エーアンドエーで働く木村さんを訪ねる|MacFan

アラカルト アップルのミカタ

「無いものは創ろう」の精神でCADの新時代を切り拓く

エーアンドエーで働く木村さんを訪ねる

文●栗原亮

なぜ、アップルのミカタをするのか? アップル製品を手厚くサポートするハード&ソフトウェアメーカーの担当さんに、その理由を聞いてみた!

 

木村謙 (きむら・たけし)

エーアンドエー株式会社マーケティング本部研究開発部部長。建築学博士。早稲田大学理工学総合研究センター講師を経て現職。建築情報学・建築計画分野の研究や、コンピュータプログラムを用いた複雑な形状を設計する「アルゴリズミック・デザイン」の研究などを行う。エーアンドエーでは日影計算のためのVectorworks用プラグイン「A&A SHADOW」や熱環境シミュレーション「THERMO Render」、歩行者シミュレーション「SimTread」などの開発に携わる。好きな色はイエロー。

 

Macの登場とともに設立され、2014年に創業30周年を迎えたエーアンドエー(A&A)。漢字Talkの登場より前にMacで日本語入力を可能にした「SweetJAM」を開発するなど、Macの黎明期を知る人にとっては伝説的なソフト会社だ(同社の歩みに関しては創立30周年を記念して出版された『A&Aの花伝書』にまとめられている)。

 

 

 

現在、同社の主力製品は汎用CADソフトの「ベクターワークス(Vectorworks)」だ。CAD時代の幕開けの嚆矢となった「MiniCAD(ミニキャド)」がその前身であり、1988年のマックワールド・エキスポ・ボストン以来、A&Aが日本語版の総販売元を続けている。ベクターワークスは建築・設計はもちろん、工業デザイン、土木・造園、舞台照明設計など幅広い分野でデザイン志向の強いユーザの支持を得ている。今回登場する木村謙さんは、このベクターワークスに日本向けの機能を追加する各種プラグインの研究開発を行っている。

「主に建築用のプラグインを作っています。役所に提出する確認申請のための日影計算のソフトや、PAL(建築物年間熱負荷計算)といって省エネ基準を満たすデータを出せるソフト、サーモレンダーという熱環境シミュレーション、歩行者の動きをシミュレーションするシムトレッドなどのプラグイン開発を行っています」

木村さんがMacに出会ったのは高校生の頃、買いたくても買えなかった登場して間もない初代Macintosh(128K)のカタログは今でも大事にスクラップブックに保存している。建築を志し大学院から研究職へ進んだが、研究室でもMacが多く導入され「MiniCAD」が使われていたという。

 

 

 

「MiniCAD時代からベクターワークスは図面を描くツールではなく、『デザインするためのツール』として直感的な操作が特徴でした。それまでCADは数値を入力して線を引いて…というのが当たり前でしたが、当初からドラッグ操作で図形が描けたのが強く印象に残っています。最初はいちユーザでしたが、SDK(ソフトウェア開発キット)での開発に関わって10年ほど経ったら、いつの間にかこの会社にいました(笑)」

木村さんの専門である建築設計の分野では、CADは元の言葉の意味であるコンピュータ・エイデッド・デザイン(コンピュータ支援設計)という枠を超え、「BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)」というキーワードが近年重要になってきているという。一般的な3D CADモデリングとの一番の違いは何だろうか。

「3Dモデリング自体は昔からありますが、BIMでは壁や柱の中身のデータが含まれています。壁の素材がコンクリートだとかガラスだとかいった情報が含まれているんですね。いわばインテリジェンスを持った3Dモデリングの作り方をするのですが、そうすれば形だけのデザインではなくて断面を切り出すことで2Dの詳細な設計図を取り出せます」

こうしたBIMの機能によって設計が効率化するだけでなく、建物の完成形のイメージがつかみやすくなり、クライアントへのプレゼンテーションやシミュレーションが行いやすくなるという。

「さらにベクターワークスではモバイル対応も進んでいます。iPhoneやiPadを使うことで、さまざまな視点から建物のイメージを事前に見せられるようになるので、施主(建築主)さんの理解も深まります。“ベクターワークスを使って仕事が取れた”というユーザさんの声を聞くのが仕事の一番のモチベーションになっています」

