子どもたちの意欲や創造力を掻き立てるiPadの魔法|MacFan

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子どもたちの意欲や創造力を掻き立てるiPadの魔法

文●神谷加代

東京都立石神井特別支援学校では、iPadが持つ“楽しくてワクワクできる”可能性を大切にし、障がいを抱える子どもたちの内面に働きかけるような、積極的な活用を実践している。子どもたちの心の動かすトリガーとして、iPadにかける期待は大きい。

特別支援教育にiPadが有効

特別支援が必要な子どもたちにとって、iPadは“できないことを補う”手段の1つとして有効だ。直感的な操作に優れ、持ち運びもしやすい。紙と鉛筆の勉強では難しいことも、iPadを使うことで、子どもたちの抱える困難が軽減されることもある。

東京都立石神井特別支援学校(以下、石神井特別支援学校)では、こうした支援ツールとしてiPadを活用するのはもちろん、それだけにとどまらない活用の仕方を実践している。“iPadを使うと学習がもっと楽しくなる”ことを大切にし、創造性やアイデア、表現など、子どもたちの内面を引き出すような活動にiPadを活かしているのだ。

石神井特別支援学校は、東京都教育員会が推進する「都立学校ICT計画」に基づき、2014年度にiPadが本格導入された。その背景には、障がいをもつ子どものためのモバイル端末活用事例研究「魔法のプロジェクト」などの取り組みをとおして、認知機能の改善、学習意欲、自立支援、コミュニケーション能力の向上など、特別支援教育におけるiPadの有効性が明らかになってきたことが挙げられる。石神井特別支援学校においても、iPadの本格導入以前より「魔法のプロジェクト」に参加し、物語の共同制作を通して実践研究に取り組んできたという。

同校の豊田栄治校長は、特別支援教育におけるiPadの活用について「iPadを使うようになってから、勉強や授業が楽しいと思えるようになった児童生徒は多いです。子どもたちが喜ぶ姿を見て、教員たちもiPadを使ってみようと校内研修会に参加するようになり、よい循環ができています」と述べた。ほかにも「成果物を作ったり、共同で作品づくりに取り組むなど、ものづくりの過程にiPadを使えることは、子どもたちの表現やコミュニケーションを豊かにし、内面を引き出すことができると感じています」と語る。子どもたちが楽しんで主体的に関わるからこそ、内面から生まれるものがある。そんな学びの場をiPadで実現しているのだ。

 

 

東京都立石神井特別支援学校(東京都練馬区)は、知的障がいのある子どもたちを対象にした特別支援学校で、小学部と中学部が設置されている。全児童生徒数は182名。学校経営方針として「ICTの積極的な活用」を掲げ、平成27年度ICT活用推進校、平成28年度情報モラル推進校としてタブレット端末を活用した先進的な実践研究に取り組んでいる。

 

 

東京都立石神井特別支援学校の豊田栄治校長。

 

 

iPadなら面白いことができる

石神井特別支援学校では現在、学校共有のiPadエアとiPadエア2(16GB・Wi-Fiモデル)を合計21台運用している。iPadの管理には11インチMacBookエアを使用し、授業ではアップルTVやハイブリッド型PCなども使用している。

日々の授業では、視覚支援にiPadを活用する教員が多い。具体的には、授業の導入部分でキーノート(Keynote)を用いて、「今日の予定」「学習内容」「活動の手順」などの説明を行っている。文字・シンボル・写真を使用し、わかりやすく授業の内容を伝えるスライドは、子どもたちの不安を取り除く効果があるという。海老沢穣主任教諭は、「スライドで説明すると生徒が見通しやイメージを持ちやすく、自分から意欲的に取り組む姿が見られるようになります。“ちょっと難しいかな”と思うことも、事前にわかりやすく説明することでできることもあります」と語る。

美術の時間は、映像メディアによる表現活動にiPadが大活躍だ。光の軌跡を撮影して作品に仕上げるライトドローイングや、コマ撮りアニメーションの制作など多彩なアクティビティに挑戦している。中田智寛主任教諭は、「iPadを使うと映像や音を簡単に扱えたり、動的な作品も作りやすいので生徒たちの表現にダイナミックさが出てくるのがいいですね。映像が好きな生徒も多く、“iPadだと何か面白いことができそう”と思いながら楽しんで取り組んでいます」と語る。

