学生の能動的な使い方を促す、“本物”のコンピュータ教育|MacFan

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学生の能動的な使い方を促す、“本物”のコンピュータ教育

文●神谷加代

東京薬科大学生命科学部はインターネット創生期である1990年代半ばから、 ノート型Macの1人1台環境を実施している。以来20年以上、同学部では“本物のコンピュータ”を学ぶツールとして、Macにこだわり使い続けてきた。コンピュータを便利なもので終わらせない。Macの中身を知ることで、探究心も一緒に育てるコンピュータ教育を目指す。

長年培われた導入実績

東京薬科大学は、日本で最初に設立された私立薬科大学だ。薬学部と生命科学部、2つの学部を設置しており、薬学、薬業、医療、教育といった分野に多くの人材を輩出している。

同大学の生命科学部では1995年より、新入生全員に対してMacBook(当初はPowerBook)個人購入を課し、1人1台環境をスタートした。今でこそ、教育機関におけるコンピュータやタブレットの1人1台環境は珍しくないが、生命科学部では90年代半ばから、約20年以上も継続して同様の取り組みを進めてきたのだ。しかも当時は、教育機関で使用するコンピュータといえば、ウィンドウズがメインだったが、生命科学部では当初からアップル製品にこだわってMacBookを導入したというのだ。

生命科学部がアップル製品にこだわった理由は何か。東京薬科大学の森河良太氏は「1人1台環境の計画を進めていた1994年当時、学内ネットワークに簡単にアクセスできるコンピュータは、Macのみでした」と当時を振り返る。また、薬学や生命科学の研究分野においては、もともとアップル製品が広く使われていたこともMacを後押しする要因になったという。当時からアメリカにある生物関係のデータサーバにアクセスするなど、今でいうビッグデータ的な使い方が生命科学の研究分野では古くから行われていたため、ネットワークへの接続が容易なアップル製品を選んだのだった。

 

 

東京薬科大学(東京都八王子市)は、創立136年を迎えた日本で最初の私立薬科大学だ。薬学部と生命科学部と2つの学部があり、薬学、薬業、医療分野へ多く人材を輩出している。生命科学部では創立2年目より、新入生全員がMacBookを購入し、大学での授業や研究活動に活かす。教員もMacを使って授業を行い、20年以上も継続してアップル製品が活用されている。

 

 

1年生の必修科目「情報科学I」の授業風景。この日はエクセルの復習が行われていた。講師のほかに、大学院生のTA(ティーチングアシスタント)3名が学生の学びをサポートする。大学生協の話によると、新入生のうち約5分の4の学生が大学生協でMacBookを購入。そのうち、約7割は11インチMacBookエアを選択したという。

 

英語教育においても、インタラクティブな英語の授業を実現するためにはコンピュータが欠かせないとして、外国語学習の専用施設(ランゲージラボ)にアップル製品を導入した。リーディングやリスニングなど英語学習に使えるソフトが、アップル製品に多かったためだ。東京薬科大学では講義室と図書館においても、ウィンドウズ95が日本国内で発売される以前から、ノートパソコンを有線LAN接続できる環境を構築するなど、インターネット創生期からICTを活用した学習環境の整備に力を入れてきた。

 

 

東京薬科大学生命科学部生命物理科学研究室博士(理学)森河良太講師。自身も長年のMacユーザ。

 

 

主体性を促す1人1台

生命科学部では現在、すべての学生が1人1台のMacBookを持って授業を受けている。たとえば、見学した1年生の「情報科学I」の授業では、11インチMacBookエア、または13インチMacBookプロを使用している学生が多かった。生命科学部では、各自で購入した好きなMacBookを持ってくることも可能だが、学生の大半は大学生協で販売している前出の2機種から、どちらかを選んで購入するという。同学部のアンケートによると、大学生になるまでに自分のMac/PCを所持している学生は全体の約4分の1しかいない。その中でもMacユーザはたった7%。大学生にとってiPhoneは身近なツールであっても、MacBookに関しては、これまで接する機会がほとんどなかったようだ。

