新人社員教育は「モバイルラーニング」でどう変わるのか|MacFan

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新人社員教育は「モバイルラーニング」でどう変わるのか

文●栗原亮

「スマホで勉強する時代が当たり前になる」。そうビジョンを掲げるキャスタリア株式会社が、モバイルラーニングツール「goocus 3」を発表した。企業内人材教育における課題を、どう解決してくれるのだろうか。

企業内人材教育の二極化

学習は学校の中だけで終わるものではない。例えば職場などでも継続して学ぶことでスキルアップを図り成長していかなければ、職業人として、それ以前に人として充実した生き方とはいえないのではないだろうか。

だが、現状の多くの企業内における人材教育や研修制度、特にeラーニングに対する捉え方には根本的な問題があると指摘するのは、長年企業研修や人材育成のコンサルティング業務に関わってきたキャスタリア株式会社の前川英之氏だ。

前川氏によれば、企業内の人材教育は現在、2つの意味で「二極化」が進んでいるという。1つは企業として人材教育に熱心かどうかという意味での二極化。そしてもう1つが社員のうち誰に育成コストを投資するのかという二極化である。前者の問題は以前から存在する比較的ありふれた現象ではあるが、最近は特にeラーニングを教育コスト削減の手段として捉える傾向が強まっているという。

「いわゆる既存のeラーニングのビジネスモデルはシンプルです。昔から売れるコンテンツ御三家というのがありまして、それは個人情報保護、コンプライアンス、セキュリティ。たいていの会社では全社員必須受講研修となっていて、全員が研修を受けたという履歴を取ることが目的になっています。つまり、アリバイ作りのための教育、eラーニングは安く早く全員に行うための手段になっています。これでは社員側もeラーニングは“嫌なもの”“押しつけ”“現場で役に立たない”というネガティブなイメージになってしまいます」

また、この1年はアベノミクスなどによって景気が回復しかけたことで集合型研修を実施するケースが増えてきているといっても、前述のような新人研修と、選抜された幹部候補のみがターゲットになる場合も見られるという。この場合、それ以外の多くの一般社員はスキルを伸ばす機会が損なわれる。社員側のスキルアップに対する意識の低さも問題だが、年功序列や終身雇用といった日本型雇用慣行の崩壊が進めば、多くの社員の将来は厳しいものとなるだろう。

「新人とエリートの真ん中の層に対する人材教育がすっぽりと抜けていることが問題です。厳しいことをいえば、今個人でスキルを伸ばす行動に出ないと、40~50代になってから生き残ることは今後難しくなっていくでしょう」

 

 

シンプルなカード型UIが特徴の自律学習ツール「グーカス(goocus)3」は組織内での学習に特化し、2015年の2月には一部の法人顧客にサービス提供開始、4月にはWEBサービスとして一般提供を開始する予定だ。【URL】http://gooc.us/

 

【学びとは】
「グーカスは、“すべての企業に学びを、すべての人に学びを”をキャッチフレーズにした究極の自律学習ツールです。学びとはネットワークを最適化することと捉えています」(キャスタリア株式会社代表取締役社長・山脇智志氏)。

 

モバイルで自律的な学びを創出

そうした企業内人材教育が抱える二極化という課題を解消するための1つのアプローチとしてキャスタリアが提案しているのが、組織内でも自律的な学習を可能とするモバイルラーニングツール「グーカス(goocus)3」である。

2014年10月8日に発表されたこのグーカス3は、数名の会社から数万人規模の世界的な企業グループを対象に、企業内人材教育用に開発されている。2015年2月には一部の法人顧客向けにサービス提供が開始される予定だ。

前川氏は、このグーカス3の前バージョンにあたる「グーカスプロ(以下、グーカス)」を新人研修に試験的に導入した事例報告を同日の発表イベントで「新入社員研修×モバイルラーニング」と題して公開した。研修が実施されたのは、都内の情報・通信系企業。2014年度の新入社員45名を対象に、5日間かけて「WEB制作基礎」と「書籍編集基礎」のコースが行われた。それぞれのコースで別々の研修会社が教育コンテンツを提供し、グーカスのシステムを利用して受講者に配信、個人用のスマートフォンが端末として利用された。

個人用のスマートフォンが使われた理由としては、受講者がまだ配属前の段階であったため業務用のコンピュータが未配布だったことなどが挙げられる。そのうえ、受講生のスマートフォン保有率が100%だったことから、BYODの形で研修に使用することとなった。

研修は、セミナーなどの集合研修とグーカスを利用したモバイルラーニングの両方で進められ、研修初日の集合オリエンテーションのあとに2日目の集合研修の予習をグーカスで行い、2日目に実施した研修の復習と3日目の予習を再びグーカスで行うという流れを繰り返す形になっている。この研修スタイルだけを聞けば、いわゆる「反転授業」をイメージするに違いない。

