サービス向上の鍵は「ITはシンプルに、人は細やかに」|MacFan

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サービス向上の鍵は「ITはシンプルに、人は細やかに」

文●牧野武文

ANAは国際・国内乗り継ぎ客のために、羽田空港内で巡回バスを運行している。しかし自分が降りるべき停留所がわからず、戸惑う乗客も多かった。そこで、バス内にiPadを使ったガイダンスサイネージを設置。「不必要な情報を排除したシンプルさ」が成功を導いた。

広大な羽田空港内はバスで移動

年間7820万人という世界第4位の旅客数を誇る東京国際空港。通称、羽田空港は常に拡張が続けられ、東京都大田区の面積の3分の1が羽田空港であるというほど広くなった。現在、4本の滑走路と2つの国内線旅客ターミナル、1つの国際線旅客ターミナルがある。羽田を利用して、国内・国際線に乗り継ぎをするには、ターミナル間を移動しなければならない。直線距離で1キロ以上あり、しかも途中に滑走路があるため迂回する必要がある。徒歩での移動は現実的ではなく、空港内の無料巡回バスで移動するのが一般的だ。

羽田空港が運営する巡回バスも無料で利用できるが、ANAも独自で巡回バスを運行させており、国内線、国際線ともANA(またはANAが加盟するスターアライアンス加盟の航空会社)を利用している場合に乗車可能だ。要所要所に職員がいて、しっかりと案内をしてくれる。

 

 

羽田空港で巡回バスの運行を行うANAエアポートサービス( http://www.anaas.ana-g.com)。そのほか、グランドハンドリング、空港旅客サービス等の空港オペレーションを担う。

 

 

 

羽田空港で運行するANAの巡回バス。羽田空港の国際線ターミナルと国内線ターミナル(北と南)の計3カ所を10~20分間隔で運行している。運行時間は、5:15~23:50までの間。ぐるりと一周するのにかかるのは約35分程度だ。

 

 

バス停留所では、職員が航空機会社とチケット見本を手に乗客を誘導する。それでも間違ったバスに乗り込んでしまう人もいるという。その場合は、センターと連絡を取り、次の停留所で降りてもらい、地上スタッフが1対1で対応することになる。

 

 

戸惑っていた乗り継ぎ客

しかし、問題がないわけではなかった。地方空港からANA利用で、羽田で国際線に乗り換えるという場合は問題はそう多くはないが、逆に海外から国際線で羽田に着いて、国内線に乗り継ぎをするという場合は混乱する乗客がいたという。なぜなら、ANAが利用する国内線第2ターミナルには、北と南の2カ所のバス停留所が設けられ、搭乗口の番号によって降りる停留所が異なるからだ。

自分のチケットを見て、搭乗口の番号をきちんと確認しておけば、自分が北と南のどちらで降りるべきかはすぐにわかるようになっているのだが、チケットには搭乗口番号以外にもさまざまな数字が記載されている。

「チケットには便名の番号なども書いてあり、日本に着いたばかりの外国人のお客様には搭乗口の番号が見つけ辛い場合もありました」(オペレーション計画部・吉田朋弘氏)。

特に初めて日本を訪れる外国人にとっては不安になるだろう。国際線で到着した乗客は「ANAの国内線ターミナルに向かえばいい」と考える。ところが、意外にも国内線ターミナルの停留所は北と南の2カ所あり、バスに乗り込んでしまってから「自分はどっちで降りるのか」と慌てることになる。以前は、車内で日本語、英語のアナウンスを流して案内をしていた。しかし、日本語、英語がわからない人もいるし、着いたばかりの日本の空港の風景に夢中になって聞き逃してしまうこともある。さらに、巡回バスは空港内道路を走るので、旅客機が近くを通るときなどは、大きな騒音がして、アナウンスが聞き取れないこともある。

そこで多くの乗客が、席を立って、運転手にチケットを見せて、「私はどこで降りればいいのか」と尋ねる。これは運転手にとって大きな課題だった。なぜなら、バスの安全運行を確保するため、運転中に応対をすることは禁じられているからだ。「停まるまでお待ちください」と答え、停留所に到着してから応対するしかない。また、それが英語以外の中国語、韓国語となると、きちんとした対応ができないこともあった。

つまり、この問題には2つの課題があった。1つは「国際線から国内線に乗り継ぐ海外のお客様に適切なガイダンスが提供できていない」。もう1つは「バス運転手が運転に集中しづらい環境をつくり出していた」だ。

 

 

乗り換えには、搭乗チケットに書かれた搭乗口の番号を参考にする。しかし、便名の番号などもあったりして、確認に時間を要することもある。

 

 

不必要な情報は表示しない

そこでANAエアポートサービスは、車内にディスプレイを配置し、ビジュアルで案内をするという解決策を採った。ビジュアルであれば日本語、英語のほか、中国語、韓国語の案内もできるし、必要があれば多言語に対応することもできる。また、ビジュアルであれば旅客機の騒音で聞こえないということもない。