大学生協では、このような学生のために入学前にMacBookのセットアップ講習会を設けて対応している。MacBookの購入についても、11インチMacBookエアを標準推奨セット、13インチMacBookプロを高機能セットとして用意し、4年間の保証をつけて販売している。ほかには、生命科学部ではレポート作成や学会での発表にも取り組むため、学生全員がマイクロソフト社のオフィス(MS Office for Mac)を購入。LANケーブルに接続するためのアダプタやUSBメモリ、パソコンバッグ、初心者用参考書などもMacBook購入時にセットで用意し、コンピュータに馴染みの薄い学生にも配慮している。

授業でMacBookはどのように使われているのか。見学した1年生の必修科目「情報科学I」の授業では、エクセルの使い方の復習が行われていた。ほかには、プログラミングの授業でC言語を学んだり、学生実習の授業では配列解析専用ソフト「CLC Main Workbench」を使って遺伝子解析やタンパク質の配列解析などに取り組む。もちろん、各授業では実験レポートやプレゼン資料の作成など日常的にMacBookを使っており、研究活動が始まる4年生からは論文の執筆にも活用する。

「1人1台のメリットは、“自分のパソコン”であるからこそ、積極的に活用しようと思えることです。何かトラブルがあっても、自分でいろいろ試行錯誤して解決を目指すなど、主体的な姿勢を養えると考えています」

 

 

70台近くのiMacが並ぶコンピュータ教室。iMacにはブートキャンプを使ってウィンドウズもインストールされており、両方を使用できる。同教室は主に、英語や情報科学などの授業で使用されており、高度な専門ソフトウェアを使用することが多い。

 

 

使われるものから使うものへ

多くの教育機関、中でも大学ではウィンドウズのコンピュータルームを整備したり、ウィンドウズのノートPCを学生に1人1台持たせるなど、ウィンドウズを採用するケースが多い。一方、生命科学部ではこれまでアップル製品にこだわって継続的な利用を続けている。取り組みの途中でMacからウィンドウズへ移行する方針はなかったのか。

これについて森河氏は、OS Xがリリースされるまではウィンドウズに移行する話も出ていた、と打ち明ける。

「しかし、OS X発売以降、本学部では簡単にユニックス(Unix)に触れることができるMacのほうが教育的に有効だと判断して、Macに絞っています」

そもそも、大学におけるコンピュータ教育の考え方として、「本物を教えたい」という思いが森河氏にはある。既存のソフトウェアやアプリケーションを使い、操作方法だけを覚えてコンピュータを活用するのではなく、学生には、きちんと中身を理解しながらコンピュータと向き合ってほしい。

「生命科学というのは、そもそも生命現象に潜む課題を発見して解決したり、探究心をもって取り組むことが重要な学問です。にも関わらず、コンピュータの中身も知らず、ブラックボックス化してしまうようでは、学問に対する姿勢としても違うのではないかと思うのです」

本物のコンピュータを学ぶという理念のもとユニックスを重要視するのは、多くの企業システムがそれを採用するのと同じ理由で、安定性の高さと大量の情報処理に優れているからだ。またウィンドウズの「コマンドプロンプト」に比べて、Macの「ターミナル」のほうがコマンドラインも多く、効率的にデータを処理しやすい。つまり、もともとユニックスがベースになっているOS Xのほうが、コンピュータの原理的な動きに近い操作が可能で、その中身が見えやすいのだ。学生たちが、あらゆるシステムに使用されているユニックスに親しみ、コマンドによる操作体系を身につけることは、これから社会へ出て活躍するときにも有効なスキルになってくるに違いない。

「MacBookを利用したコンピュータ教育により、ユニックスを通じて、学生たちが情報のユーザ(利用者)からサーバ(提供者)になることを願っています」

 

 

生命科学部では4年生から研究活動が始まる。森河氏の所属する研究室でのiMac利用状況を教えてくれたのは森咲季子さん(博士3年)。大学生になって初めてMacBookを使うようになった。現在個人所有するのはMacBookエア。「キーノートの画像貼り付けなど直感的に操作できるのがMacの良いところ」だと語る。

 

 

研究活動に使用するiMac上では、分子モデリングソフトウェア「Visual Molecular Dynamics(VMD)」を使って、分子の形や動き、薬との関係性などのシミュレーションを行う。

 

 

VMDに入力するデータの作成には、膨大な計算を実行するため学生たちはターミナルを使用する。