ほかにも、3Dプリンタを活用して立体造形物の制作にも挑戦した。3Dデータを手書きで簡単に作れるアプリ「キュービファイ・ドロー(Cubify Draw)」を用いて、児童の描いた線画を立体化。その後、3Dプリンタでクッキーの型を作り、皆でオリジナルクッキーを焼いて食べる授業が行われた。子どもたちや保護者にも評判がよく、“もっと何か作りたい”という創作意欲を掻き立てることができたという。

 

 

海老沢穣主任教諭(右)と中田智寛主任教諭(左)。

 

 

プログラミングの授業にも挑戦

石神井特別支援学校は、プログラミングの授業研究にも取り組んでいる。見学したのは、レゴエデュケーションのプログラミング教材「WeDo 2.0」を使った学習だ。生徒たちは、事前に組み立てたレゴのクルマ型ロボットを目的地まで移動させるプログラミングに挑戦し、その様子を動画に撮影した。まっすぐクルマを動かし、目的地でぴったりと止めることが目標であるが、そう簡単にはうまくいかない。生徒たちは距離や速さを調整しながら、何度もやり直した。

特別支援の子どもたちは一人一人の学習状況が異なるものの、全体的に丁寧にプログラミングの作業を進めていたのが印象的だった。クルマの動きを見ながら、うまくいかなかった場合は距離や速さの数値をどのように変えるか、一つ一つ根気よく試行錯誤を繰り返していく。うまくいった場合は、友だちと一緒にクルマを並べて走らせ、そこには歓声も聞かれるなど達成感を感じた様子も伝わってきた。石神井特別支援学校では、プログラミングの学習が生徒にどのような成果や可能性をもたらすのか、今後も実践と研究を重ねていくという。

海老沢教諭は同校におけるiPad活用の取り組みを振り返り、「iPadを使うことで、知的障がいのある子どもたちの創造性やアイデアを引き出せると考えています。iPadを使った物語の共同制作や映像の表現活動をとおして、今までわからなかった生徒の内面の世界が見えるようになりました」と語る。子どもたち自身にとっても、内面を形にし発信できるようにすることは、他者とのコミュニケーションが広がるきっかけになり、自己肯定感につながるだろう。

中田教諭も「朝の登校時に、生徒が“今日はiPadを使えるの?”と聞いてくれるようになり、iPadを使う授業を楽しんでいることがわかります」と手応えを述べた。「生徒の自発的な姿も見られるようになり、生徒の成長を感じることが次の挑戦につながっています」。

生徒たちをワクワクさせる授業がしたい。そのためのツールとして、今後もiPadの活用を広げていく考えだ。

 

 

レゴジャパン株式会社の教育部門であるレゴエデュケーションのプログラミング教材「WeDo2.0」を使った授業。WeDo2.0は、レゴブロックで組み立てたものとタブレットやPCをブルートゥースでつなぎ、専用ソフトでプログラムを組むことができる。生徒たちはタイピングが未熟でも、命令や指示が表記されたブロックをつなげるだけでプログラムを組むことができる。

 

 

「キュービファイ・ドロー」を用いた3Dデータの作成(右)や、「コマコマ(KOMA KOMA for iPad)」を用いたコマ撮りアニメに挑戦する子どもたち(左)。特別支援学校においても通常の学校と変わらず、カリキュラムは多く、やるべきこともたくさんあるという。しかし、そんな状況においても、子どもたちが自由にiPadを使って楽しめる時間を大切にしている。自由に使うことができなければ、次なる挑戦も生まれない。

 

 

携帯性、カメラ機能との一体性に優れたiPadは校外学習でも大活躍だ。iPadで写真を撮ることで、子どもたちが対象物をより注意深く観察するようになったという。

 

 

子どもたちの働く力や生活する力を高めるための作業学習にも、iPadが用いられている。写真は、絞り模様の染色をする際にストローにペグを刺して模様を作る作業に「ワークwatch」アプリを活用している様子。ペグを一本刺したら「できた」ボタンを押すことで、終えた仕事の数、残りの仕事の数を確認できる。達成度がわかりやすく、子どもたちがより意欲的に作業に取り組めるようになったという。