Apple×IBM=日々の改善で今度は「働き方」を変える|MacFan

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Apple×IBM=日々の改善で今度は「働き方」を変える

文●牧野武文

昨年7月のアップルとIBMの企業向けモバイル分野での業務提携のニュースは多くの人を驚かせ、この企業風土の異なる提携はうまくいくのだろうか、とさまざまな憶測を読んだ。今、その成果が徐々に見えつつある。アップルとIBMの提携の狙い、それは「働き方」を変革することだ。

完成度の高いアプリ

2014年7月のアップルとIBMの業務提携のニュース、そして4月末の日本郵政、アップル、IBMの提携による高齢者向け生活サポートサービスの開始など、このところアップルとIBMの動きが活発だ。しかし、アップルとIBMの業務提携が何を狙いとしているのか、今ひとつピンときていない読者も多いのではないだろうか。

短絡的な思考はこうだ。「IBMは法人に強いパイプがある。よってアップルはIBMと手を組むことで、アップル製品の法人販売を拡大していく」。これは間違いではないにしても、それだけだとしたら、IBMはただのアップル製品の納入業者になってしまう。いったい、この業務提携の真の狙いはどこにあるのだろうか。

その答えは、アップルとIBMがiPad&iPhoneのために共同開発したアプリ「モバイルファーストfor iOS(MobileFisrt for iOS)」に見て取れる。さまざまな業種向けに現在22のアプリがリリースされており(将来的には100を超える予定)、IBMは日本のユーザに向けてこれらのアプリの利活用に向けた包括的なソリューションを提供していく。IBMの専用サイトにはこのように説明されている。「モバイル・テクノロジーは明らかに人々の生活の仕方を変革してきました。今度は働き方を一新する番です」。2015年3月に日本語化された7つのアプリを実際に見てみると、その完成度は実に高く、アップルとIBMの意向が示されている。

具体例として、訪問工事担当者向けアプリ「エクスパート・テック(Expert Tech)」を取り上げよう。これは、ケーブルテレビや回線設置業者などの作業員が使うもので、アプリを起動するとその日訪問すべき顧客の場所や工事内容が表示され、必要な機材、部品が積載してある車両を一覧から選ぶと車両予約ができる。訪問したら、アプリが示す工事内容を見ながら工事を進め、終了したら顧客にiPad上でサインをしてもらい、次の現場に向かう。一連の作業内容がカバーされており、工事担当者はアプリを見ながら作業を進めることができる。

こうした仕様には2つの利点がある。1つは作業の各プロセスで、アプリによって指示を確認できるためミスが起きにくいこと(必要があれば、作業マニュアルや手順動画なども閲覧できる)。また、もう1つは、作業の各プロセスで作業記録が自動的に収集できることだ。どの作業にどれだけの時間がかかったか、どの作業でどのマニュアルを読んだかなどか克明に記録されていく。そして、このデータはIBMが得意としているビッグデータ解析により、さらに作業を効率化することに利用できる。

「現場で作業をする人は、原則一人ですべてを判断しなければなりません。そのため、作業員個人の能力がそのまま作業の質となってしまいます。私たちは、モバイルファーストfor iOSを通じて、従来の専用端末では難しかった現場の作業の質の平準化、ならびに現場からのフィードバックによる業務や働き方の改善を実現したいのです。」(日本アイ・ビー・エム・モバイル事業統括部・藤森慶太事業部長)。

 

 

アップルのWEBサイトには、IBMとの協業によって提供されるモバイルファーストfor iOSの特設ページが設けられている(https://www.apple.com/jp/business/mobile-enterprise-apps/)。具体的なアプリも紹介されているので、ひと通り見ておくと、アップルとIBMが業務をどのように変えようとしているのかがわかってくるだろう。

 

 

モバイルファーストfor iOSの導入分野は、「今までパソコンの導入が難しく、ICT化ができていなかった」場所だ。現在公開されているアプリは、現場技術者、警察官、ケースワーカー、在宅医療従事者、現場監督、保険外交員、店員、現場サービス技術者、客室乗務員、パイロットなどを対象としたもの。

 

 

エクスパート・テックは、各家庭などを訪問して、工事、修理を行う現場技術者のためのアプリ。訪問先、作業内容などが逐一表示されるだけでなく、作業プロセスのすべてをアプリが指示してくれる。操作した内容は、履歴データとして蓄積され、さらなる作業効率化のための解析が行われる。

 

現場でのICT活用を促す

もう1つの例は、客室乗務員用アプリ「パッセンジャー・プラス(Passanger+)」だ。現在、航空機内もWi-Fiが使えるようになり、乗客のみならず、客室乗務員の利便性も高まっている。たとえば飛行機の出発時刻が遅れた場合、乗客の中に乗継便に間に合わなくなる人が必ず出てくる。従来は、乗り継ぎ空港に着いてからでないと、便の変更はできなかった。このアプリでは、遅延がはっきりした時点で、乗り継ぎ便の処理が必要な乗客がいるというアラートが出る。その乗客がどの座席に座っているかも表示されるので、席に向かい、アプリから乗継便の変更処理を行える。

