iPadは顧客の嗜好を知るためのタッチポイントツール|MacFan

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iPadは顧客の嗜好を知るためのタッチポイントツール

文●牧野武文

老舗甘味処・立田野は「立田野茶寮」というサブブランドの店舗展開を進めている。このカフェに置かれているのは、iPadを活用したメニュー。そこには単に紙のコストを下げるだけではなく、新たな顧客をつかむという戦略があった。

マルチブランド戦略

明治28年、甘いものが大好きだった力士「立田野」が甘味処を開いた。それから120年、銀座立田野のあんみつは観劇観覧後の甘味、ご進物として定番となった。しかし、立田野は1つの大きな課題を抱えていた。それは「常連客の年齢層が上がっていき、新しい顧客層にアプローチできていない」ことだ。このままでは、立田野の看板はお客様とともに老いていくことになる。若者と外国人という新しいお客様の心をつかまなければならない。

しかし、若者と外国人にアピールするメニューを増やしていくと、今度は“定番の味”を求めている常連客の期待を裏切ることになる。老舗の味を守りながら、新しい味も開発していかなければならない。そこで、立田野はマルチブランド戦略を採ることにした。銀座立田野は立田野としての伝統の味を守る一方で、「立田野茶寮」という新しいブランドをつくり、モダンなスイーツカフェとして展開していく。こちらで若者、外国人の心をつかみ、立田野の伝統の味に触れてもらい、将来は銀座立田野の常連客になっていただく。そういう循環を狙っている。

 

 

株式会社 銀座 立田野(http://www.ginza-tatsutano.co.jp/)は東京都内に6店舗、立田野茶尞として3店舗を構える。フェイスブックページは、【URL】https://www.facebook.com/TATSUTANO/

 

 

店内空間を彩るiPadメニュー

この立田野茶寮の展開で大きな武器になっているのがiPadメニューだ。現在、立田野茶寮はカフェスタンドタイプの店舗を3店舗展開しているが、東京・吉祥寺アトレ店は、50席近い席を用意した初のカフェタイプの店舗。iPadミニ5台が紙のメニューの替わりに手渡され、来店客はそれを見て注文する。

このiPadメニューが使われる理由は、紙メニューに比べて多くの利点があるからだ。「メニュー内容を変えたとき、紙メニューではすぐに対応ができません。印刷コストも無視できません」(銀座立田野、大野貴之担当マネージャー)。立田野茶寮が狙っている若者と外国人向けに新メニューを次々と開発し、投入していく。iPadメニューの実体はWEB上につくったメニューページで、これをサファリから閲覧できるようにしている。そのため変更があっても数分で対応できるほか、期間限定メニュー、時間限定メニューなどもつくりやすい。一般的なカフェではこのような商品は壁に貼り出したり、卓上ポップで告知することが多いが、立田野茶寮にはそういったものが一切なく、静かな店内空間が保たれている。

 

 

東京吉祥寺にある立田野茶寮(住所:東京都武蔵野市吉祥寺南町1-1-24 アトレ吉祥寺B1階)は、若い人も気軽に立ち寄れる“和のカフェスタンド”だ。

 

 

左から、銀座立田野マネージャー・大野貴之氏、システム開発を担当するウジパブリシティー・こもりまさあき氏、アートディレクションを担当するウジパブリシティーのウジトモコ氏。立田野茶尞のためにスペシャルチームが組まれ、戦略的な試みが開始された。

 

 

タップ箇所をヒートマップ化

「iPadメニューでは、お客様がタップした位置などのデータを取っています」(ウジパブリシティー、こもりまさあき氏)。店舗に用意された5台のiPadはそれぞれ識別され、顧客の指が触れた場所を記録、ヒートマップのようにたくさん触れた場所が赤くなる。また、メニューをどこまでスクロールして閲覧したかというデータも記録される。

このようなデータを取るのはメニューの改善をするためだ。メニューの構成は今がベストだとは限らない。来店客が写真をボタンだと思って間違えて押してしまう箇所、途中でスクロールをやめてしまう箇所などを把握し、メニューを改善していく。さらに、このヒートマップは店舗の戦略づくりにも役立つ。なぜならタップが多いということは、来店客がなんらかの理由で、その場所に興味をもっているからだ。「仮に人には左上に注目する心理があって、左上をよくタップするというのであれば、その場所にお薦めのセットメニューなどを掲示することなどを試してみることができるのです」。

 

