エンジニアの育成とアプリ開発の内製化が変革の肝|MacFan

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エンジニアの育成とアプリ開発の内製化が変革の肝

文●牧野武文

店舗スタッフが利用する端末として2300台ものiPodタッチを導入した東急ハンズ。従来の法人向け専用業務端末と比較して、圧倒的な成果を生み出すことに成功した。また、アプリ開発も内製化することで環境に柔軟に対応し、コストを削減できるITシステムを構築している。

お客様より遅れていては…

東急ハンズはスタッフが店舗内で使用する端末として、2300台のiPodタッチを採用した。2015年2月より試験導入を始め、5月から順次本格導入。iPodタッチには専用のジャケットが取りつけられ、店頭の値札のバーコードを読み取ることができる。

従来は、法人向けの専用業務端末を使っていた。しかし、時間とともに性能や機能に不満を感じるようになり、端末の入れ替えが必要な時期を迎えた。そこで、専用業務端末を新しくするのではなく、一般製品であるiPodタッチを採用することに踏み切ったのだ。

「一番の問題はインターネットへの対応でした」(ハンズラボ代表取締役・長谷川秀樹氏)。スマートフォンの普及とともに、来店客から「あるブログで見たこの商品なのですが…」という問い合わせを受けることが多くなった。従来の業務端末にもブラウザ機能はついていたが、最新のWEBが見られない、遅いなどの問題があり、来店客の問い合わせにスムースに対応することができない事態が起きていた。「せめてお客様と同じレベルのネット環境をスタッフに提供しないとお客様に満足いただく接客ができないと感じました」。

専用業務端末からiPodタッチに変えた効果は大きかった。従来は、業者から業務端末を納入してもらい、機能を追加するときはそのたびに仕様書を書き、開発をしてもらうという方式。しかし、iPodタッチでは、そのプロセスのほとんどすべてが“セルフサービス”で行える。機器の開封から初期設定、必要なアプリのインストールまでのいわゆるキッティング作業は、アップルのDEP(Device Enrollment Program)とアイキューブドシステムズのMDM「CLOMO」を導入したことで、短時間で実現。3人のスタッフが日常業務も行いながら、1日数百台のキッティング作業が可能だという。

MDMを導入したため、セキュリティも自動的に確保している。東急ハンズ店内のWi−Fiから外れると業務用アプリは起動しなくなるようにし、紛失・盗難の場合は、ほかのWi−Fiに接続した瞬間にiPodタッチ内の全データが自動消去される。また、そもそも業務関連のデータはすべてクラウドに存在し、iPodタッチ内には残されない設計にしてあるので、情報漏洩の危険性はほとんどない。

また、一般のiOSアプリを接客に利用する試みも始まっている。近年の外国人客の急増を受けてグーグル翻訳や乗り換え案内などを利用。また、一般の顧客のためには配送状況確認アプリやツイッター、さらにスタッフ間の連絡にはPHSを廃止して、iOS標準のフェイスタイム(FaceTime)を利用する。このようなアプリは、各店舗から提案をしてもらい、アップルのVPP(Volume Purchase Program)を使って一括購入、MDMを使って一斉配信をしている。

 

 

ハンズラボ株式会社(https://www.hands-lab.com)は、東急ハンズから生まれた小売業特化型ITソリューション企業。新しいことを貪欲に取り入れるのが基本姿勢で、今回のiPod タッチの導入をはじめ、AWSやロボット、IoTを使った現場ソリューションを提案する。

 

 

iPodタッチでバーコードの読み取りが可能。また、その場でインターネットで検索できるため、バックヤードにあるPCで在庫を確認したりする必要が減った。

 

 

内製で逐次改良を

在庫確認や発注などの業務アプリは、ハンズラボで内製している。従来は外部委託であったため、ちょっとした修正にも外注費が発生するうえ、納品までの時間もかかっていた。ハンズラボではエンジニアの育成を進め、開発の内製化で開発費を抑え、修正を瞬時に行える環境を整えている。たとえば、従来は在庫確認と発注を別メニューにしていたが、「在庫確認をして数量が少ないものはその場で発注をかけたい」というスタッフからの要望を受け、新しい業務アプリでは同じメニュー内にまとめれている。こうした微修正が、内製であれば素早く可能なのだ。また、改良後スタッフの反応を聞いて、問題があればさらに修正する、あるいは元に戻すというアジャイル開発的な手法で業務アプリを進化させていける。

業務アプリは、一見ネイティブアプリのように見えるが、実態はWEBアプリで、それをWebView機能を使ってアプリの中から利用している方式。このため、アプリのアップデートはほとんど必要なく、サーバ側のWEBアプリを更新するだけでアップデートが完了する。「今はiOSデバイスが最適だと思って選択しましたが、数年先により素晴らしいプラットフォームが出てくるかもしれません。そのときを見越してWEBを主体に開発しています」。プラットフォームが変わっても、WEB主体であればほぼそのまま利用できるからだ。