さらにBIMの思想を発展させることで大規模開発の共同作業の姿も変わりつつあるという。例えば、BIMの普及を促進するための建築デザインコンペ「Build Live Japan 2014」では、設計事務所やデベロッパー、学生らが共同で課題敷地である石垣島に観光活性化のための複合施設をごく短期間で設計した沖縄のベクターワークスユーザグループが「審査員特別賞」と「コラボレーション賞」を受賞した。

「BIMは難しいと思われるかもしれませんが、ベクターワークスでドロップボックスなど身近なクラウドサービスを活用すれば高度なコラボレーションが可能だということが示されたのではないでしょうか。“OpenBIM”という考え方もあって、インテリジェンスのあるオブジェクトとデータベースによりデザイン、構造、設備、法規などさまざまな業種がコラボでつながっていく未来像が見えます」

A&Aでは製品発売後も、「全国キャラバン」などで使い方や新しい時代の設計に関する講習会を各地で積極的に開くことで、ユーザとの交流を図ることでも知られる。

「ベクターワークスはアメリカに開発元があるのですが、ローカライズは単なる翻訳に留まらずに日本のユーザが使いやすいように行うことを心がけています。また、、ユーザの声を聞いて独自のプラグインも開発します。“いいものは使おう、無いものは創ろう。”が社是ですので、ユーザさんからの大事な意見を採り入れ、今後もすべてのデザイナーに向けたCADとして新たな時代を切り拓いていきたいと考えています」

 

デザイナーのためのCADソフト

 

「Vectorworks2015」(2015年春発売)は専門分野別に複数の製品に分かれる。すべての機能を搭載した「Designer」、建築設計に特化した「Architect」、土木造園向きの「Land mark」、舞台照明向けの「Spotlight」などがあり、A&Aではローカライズのほか国内の各種法規や顧客ニーズに合わせたプラグインの開発を行う。CADソフトというと建築向けのイメージが強いが、同製品は2Dと3D設計ができる汎用性の高いデザインツールでハイクオリティの作品を生み出せる。

 

モバイルへの対応も進化

Vectorworks2015ではコードの64ビット化を果たし、Mac版はココア(Cocoa)ソフトとして再構築された。Open GLレンダリングで描画の表現がリアルになったほか、プレゼン用にiPhoneから操作できる「リモート」、iPadなどから作業できる「ノマド」などのモバイル対応も進められている。

 

 

ユーザとの接点を大事に

A&A30周年を記念して行われたタイルアート作品が本社エントランスに展示されている。タイルは古くからのベクターワークスのユーザが投稿したデータを元に作られたもので、建築物や工業デザインをはじめ多種多様な作品が集まった。ここにもユーザとの交流を重視する同社ならではの姿勢が現れている。

 

木村さんの鞄の中!

 

❶普段持ち歩いているのは11インチのMacBookエアと指紋認証付きのポータブルHDD「LaCie rugged Safe」1TBモデル。ベクターワークスなどでの正確なポインティングにはマウスが便利なので一緒に持ち歩いている。「メールや開発業務にも使っていますが、ベクターワークスの動作デモをこのMacBookエアで行うこともあります。3D表示でなければ結構早いですよ」。

 

❷モバイルバッテリとワイヤレスルータ、後輩に勧められたソニーのイヤフォンのほか、キックスターターで購入した防水ソーラー充電器「Waka Waka Power」も持ち歩く。これは中央の電源ボタンでLEDライトにもなる優れものだ。

 

❸手帳はアナログ派。レゴが好きな木村さんはレゴブロックとコラボした限定版のモレスキンノートを使っている。ブロックの色はもちろんイエロー。「最近出番は減ってしまいましたが、やはり文房具の質感が好きで買ってしまいますね」。

 

❹デモンストレーション用としてiPhone 4SとiPadも持ち歩く。「iPadは電車の中でマニュアルの赤字を入れたりするのに便利ですね。最近のアップルさんはMacよりiOSに力を入れているので、ちょっとだけ寂しいです」。

 

【取材後記】
A&Aの創業30周年記念誌『A&Aの花伝書』(新潮社/1296円)は、社史に留まらず、黎明期のアップル製品導入に関する貴重な証言が多く盛り込まれている。アップルファンであれば一読をおすすめしたい。

 

【取材後記】
「SweetJam」の名前はA&A本社1階に併設されたカフェに引き継がれている。名称を募集した際に社員の圧倒的な支持で決まったという。自社製品に愛着を持ち、ユーザとの近しい距離を保ちたいという同社ならではの心温まるエピソードだ。