しかし、問題はそのビジュアルガイダンスの操作を運転手がしなければならないということだ。複雑な操作が要求されるとなると、バスの安全運行にも関わってくる。そこで、採用されたのがiPadだ。運転席横にiPadミニを取り付け、運転手は出発時、停留所到着時にボタンにタッチをするだけ。それで、適切な各国語のガイダンス映像とアナウンスが車内に流れる。これだけの簡単な仕組みで課題は一気に解決された。

その要因は、「余計な情報は流さない」というポリシーを定めたことにある。普通は「ANAにご搭乗いただきありがとうございます」という挨拶や、「ようこそ日本へ!」などというメッセージを流してしまいがちだが、乗客にとってそれは不要な情報であり、退屈な情報でもある。そっぽを向いて、車窓の外の初めての日本の風景に夢中になってしまって、ガイダンスを見てくれない可能性がある。そこで、吉田氏は「必要な情報だけに絞る」ことにした。

バスが出発すると、停留所の模式図が表示され、今バスがどこを走っているか、何分で次の停留所に到着するのかが1枚のグラフィックで表示される。その次に、搭乗口の番号によって北と南の停留所のどちらで降りるべきかのガイダンスが、ビジュアルと4カ国語で表示、アナウンスされる。挨拶のようなものは、最後に申し訳程度に表示されるだけだ。

 

 

iPadは運転席の左側に設置されている。iPadの大きな画面なので間違わずにタップするだけでガイダンスを流すことが可能だ。運転席の後方および、社内の後方部の2カ所にディスプレイが設置されている。

 

 

人とITでサービスを向上

「バスの停留所間の運行時間は10分から15分。ガイダンス映像は約2分です。残りの時間をどうしようかと考えました」。そこに宣伝めいた映像を流したのでは、ガイダンスの質を落としてしまう。そこで、ANAが訪日キャンペーンとして制作した「IS JAPAN COOL?」という映像を流用。これはクールな日本を紹介する映像で、和食や職人あるいは渋谷のスクランブル交差点、原宿の竹下通りといったクオリティの高い風景映像を環境音楽だけに乗せて紹介するものだ。初めて日本に来た観光客にとっては(そして日本人にとっても)わくわくするような映像だ。

この映像は、乗客の満足度を上げることにもなるが、もう1つ大きな役割がある。「バスの乗客の目をディスプレイに惹きつけたかったのです。ディスプレイに注目してもらうことで、ガイダンスの映像に切り替わったときに確実に内容が伝わります」。ただおしゃれな雰囲気を醸し出すために映像を流しているのではない。ガイダンスを伝えるという目的をもって使われている。

吉田氏は今後もこのようなガイダンスシステムを増やしていきたいと考える。

「スタッフという人間が対応するときにこそ、ANAらしさが出せるからです。IT化は進めていきますが、IT化はあくまでも、係員のサービスを補完するツールであるため、組み合わせることによって、係員のサービスの質を上げてよりお客様の期待を超えるANAらしいサービスを提供していきたいですね」。シンプルなIT、細やかな人。この2つをいかに組み合わせるが、サービスの質を向上させるポイントになるようだ。

 

 

バスの中に設置されたディスプレイには、シンプルな映像が表示される。余計な情報がないので、言葉がわからなくてもひと目でなんの情報かが理解できる。テロップ、音声ガイダンスは日本語、英語、中国語、韓国語の4カ国語に対応。また、クールな日本を紹介する映像(https://www.ana-cooljapan.com)も流される。

 

 

ANAエアポートサービス株式会社エアポートマネジメントセンター・オペレーション計画部・吉田朋弘氏。ガイダンスシステムを立案した人物だ。アプリの制作は株式会社チェンジおよびタイガースパイク社が行った。

 

 

ANAエアポートサービス株式会社客室サービス部・花山博和氏(左)、関田慶二氏(右)。空港内でのバス運行は簡単ではない。旅客機と交錯する箇所があり、安全確認の手順を厳守しなければならないからだ。ジェット機のエンジン噴射は、軽自動車であれば転倒するほどの威力があるという。ガイダンスシステムの導入で、運転に集中ができるようになった。

 

【電子】
ANAの場合、「パスブック」(Passbook)を含めた電子チケットの利用者がすでに3割近くになっているという(国内線)。ビジネス客などの利用頻度が高い人は電子チケットを利用する。そのため、最近カウンターの混雑も解消し、サービスの質の向上につながっているという。

 

【IT】
停留所を降り間違えても、10分少し歩けば目的の搭乗口には辿り着ける。しかし、出発時間が迫っている状況で、知らない空港を探し歩くのだから、ものすごく不安になる。こういう小さな課題を発見し、解決するするのにITはとても向いている。