さらにハンズラボは、東急ハンズ向けに構築したシステムを、相手先に合わせてカスタマイズし外販するというビジネスも行っている。その場合でも、相手先のプラットフォームがiOS以外のものであっても、十分に対応ができることになる。

 

 

iPodタッチにはバーコード読み取り用のジャケットが付けられている。本体コストは従来の業務用法人向け端末の4分の1。それ以外の部分でも法人向け端末と比べて圧倒的なメリットがある。

 

 

インストールしているアプリはごく一般的なもの。しかし、外国人客への翻訳、交通案内、一般顧客のための災害情報、配送状況確認など、無料アプリが意外に接客に役立つ。この他、東急ハンズスタッフ専用の業務アプリがある。入れるアプリは、店舗スタッフの要望を聞いて、今後も追加される。

 

 

 

 

いかにもネイティブアプリっぽい外観だが、実は実態はWEBアプリで、それをネイティブアプリのWebView機能を使って表示しているだけ。WEBベースにすることで、アップデートが簡単になる、将来別のプラットフォームに移行するのも簡単だ。

 

 

端末を常に進化させる

今回、業務端末を入れ替えるにあたり、さまざまなデバイスを検討したそうだ。しかし、すぐにiPodタッチに絞られてきたという(iPhoneにするか、iPodタッチにするかは迷ったそうだ)。専用業務端末という選択肢は、いの一番に捨てられた。

なぜなら発売された時点で、性能や機能が固定化されて進化が止まってしまうからだ。しかも、機能改善をしたくてもコストと時間がかかる。大量生産効果で価格が安くなり、多くの人が使うことで信頼性のある民生用機器を導入して、必要な部分は内製するというのは、ある程度の導入規模があれば、もっとも合理的なソリューションといえる。

「従来の業務端末を導入したときは、操作法の研修会を店舗ごとに行いました。今回はやりません」。スタッフはすでにスマートフォンの操作に慣れている者が多く、わざわざ使い方を教える必要がない。一部不慣れな人もいるが、それは、日常業務の中で、スタッフ間で教えあうというレベルで間に合ってしまう。

さらに、アップルケアにも加入せず、アフターケアは一般の一年保証のみだ。「確かに専用の業務端末は堅牢ですし、故障しません。しかし、そのために高額の保守費用を払い続けなければなりません」。こうした業務端末は10万円以上、iPodタッチは2万4000円程度。破損率、故障率は確かに専用の業務端末に比べて高いが、わずかな統計上の誤差でしかない。むしろ、破損、故障したものを最新機種に置き換えていくことで、端末を進化させていくことができる。現在の東急ハンズのITは「システムをガンガン構築していくのに、コストはガンガン下がっている」状態だという。

業務用に要求されるのは堅牢性と品質、民生用に要求されるのは価格と利便性と楽しさという明確な区別が10年前まではあった。しかし、今は業務用の世界も価格と利便性が要求されるようになってきている。特に小売業、飲食業、サービス業など、顧客目線をいかに持つかが接客の鍵になるような業界ではその傾向が強い。もはや高価な専用の業務端末という選択肢はなくなったといっても間違いではない状態まできている。

 

ハンズラボ代表取締役・長谷川秀樹氏。「東急ハンズのITはガンガン構築しても、コストはガンガン下がっている」。ハンズラボは、新しい感覚で次々と東急ハンズのITシステムを改革している。業務情報はすでにクラウド化され、一般のネット回線を活用。業務用システムよりも、大量に生産され多くの人に使われている民生用システムのほうがメリットがはるかに大きいという。

 

 

ハンズラボ・イノベーショングループ・ITエンジニア・黒岩裕輔氏。現在、iPadをレジとするアプリを開発中。完成すれば全店のレジをすべてiPadに置き換える。開発スタッフはわずか3人。うち1人はデザイナーだという。それで十分なほど、業務用アプリの開発は手間がかからなくなっている。

 

【構想】
「将来的には、来店客が自分のスマホから在庫情報にアクセスできるようになるかもしれない」と長谷川氏。東急ハンズのような趣味性の強い小売業の場合、情報をオープンにすることで、顧客満足度を上げられるのではないかと考えているのだ。

 

【検証】
端末にレジ機能を持たせる計画は進んでいるが、どのような形で実現するかは未定。単純に「どこでもレジ」のようなことにすることが、顧客満足度につながるかどうかの検証が必要だからだ。現在研究中で、試験運用をしながら形づくっていきたいとしている。