個人力でなく、組織力を高めるためのiPad|MacFan

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個人力でなく、組織力を高めるためのiPad

文●牧野武文

たけでんでは、iPadをただ社員に配るのではなく、緻密なKPI設定をしている。決裁滞留時間、残業時間など数値目標を立て、その達成度を全体だけでなく、社員個人についても行う。なぜなら、iPadの向う側にある狙いは、会社全体の大改革だからだ。

プロフェッショナルなやり方

電気設備機器資材、LED照明、太陽光発電、蓄電池など省エネ商材を販売する商社「たけでん」は3年前にiPadを50台試験導入し、管理職と営業職の一部に配付した。この試験導入の主な狙いは、決裁滞留時間の短縮と営業職のワークスタイルを変革するためだった。

「弊社では決裁事項が多いため、上にいけばいくほど決裁案件が増え、それが遅れることで、部下の仕事を遅らせる原因になっていました」(情報企画部副部長・朝久野勝久氏)。今日中に決裁が下りないと仕事が大幅に遅延するが、上司が外出中だと退社時間も遅くなる。そんなことが日常茶飯時になっていた。しかし、管理職がiPadを携帯することで、外出先でも決裁作業ができるようになった。

と、ここまではよくある話。だが、たけでんのiPad導入はここからが違う。きちんとしたKPI(Key Performance Indicators=重要業績評価指標)を立て、一定期間ごとにKPIに基づいた評価をフィードバックしている。決裁作業では、管理職に12時間以内に決裁をする目標が設定され、決裁にかかった時間を集計し、公表する。「決裁滞留時間は年間換算で2000時間減りました」。

さらに営業職には、iPadからリモートデスクトップでパソコンに接続できる環境と社内メールがチェックできる環境を提供することで顧客への対応力を強化し、売上利益の1%アップを目標に掲げて取り組みをスタートした。

「iPadを配布されて不便だと感じる社員は1人もいない反面、全員が便利だと歓迎しているわけではありません。中にはかえって面倒くさいと内心思っている人もいるはずです。でも、KPIを定めて、それを達成する仕事のやり方を各自が考える。そういう意識を浸透させることが真の狙いです」

どうしても目標が達成できない、あるいは達成する気がない社員がいたら、最悪の場合はiPadを取り上げる。それは単に機器の問題ではなく、社員も企業と同じく時代の変化に適応することの重要性を暗に教育することになる。たけでんのiPad導入手法は、大人の会社、プロフェッショナルのやり方だ。

 

 

たけでん(【URL】http://www.takeden.co.jp)は、電気設備機器、資材、LED照明、太陽光発電など環境省エネ商材を推進するエレクトロニクスの総合商社。最近ではスマートハウスへの取り組みも積極的に行っている。

 

 

株式会社たけでん情報企画部副部長・朝久野勝久氏。基幹システムだけでなく、社内の大改革をしようというフェニックスプロジェクトの中心人物。プロジェクトのリーダーとして経営陣、管理職、人事、経理といった多岐にわたる連携が必要な改革の交通整理、方針を取りまとめ推進している。

 

 

実践を教えるiPad研修

現在では200台のiPadを導入し、うち営業職へは100台と、本格導入はまだまだこれからになるが、営業職の1つの課題は、組織を横断した情報共有だった。たけでんでは、さまざまな電気設備を扱っており、商材ごとに営業チームが構成されている部隊がある。その ため、別商材の営業チームがどのような動きをしているかがわかりづらい。

「たとえば、ある物件にLED照明チームが営業をかけて受注したとします。弊社はそのほかにも空調や監視カメラなどのさまざまな商材があるのですから、同時に営業してその物件のすべての電気設備を受注するのが一番いい。しかし、情報共有がないため、そうした連携がうまくいかなかったのです」

さらに、商社という情報が集まってくる場でもあるのに、その利を活かすこともできていなかった。たとえば、大型案件がある場合、相見積もりや入札で複数の施工業者が参加することになる。その参加業者の多くが、電気設備商材の仕入先にたけでんを選ぶ。つまり、たけでん側では、1つの大型案件に対して複数の筋からの情報を得ることになる。しかし、それぞれのチームはそれぞれの参加業者のために仕事をすることになり、同じ案件であるのに情報交換がされない。案件情報を共有することで、それぞれのお客様により効果的な提案や見積もり案が出せるのではないか。

「iPadは、こうした課題を解決し、コラボビジネスを推進するツールとして後述する“フェニックス”に有効に機能させたいと考えていた」と朝久野氏。

社員向けにiPadの使い方研修会を細かく開催しているのも特筆すべきだ。エントリー、ミドル、エキスパートの3段階に分けて、それぞれ年に4回程度、1回3時間程度行う。しかし、iPadの使い方を教えているのはエントリークラスのみで、ミドルはプレゼンテーションを主体とした活用法、エキスパートになると参加者が独自に考案した「iPadを使った仕事の仕方」を教え、研究し合う場となっている。こうして売上利益1%アップを試験導入ですでに達成させている。

 

