに、プロゾーン導入以前はどのようにチェックしていたのかというと、ユーチューブを選手名で検索して出てくる映像を必死に見ていたそうだ。

世界のラグビー業界では、こうした専用ソフトを用いたデータ分析が10年以上前から当たり前のように行われてきたというが、日本においてはそう古い話ではない。高野氏によると、「10年前はクラブハウスにMacすら置いていませんでした。選手に対してもせいぜい試合のDVDを渡して見るように伝える程度だった」という。

そんな流れが変わり始めたのは、やはりプロゾーンを導入してから。それ以前も別のソフトを使っていたというが、本格的にデータ分析を取り入れたのは今年に入ってからだ。

クボタスピアーズにこうした手法を持ち込んだのは、新たにヘッドコーチに就任した世界的な指導者、フラン・ルディケ氏である。氏は15年前からプロゾーンを愛用しているとのことで、今回の導入については「他のソフトもいくつか試してみた」としながらも、「スーパーラグビーやニュージーランド代表、オーストラリア代表などの強豪チームでも活用されているし、フィードバックも正確だ。これまでの関係からプロゾーンのことは信頼している」と述べる。

 

 

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クボタスピアーズヘッドコーチ、フラン・ルディケ氏。南アフリカ出身。2008年~2015年の8年間、スーパーラグビー「ブルズ」のヘッドコーチを務め、2009年と2010年の2回、同チームを優勝に導いた実績を持つ。スーパーラグビー歴代最多の149試合で指揮をとり、2015年ラグビーワールドカップではフィジー代表フォワードコーチも務めた。

 

 

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ポータルにはプロゾーンを使う世界中のチームの映像が集まっている。スーパーラグビーや各国の1部リーグだけでなく、2部リーグなどマイナーな試合も網羅。試合前の情報収集の要となる機能だ。

 

 

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ゲームレンズと同じようにポータルから再生した他チームの映像も、選手名・プレー名でソートが可能。試合前の他チーム分析はもちろん、選手獲得時の実力チェックにも使えるのだ。

 

 

ラグビーは頭脳戦

何もかもが新しくなった今シーズンのクボタスピアーズだが、プロゾーン導入によるデータ分析の効果は上がっているのだろうか。

これについてはルディケ氏、高野氏ともに「はっきりと効果を実感している」と断言する。具体的には戦術に対する選手の理解が早くなったこと。というのも、ルディケ氏がヘッドコーチに就任したことでクボタスピアーズの戦術はがらりと変わった。こうした大きな変化に対応するには通常それなりに時間がかかるものだが、プロゾーンを導入し、映像による明快なミーティングを重ねたことで、選手の戦術理解の速度が向上した。

もっとも、すべてがプロゾーンの効果というわけでもない。こうした変化の背景には、選手自身が「データ分析」の重要性に気づいて努力しているという事情がある。

「特に日本が南アフリカに勝ったワールドカップあたりから、選手自身が映像を何度も見るようになりましたね」

その理由は、現代ラグビーが非常に高度な戦術を必要とするスポーツになっているからだ。一例を挙げると、プレー中にボールがタッチラインの外に出るとゲームが中断し、「ラインアウト」と呼ばれるセットプレーで再開することになるが、このときフィールド内でボールを受ける選手の立ち位置は完璧に決まっている。それも「だいたいこのあたり」という曖昧なレベルではなく、「誰が」「どこに立ち」「次に何をするのか」ということまで事細かに作戦で決められているのだ。もちろん、それは相手チームにおいても例外ではない。つまり、ラグビーは戦術と戦術のぶつかり合いなのだ。クボタスピアーズではプレー映像に100以上のタグをつけて分析するという話を思い出してほしい。そのプレーの一つ一つにチェスや将棋にも似た細かな戦術が設定されていると考えれば、現代ラグビーがいかに高度なレベルに達しているかがわかるだろう。

同時に、こうした状況に対応できない選手は、プロとしてフィールドに立つことはできない。クボタスピアーズのチームメンバーは52名。うち試合に出られるのはリザーブを含めて23名だが、控えの選手であっても全員が試合での動きを把握しているという。それはもちろん、いつ交代になっても同じように立ち回れるるように、だ。

ラグビーは一見すると個々の選手の身体能力が勝敗を分けているように思えるかもしれないが、決してそうではない。データ分析によりプレー自体のレベルが向上しているのはサッカーや野球にも言えることだが、ラグビーはさらにその上をいく頭脳戦のスポーツだといえる。

ラグビーで勝利するためにもっとも重要なのは何か。この質問に高野氏は迷わず「戦術でしょう」と答える。選手個人のスキルも欠かせない要素だが、それを生かすも殺すも戦術次第というわけだ。コーチは選手の能力を把握して戦術を立案し、選手はコーチの戦術を理解して自分の役割を果たす。そしてそれをデータアナリストやテクニカルコーチがテクノロジーでサポートする──それがラグビーというスポーツの“今”なのである。

 

 

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監督、コーチ、アナリスト、そして選手のミーティングの風景。スライドに映像や戦術などを投影して、チーム内での相互理解を図る。

 

 

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