タクシー業界を変革する「配車アプリ」の果敢な取り組み|MacFan

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タクシー業界を変革する「配車アプリ」の果敢な取り組み

文●牧野武文

日本交通からリリースされている「日本交通タクシー配車」は実に便利なアプリだ。タクシー内にビーコン端末を設置し、乗車中のアプリ利用者に対して広告配信をする実証実験も開始された。タクシー業界が抱えてきた問題はアプリによって解決され、今まさに新たなイノベーションが起こりつつある。

タクシー内でクーポン配信

多くの人が便利に使っているであろう「日本交通タクシー配車」「全国タクシー配車」アプリ。起動すると現在地とおよその待ち時間が表示され、そのままタクシーの予約ないしは配車を注文できるというもので、道路沿いで「タクシーがつかまらない!」というあの煩わしさはもうなくなった。タクシー到着後、「乗務員が伺う」という注文も可能なので、カフェや自宅でくつろいでタクシーを待つこともできる。さらに、事前登録が必要だが、ネット決済を選べば自動的にカードから料金が引き落とされ、タクシー内での支払い手続きも必要ない。その便利さはあっという間に認知され、すでに両アプリでの配車実績は昨年10月に200万台を達成、昨年12月にはアプリでの売り上げが50億円を超えた。

その「日本交通タクシー配車」が面白い実証実験を始めた。日本交通グループの中でも、選抜された優秀な乗務員が担当する「黒タク」1600台に、ビーコン(beacon)端末を設置し、配車予約をした乗客が乗車したことを察知、乗客のスマートフォンに映像広告を配信する。乗客は、乗車中にその広告を視聴すると、視聴数に応じてクーポンが配信され、そのクーポンは次回乗車時にタクシー料金の一部として利用できるというものだ。この実証実験は東京23区内、三鷹市、武蔵野市で4月6日から開始されている。

 

 

日本交通株式会社(【URL】http://www.nihon-kotsu.co.jp)は、創業80余年、東京最大手のタクシー・ハイヤー会社だ。

 

 

日本交通のタクシーには黄色基調の車と黒が基調の車がある。黒いタクシーは通称「黒タク」。無事故率、交通違反率、接客態度など、厳しい条件をクリアした乗務員が選抜されて黒タク乗務員となれる。料金はまったく同じなので、黒タクを選んで乗車する人も多い。

 

アプリで見事に問題解決

ところで、この広告配信+クーポンという方式に首をかしげる人もいるのではないだろうか。「確かにタクシー乗車中は暇をもてあますけど、わずかな何十円かを得をするために、広告を見るというのは煩わしい」と考える人もいるはずだ。あるいは、ビジネス感覚のある人の中には、「すでに金銭インセンティブで広告を見せようとする手法自体が時代遅れになりつつある」と感じるかもしれない。

しかし、日本交通の考えていることは、「広告収入を得て、売り上げを補う」などという小さな目先のことではない。タクシー業の将来を見据えた緻密な戦略を立てていたのだ。

「日本交通のアプリは、お客様の問題を解決するためにあります」(総務財務部部長・濱暢宏部氏)。電話でもアプリでも、結局タクシー配車を注文することには変わりない。しかし、電話による無線タクシーでは、「いざというときに電話番号がわからない」「街中だと迎車場所の指定が面倒」「注文してみないと待ち時間がわからない」など、いくつもの問題があり、「それで迎車料金を払うよりは」と、流しのタクシーを探してしまう。結局、自分でタクシーを見つけるのが難しい地域、あるいはそれがしづらい高齢者などが無線配車を利用するという状況になっていた。「無線タクシーのお客様は、圧倒的に50代、60代以上の女性です」。

しかし、配車アプリを公開したことで、新たな顧客層を獲得することに成功した。「アプリをご利用いただいているのは圧倒的に30代、40代の男性です。今まで流しのタクシーを拾われていた方がアプリを使うようになったケースもあるとは思いますが、今まであまりタクシーをご利用されなかった方がアプリがきっかけでタクシーをご利用いただけている例もかなり多いと実感しています」。

実は、私自身もこのアプリを使うようになり、タクシーを利用する機会が増えた。なぜなら待ち時間はアプリ起動時に、概算料金は任意で行き先を入力したときにと、注文する前に必要な情報が提示されるからだ。それを見て、公共交通を利用するかタクシーを利用するかを決めることができる。従来は、待ち時間不明、概算料金もわからない状況でタクシーを探すしかなかった。知りたい情報が事前に提示されて、他の交通手段と比較をすることができる。これは30代、40代の男性には響くだろう。まさに、アプリが“問題解決”をしてくれたのだ。

 

 

日本交通株式会社 総務財務部・部長の濱暢宏氏。タクシー配車アプリの優れた点は、必要な情報、操作に最短ステップでたどりつける、合理的なインターフェイス。それが可能になったのは、「アプリはお客様の問題解決をするツール」という基本姿勢をもっていることと、タクシー業務と開発との間で緊密なコミュニケーションがとれているからだ。

 