インバウンド客から嗜好を知る

このメニューは将来的にはただのメニューではなく、WEBと融合していく。WEBのメニューサイトは立田野茶寮サイトと融合され、そこに新メニューのプロモーションサイトや通販サイトなども追加される。これにより店舗内に置かれたiPadで食事や喫茶中にプロモーションサイトを見たり、おみやげを注文できるようになる。立田野茶寮に来たことをきっかけとして、若い世代に立田野の世界観に触れてもらうこともできる。

また、インバウンド客を取り込む戦略も着々と用意されている。iPadメニューはすでに英語、中国版の準備を進めていて、さらに通販サイトなどが加われば、日本旅行のおみやげとして買ってもらえることも期待できる。また、iPadメニュー上でタップした位置のヒートマップデータをとることで、日本人と外国人の趣向の違いなどの情報も蓄積していくことができるだろう。

 

 

メニューはiPadミニの中に入っている。来店客がタップ、スクロールして注文する商品を選ぶ。タップした場所など、操作情報は記録され、メニュー設計の改善に役立てられるほか、顧客の嗜好を知るための重要なマーケティング情報として分析される。

 

 

老舗甘味処、立田野は常連客によって支えられているが、若者層と外国人が取りこめていない。しかし、伝統の味を守ることも必要。そこで、マルチブランド戦略を取ることにした。立田野茶寮というブランドの和モダンカフェで、若者層と外国人客に立田野の伝統の味を広げていくことを狙っている。

 

 

来店客がタップした場所の情報はリアルタイムで収集され、ヒートマップとして表示できるようになっている。ここから来店客の嗜好を読み取り、新メニューの開発などに役立てていく。

 

 

お客さまとのきっかけづくり

このような経験値を積んだうえで、立田野茶寮が目指すのは海外進出だ。日本の料理、デザートなどの海外進出は今や珍しくはないが、定着している店舗は実はさほど多くない。出店直後は物珍しさから話題になって大人気のように見えるが、リピーターをつかむことができず、経営が軌道に乗らないケースが圧倒的に多い。それは現地の顧客の嗜好をつかむことができていないことに原因がある。立田野茶寮はインバウンド客から外国人の嗜好を把握し、それに基づいた店舗設計、メニュー設計をしたうえで海外進出する計画だ。

「詳細は私からは申し上げられませんが、たとえば今後グローバルな展開が急に進んだとしてもリアルタイムに対応可能なコミュニケーション戦略を最初から見据えているということはいえます」(ウジパブリシティー、ウジトモコ氏)。単なるグローバル展開ではなく、基本はグローバルだが、現地の顧客の嗜好に合わせる〝グローカル”な展開を視野に入れる。

ここでも、大きな武器となるのがiPadメニューだ。メニューを変更するときは現地スタッフではなく、東京本部で変更する。WEBページを修正するだけなので瞬時に行え、海外店舗がいくつあっても、変更が一瞬で行き渡る。さらに、顧客がタップした位置を分析することで、世界中の顧客の嗜好を知ることができる。戦略スタッフがすべての店舗のデータを一括して分析することで、どの部分をグローバル共通にし、どの部分をローカル独自にするかも判断可能だ。

iPadメニューはまだ珍しく、来店客の中には使い方がわからず戸惑う方もいるという。その場合は、接客スタッフが操作の仕方を丁寧に教えてくれる。操作方法といっても、「指でタッチしてください」「指をずらすとスクロールします」程度のことだから、iPadに馴染みがない人でもすぐに理解できるだろう。「これが大切なんです。接客スタッフは、これをきっかけにしておすすめのメニューをお伝えしたり、短い時間ですが、お客様との交流のきっかけになるのですから」(大野氏)。

iPadメニューは単なる印刷コストを節約するためのツールではない。おもてなし接客をスムースにするためのツールであり、来店客の嗜好を知るためのツール、そしてグローバルにビジネスを広げるためのツールだ。立田野茶寮は、iPadを顧客とのタッチポイントツールとして見事に活用している。

 

 

【注文】
立田野茶寮では、面白いことが起きている。食事メニューとフルサイズの甘味メニューの両方を注文するお客の割合が高いのだ。落ち着ける空間であることから、滞在時間が長くなることが理由ではないかと分析されている。

 

【開発】
立田野茶寮では、洋風釜飯、アフタヌーンティーセットなど独自メニューの開発も行われている。iPadメニューのヒートマップ分析により、実売数では見えづらい「マインドシェア」のような情報を把握することができる。