「Wi-Fi経由で航空会社の基幹システムとリンクしているので、今まで地上スタッフしかできない処理も客室乗務員が行えるようになります。乗客にとっても、早めに乗継便が決まるので安心できますから、顧客満足度を高めることにつながります」(日本アイ・ビー・エム・マーケティング&コミュニケーションズ・大森裕子部長)。

このようなことができるのも、Wi-Fiのエリアが広がり、アプリが基幹システムと通信ができるからだ。企業にとってなによりも重要なのは基幹システムで、ここに収められている在庫情報、売上情報、顧客情報などにアクセスしながら日々の業務を行う。しかし、従来は有線で接続されたパソコンしか基幹システムにアクセスできなかったため、デスクワーカーにしかICTによる業務変革の恩恵は行き届かなかった。モバイルファーストfor iOSは、このような従来のICTでは難しかった“現場”でのICTの利活用をiPadを中心としたモバイルデバイスによって促進する。現場の作業ではツールを使いこなす能力は本質的なものではない。PCが届かなかった現場で使うからこそ、モバイル×アプリが活きてくるのだ。

 

 

パッセンジャー・プラスは機行機が遅延した場合に、乗り継ぎ便を再予約できるアプリ。客室乗務員が機内で乗継便処理をすることができる。客室乗務員が地上スタッフの作業を行うことで効率化ができるとともに、乗客にとってもありがたいサービスとなる。飛行機の遅延は、本来は顧客満足度を下げてしまう事態だが、それを逆に満足度を上げるサービスに変えることができる。

 

日々の改善こそが重要

このように、現場の働き方を根本的に変革しようというのはアップルの以前からの大きなテーマであり、今回そのパートナーとして選んだのがIBMだった。では、なぜIBMでなければならなかったのか。

その1つの理由は、IBMが基幹システムを熟知している点にあるように思う。業務用モバイルアプリは単独で使っても意味がない。基幹システムと連動することで、最新の情報が反映される、作業履歴が基幹システムに蓄積されるということが重要なポイントだ。モバイルファーストfor iOSを導入する企業がIBMの基幹システムを使っていた場合はもっともスムースだが、他社システムの場合でも、参照テーブルを作ることで問題なく対応できるという。

もう1つの理由は、IBMのコンサルティング能力にありそうだ。モバイルファーストfor iOSの各アプリは実にユーザエクスペリエンスに優れており、単に見た目のデザインが美しいだけではない。「モバイルファーストfor iOSでは22のアプリが公開されていますが、各アプリはあくまでテンプレートのようなものです。実際に導入いただくときは、アプリ開発のためにクライアント企業のヒアリングを行い、そこで業務上の課題を抽出して、その課題を解決する仮説を立てます。それをアプリという形にして使用していただき、仮説を検証し、アプリを改善していくという作業を繰り返します」(藤森氏)。

一般的な業務用アプリはヒアリング後、クライアント企業の業務プロセスをそのままアプリの形に落とし込むだけのケースが多い。しかし、モバイルファーストfor iOSにおけるアプリ開発は、場合によっては業務プロセスを変えることすら提案する。ここが大きな違いだ。「さらに私たちの場合、アプリを納品して終わりではありません。必ず、使用状況のアナリティクスを行います」(藤森氏)。アプリ使用から得られた作業データを分析し、さらに効率的な業務プロセスを提案していくというわけだ。

企業にとって業務プロセスの改善には終わりはない。しかし、一般の“業務に便利なアプリ”を導入した場合、そのアプリを導入した瞬間に、業務の改善は固定化されて進化が止まってしまう。そしてさらに進化させるには、別のアプリを導入するための予算と時間のコストが必要となる。

一方で、モバイルファーストfor iOSは、アプリ開発から事後の分析、改善までが一連のサイクルになっているので、日々アプリと業務プロセスを改善し続けられる。日本の企業が世界に示したように、業務プロセスを改善していくには「日々改善」しかない。「バージョンアップ」ではなく「デイリーアップデート」がもっとも今の時代にも求められているのだ。

 

 

小売業向けのアプリ「オーダー・コミット(Order Commit)。購買担当者は、財務目標や販売に関する重要な指標に、オフィスからでも仕入れの出張先からでもアクセスできる。iPadに搭載されているカメラを使えば、商品を撮影し、特長が類似したものと照合しながら商品構成を具体化できる。

 

 

自然言語を認識し、米国ではクイズ番組に出演して話題となった人工知能「ワトソン」。すでに日本語化も行われ、銀行などのコールセンターへの導入計画が進んでいる。ビッグデータ、ワトソンといった業務アナリティクスの手法が豊富にあることもIBMの強みの1つだ。【URL】https://www.youtube.comwatch ?t=107&v=Wq0XnBYC3nQ

 

【アプリ】
モバイルファーストfor iOSのアプリは、 100を超える業界別のモバイル・アプリケーションをカバーする。既存のアプリをただ販売するということではなく、企業ごとに異なったテイラーメイドのアプリだ。

 

【強み】
モバイルデバイスの実際の導入時に問題になるセキュリティ。セキュリティを確保するには、各デバイスだけではなく、システム全体のセキュリティ設計が必要になる。システム構築が得意であるIBMの強みがここでも発揮される。