タクシー需要の底上げ

日本交通が次の顧客としてターゲットにしているのが若者層だ。10~20代の男女、もしくは学生。そのために、「LINE TAXI」(メッセージングアプリLINE内から配車注文ができる)を始めたり、LINEのキャラクターであるブラウンをラッピングしたタクシーを走らせたりしている。「でも、それだけでは若者はタクシーに乗ってくれません。若者がタクシーに対して感じている問題がまだ解決できていないからです」。

その問題とは何か。「料金です」と濱氏は語る。もちろん、タクシーというのは一定時間、運転手と自動車1台を専有するのだから、初乗り料金730円(東京地区)は高いとはいえない。しかし、鉄道やバスという選択肢を持つ消費者から見れば、やはり高いと感じてしまう。若者の場合は、料金がネックになって、なかなかタクシーを利用してもらえないのだ。今回の広告配信の実証実験は、この若者顧客の料金問題を解決し、若者という市場をつかむための方策なのだ。

タクシー料金は、タクシー会社が自由に設定することはできない。運賃を改定するときは国土交通省の審査を経て認可を受けなければならない。国土交通省は乗客の安全確保、インフラとしてのタクシー事業維持の観点も考慮するので、過剰な価格競争を引き起こしそうな運賃申請は認めてもらえない。「若者市場をつかみたいから、若者の料金だけ安くします」などという理由では料金を変えられないのだ。

そこで、この広告配信だ。車内で広告を見ることによって、クーポンが配信される。このクーポンは、スポンサーから提供され原資をもとに「日本交通タクシー配車」アプリ上で配布される仕組みだ。そしてアプリの機能である「ネット決済」を利用するときに限り、このクーポンを使ってタクシー料金を支払うことができる。タクシー料金は認可どおりだが、実際に支払う額は割引されるという、うまい方法だ。

広告配信をしてその配信料で利益をあげるなどという目先の施策ではなく、配信料の多くは乗客に還元してしまい、それを利用してタクシーを利用してほしい。若い人たちにタクシーに乗る習慣をつけてもらい、将来のタクシー需要の底上げをしていきたいというのが、この広告配信の狙いだ。

「ですから、タクシー車内ではくつろぎたい、広告映像なんか見たくないという方にまで見ていただこうとは思っていません。でも、若者はスマートフォンで広告を見ることに積極的です。3人でタクシーに乗って3人で広告映像を見たら、けっこうな額のクーポンがたまります。それでタクシー利用へのハードルが下がるということが一番重要なのです」

現在は実証実験段階なので、配信される広告も一律で、数も多くはない。しかし、徐々に増やしていき、乗客の属性に応じた広告配信ができるところまでもっていきたいという。アプリのネット決済を利用するにはユーザ登録が必要で、そこには年齢、性別などの基本情報を入力しなければならない。また、位置情報の活用も考えていて、乗車場所、時刻などを加味してどのような広告を出すべきかなどの分析手法も確立させていく予定だ。

ドライバーレスカーは、技術としてはすでに実用レベル。法的問題がハードルになっているが、遅かれ早かれ生活の中に入ってくるだろう。そのとき、タクシー業というのは「消えゆく職業」になってしまうのか、それとも「価値ある移動手段」という地位を築くことができているのか。タクシー業界は、最大の危機を迎えている。

そこでは、目先の利益や自社だけの利益を考えたところで、焼け石に水にしかならない。アプリにしても、今回の広告配信にしても、日本交通だけの利益を考えたものではなく、タクシー業全体の価値の底上げを狙っている。“業”全体の価値を高めるには、顧客が感じている問題をひとつひとつ解決していくという基本に立ち戻るしかない。

その基本を遂行するためにITが使われ、それが結果としてイノベーションを起こし始めている。タクシー業界は、最大の危機を最大のチャンスに変えようとしているのだ。

 

 

待ち時間、概算料金など、知りたい情報を注文前に知ることができることから、あっという間に生活の中に定着したアプリ。全国版の「全国タクシー配車」アプリと合わせて、スマートフォン合計で、すでに150万本がダウンロードされている。

 

 

日本交通タクシー配車

【作者】Nikko Data Service Co.,Ltd. Travel Solutions
【価格】無料
【カテゴリ】App Store>旅行

 

 

 

タクシーに乗車すると、「日本交通タクシー配車」アプリ内へ広告映像が配信される。その広告を視聴することで、試聴回数に応じたクーポンがアプリ内に溜まっていく仕組みだ。クーポンは、次回乗車時にネット決済する場合に利用できる(タクシー料金そのものは認可どおりであり、法律違反に当たる「料金の割戻し」は行っていない)。

 

【車内販売】
まだ、アイデアレベルだが、濱氏は“車内販売”も考えているという。タクシーのトランクが開いているので、商品を積み、車内で見た広告の商品がすぐに買えるようにする。これも販売利益をねらうのではなく、乗客に還元し、タクシー料金というハードルを下げるために利用される。

 

【定額制】
タクシー料金は従量制のみではなく、一部定額制も導入されている。空港定額などが好評だ。これは空港からの距離でエリアに分割し、エリアごとの定額料金にするというもの。もちろん、「日本交通タクシー配車」「全国タクシー配車」アプリからも利用できる。