モバイルラーニングのコンテンツのボリュームは十数ページから始まり、予習復習をそれぞれ40ページ程度こなす日もあるため、最終的にはテストと解説を合わせて255ページという内容が提供された。グーカスではカード式でコンテンツが表示されるため、画面遷移の数と考えてもよいだろう。うち、255ページすべてを学習した社員は87%、200ページ以上だと98%の社員が学習を達成したという。コンテンツは1日30分程度の学習時間を想定して作成されたが、実際にはトータルの平均学習時間は1時間21分で1日16・2分程度となり、「これは想定の半分程度だったが、中にはトータル3時間学習した人もいた(前川氏)」とのことである。

学習が行われたタイミングの統計を取ると、出勤中、研修終了後の帰宅中、就寝前がピークとなっており、移動時間などのスキマ時間を有効に活用していることがわかる。これを時間外労働と見做すかどうかは企業次第だが、まずは自発的に学習を行えるという環境を提供することのほうが重要だろう。

 

 

学習教材はCMSで「学習カード」という単位で作成できる。感覚的にはブログやSNSで投稿するイメージでテキストや音声、ビデオなどを組み合わせて作成する。ここに小テストやアンケートも組み合わせられる。

 

反転授業だけでは効果がない

では、受講生側はこのような研修についてどう感じるのだろうか。その気持ちを知るために、1年先輩の社員を対象にトライアルを実施したところ、さまざまな課題が明らかになった。

まず、事前に学習する講義の内容が難しくなりがちなこと、5日間みっちり研修が続いている中で動画コンテンツを視聴するのは受講者のキャパシティを越えること、より講義への興味を喚起するきっかけが重要なことなどが先輩社員より指摘された。また、移動中にスマートフォンで学習するには動画よりもテキストが向いているといったこともこの調査で明らかになった。そのため、本番の新人研修ではテキストと画像、写真など“読ませる”話題で講義内容についての興味を喚起し、集合研修での講義の内容につなげる点を工夫したのだ。

また、コンテンツの設計もクイズ形式のテスト問題を出題し、わかっている人は解説を読み飛ばせるが、不正解者は解説をじっくり読めるようにした。そのほか、わかったつもりの人を引っ掛けるような難易度の問題も設定したという。

授業設計も一方的な講義スタイルではなく、5人組のチームを設定しグーカスでお互いの学習進捗状況がプッシュ通知されたり、ランキング表示することで競争心を刺激する仕組みが採用された。また、タイムライン表示やカードに対するコメントなどコミュニケーションやバッジ機能による達成度の視覚化などゲームフィケーションの要素を多く盛り込んだ。さらに研修冒頭の15分間は予習内容をチームで話し合うことで疑問点を事前に解消し、研修中や研修後も互いに教え合って協力できるようになっていった。このように、研修全体の設計、コンテンツの設計、授業内容の設計をそれぞれ工夫することで、モバイルラーニングを研修に取り入れることに対する満足度評価は100%を実現したそうだ。

件のモバイルラーニングによる新入社員研修を実施して前川氏が考えたのは「書籍編集スキルが再び脚光を浴びるのではないか?」ということだ。というのも、先述のとおりスマホネイティブ世代にとっては、動画コンテンツを観て学ぶよりも、テキストを「読んで学ぶ」というスタイルがすでに定着していたためである。もちろん、そのためには教材コンテンツに興味を引き起こすようにオーサライズする編集能力が必要ではある。新入社員と先輩社員が互いに興味関心を持てる教育コンテンツの作成には現場の力が欠かせないという。

「子どもの学習と違い、大人の学習(アダルトラーニング)は学んだ内容が今日の仕事に役立つこと、効果が目に見えることこそが重要です。コンテンツの内製化の流れはすでに存在しているので、教材内容を人事の人間だけが用意するというのは時代遅れです。日々刻々変化する現場での経験値を集約して蓄積し、手軽に共有できるeラーニングツールはこれまでありませんでした。業務を行うのに最低限必要となる知識のインプットはiPhoneとグーカスがあれば実現できます。そのアウトプットの練習は集合研修で、現場での実践はOJT(オン・ザ・ジョブトレーニング)で組み立てていくのがよいのではないでしょうか」

 

 

グーカス3のマイページ画面。グーカス3は教材コンテンツや研修ノウハウを持つベンダーおよび、企業内の人事システムとも連携して学習コンテンツの管理と配信ができるプラットフォームだ。

 

 

グーカス3のバッチ取得画面。ほかにもランキング、タイムライン、コメントといった仕組みで一定のプレッシャーを与えつつ、バッジによる達成度の見える化などで学習意欲の向上を図れる。

 

 

ツールを導入しただけでは効果は薄く、研修全体の構造も目的に合わせて検討する必要がある。今回の新入社員研修では講義の内容を聞きたいと思わせるようなコンテンツを事前に配信する形を採った。

 

 

キャスタリア株式会社取締役・前川英之氏。教育系サービス企業を経てIBMビジネスコンサルティングサービス入社、経営統合により日本アイ・ビー・エムに転籍。人事・人材育成領域のコンサルティングプロジェクトに多数従事。2013年より現職。

 

【LMS】
eラーニングの実施に必要な学習管理システム「LMS(Learning Management System)」のマーケットは、2018年までの間に7.83億ドル(約840億円)になるのだという。絶対的な存在がいないことから、まだ大きな伸びしろがあると山脇氏は強調した。