 

iPadの研修会は、3レベルに分けて年4回行われる。iPadの使い方の研修はエントリークラスのみで、ミドルではプレゼンテーションの実践、エキスパートでは自ら新しいiPadの活用法を提案することが求められている。iPadの研修ではなく、「iPadを使った仕事のやり方」の研修だ。

 

 

情報伝達の「Cool Messenger」、ペーパーレス会議の「ECO Meeting」、書類共有の「Over The Air」、 リモートデスクトップの「RD Client」などのアプリのほかは、商材メーカーが提供しているカタログアプリ、ツールアプリを利用している。その他は、グーグルマップなどの一般的なものだ。どのようなアプリを導入し、どのように活用するかは、エキスパート研修会で社員側から提案されていく。

 

 

「生まれ変わろう」という意識

なぜ、たけでんはこのような合理的な導入・評価計画を立てることができたのか。それは小さな課題解決とともに、大きな絵も描くことを進めていたからだ。

「現在私たちはフェニックスプロジェクトというのを進めています。これは基幹システムを含む社内の全システムを刷新するという大きなプロジェクトです。ビジョンである『快適環境創造の百年企業』を達成するためにどんな改革が必要かを徹底的に議論し、それを支えるシステムを導入しようとしています」

たとえば、業務プロセスを抜本的に見直し、標準化を図る必要があるのではないか。本部集中型の決裁プロセスを簡素化し、現場に権限委譲することで経営のスピードアップを図らなければならないのではないか。案件情報を共有して営業が効率的効果的に攻めに特化できるような仕組みが必要ではないか。

また、人事評価システムも根本から考え直さなければならない。横方向の情報共有を密にして、1案件にたけでん商材のすべてを納入するようなビジネスをするには、従来の売上=営業職の評価だけでは足りない。有望案件の情報を共有したものに対してアシストポイントを与えるような評価システムが必要となる。

さらに社員の意識改革がもっとも重要だ。従来は、多くの社員が夜遅くまで働き、休日出勤も珍しくなかった。しかし、企業の成長は人が原点だ。優秀な人材の確保と定着、そして社員の成長が企業発展の鍵を握るだけに、限られた時間の中で成果を上げるためにどうするかといった議論がされている。

経営陣からは、遅くとも20時退社が厳命され、社員は定時までに仕事を終わらせるにはどうしたらいいか、iPadというツールを使って、他社との差別化を図り顧客満足を向上させ、かつ、集中して効率よく仕事を終らせる方法を各自考え始めている。

このように、たけでんの事例は、単なるiPad導入事例ではない。「iPadを導入してみたら、こんな波及効果がありました」という事例でもない。大本にあるのは、「百年企業を目指すために生まれ変わろう」という強い意志だ。それは、 このままではこの先乗り切っていくことができないという危機感の表れでもある。仕事のやり方の変革、組織構造、人事評価システム、社員の意識改革という大きな絵図があり、 それに適した基幹システム、日常業務ツールを構築しようとしている。その日常業務ツールの1つとして選ばれたのがiPadだったということに過ぎない。

そして見事なのは、組織改革という大きなところから着手するのではなく、iPad導入を先行して進めていることだ。どんな素晴らしい改革でも、各人が理解し、納得しなければ前には進まない。まずiPadを導入し、残業時間の減少、決裁滞留時間の減少、売上の増加という小さな成功体験を社員にしてもらう。そのうえで大きな改革を押しつけるのではなく、社員も一緒になって考えてもらう。

「今までのたけでんは、個人商店の集まりに過ぎなかったのかもしれません。それを、組織で戦える会社に変えていきたい」。武器はiPad。たけでんの大改革はまだ始まったばかり。iPadを便利なツールとしてではなく、意識改革の波を広げるトリガーとして活用している。

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営業職には、売上利益1%アップの目標が設定され、現在のところ達成できている。横方向の情報共有を図り、複数チームがひとつの案件に協同して営業活動ができるようにするのが目標だ。情報共有は、今回開発された「Phoenix」を使っている。

 

 

フェニックスプロジェクトメンバーが開発した「営業支援/案件管理システム」が10 月に稼働。もちろんiPad からもアクセス可能だ。一般的な企業では基幹システムに合わせた組織構造、仕事のやり方になりがちだ。しかし、たけでんでは基幹システムの選定の前に、徹底的に理想的な組織構造、仕事のやり方について議論されている。甲羅の形に合わせて仕事をするのではなく、自分たちに合わせた甲羅を探す。大きな刷新計画を進めるにあたり、iPadを触媒に現場から改革を始め、それを基幹システムという”後方支援”に反映させていくという考え方だ。

 

 

【数値化】
たけでんはKPI以外にも計測できる効果のほとんどを数値化している。ペーパレス会議でも、「紙の仕様は極力控える」などという漠然としたものではなく、コピー用紙を年間○○枚削減という数値目標を設定し、達成できたかどうかを検証する。

 

【課題抽出】
現状の課題抽出も、「ここが問題」というアラ探し、列挙的な方法ではなく、常に「あるべき姿」が議論され、そこから「現状は何が不足しているのか」を考える。フェニックスプロジェクトの究極の目標は「百年企業」だ。