iPad小学校で進む授業・教員・地域のリデザイン|MacFan

教育・医療・Biz iOS導入事例

 

iPad小学校で進む授業・教員・地域のリデザイン

文●山脇智志

「おはようございます」といって、登校するやいなや自分のiPadを取りに行く児童たち。多摩市立愛和小学校では1人1台のiPadを配付し、iPadの日常化による新しい教育スタイルの創造に取り組んでいる。それを推し進めるのは、公教育から学校の在り方を再定義しようとする1人の校長先生だ。

 

多摩市立愛和小学校校長・松田孝氏。東京学芸大学教育学部卒、上越教育大学大学院修士課程修了、東京都公立小学校教諭、指導主事、主任指導主事(指導室長)を経て、多摩市立東愛宕小学校(現、愛和小学校)に就任。iPadをはじめとするICT教育により、授業、教員そして地域のリデザインを促し、新たな教育の地平を拓いている。「ICT機器の現場への導入は多大な費用を必要します。企業などとのコラボレーションによって教育を学校現場から変えることができるのではないか。校長がアントレプレナーシップを発揮することで、教育は学校現場から変えられると信じています」。

 

東京都多摩市にある愛和小学校は、全国でも極めて珍しい1人1台のiPadを手に児童が学んでいる公立の小学校だ。それを先導したのは、同校で校長を務める松田孝氏。「現在、公立小学校はさまざまな教育課題を抱え、知らず知らずのうちに公立小学校の教育実践とはこのようなものであるというフレームを自らがはめてしまっている」と語るように公教育の在り方に強い問題意識を持つ松田校長は、iPad導入のみならず、「校庭菜園づくり」(Edible School Yard)や「冒険教育プログラム」(Project Adventure)を取り入れ、革新的な教育スタイルを創造し、現在に相応しい公立小学校を新しいカタチを目指す。その思いの丈を熱く、真摯に語ってくれた松田校長の言葉を1文字でも多く届けるべく、彼の言葉をそのまま伝えたい。

 

 

東京都多摩市にある愛和小学校(http://schit.net/tama/esaiwa/)。多摩ニュータウン開発の初期(1972年)に開校した東愛宕小学校から名称を改め、2014年4月より近隣小学校との統合計画のもと愛和小学校として再スタートを切った。

 

入口はアップルTV

「iPadを学校現場に取り入れようと思ったきっかけは、前職時代にあります。私は、2010年に東京都狛江市・教育委員会の指導室長に就任しました。市内の教員の人事・指導行政を担当する責任者です。その頃ちょうど教育のIT化の潮流が生まれ、それを推進する立場になりました。このときの経験が現在につながる大きな要因になっていると思います。

また、その前のことですが、2009年に『スクール・ニューディール』と呼ばれる教育政策が全国で行われました。そのとき私は調布市の小学校で校長をしていましたが、ある日、学校に大型テレビが届けられたのです。でも、これをどう使っていいのか全然わからない(笑)。結局、そのまま置きっ放しにして翌年に狛江市教育委員会に異動になったのですが、国や教育委員会の行う施策が現場と乖離していることに気づかされました。

そして2012年夏、市内の教員20名ほどを集めてラーニングツアーというICT教育に関わるセミナーを開催したとき、アップルTVと出会ったのです。『えーっ、何これ?』と衝撃を受けたのを今でもはっきりと覚えています。エアプレイ(AirPlay)というテクノロジーによるミラーリングに、これで大型テレビを授業に使えると感じたのです。狛江市内の1つの小学校が教委の研究奨励校だったので、さっそくiPadとアップルTVを導入して研究を始めたのです。

アプリでしかできない学習を

愛和小学校(旧・東愛宕小学校)へ校長として赴任したのは2013年4月のことです。同校は1970年代に始まった多摩ニュータウン開発の初期に開校した学校で、児童数千人を超すマンモス校でしたが、就任時は1~6学年合わせて全89名しかいませんでした。時代とともに街や地域環境が変化するのに伴い、本校にもある種の『停滞感』が漂っていました。現在、公立小学校はさまざまな教育課題を抱えており、そうした課題に対峙しながらも、各学校は児童の安全確保を第一に、彼らの健やかな成長を願って教育目標の達成に努めています。児童虐待などの福祉的な課題や、特別支援教育では発達障害の理解を基に教育活動を推進し丁寧な対応を行うなど、教職員は一生懸命に取り組んでいます。しかし、こうした教育課題や児童・地域の実態、学校行事や伝統などのレイヤーが幾重にも重なり、いつの間にか公立小学校における教育実践は時代進歩と大きく乖離するものとなってしまいました。その無自覚さこそが、本来21世紀を切り拓くのに児童に必要な資質・能力の育成を目指すベクトルをねじ曲げてしまっているように思えてなりません。私は、このような現場の実態と実情を十分に自覚して相当の危機感と確かな時代認識をもって、そこに風穴を空けるべく、さまざまなプロジェクトを開始しました。その1つがiPadの導入だったのです。iPadは就任2カ月後の6月から教員用に20台、そして2013年10月からすべての児童に配付しました。

iPad導入後、最初に取り組んだのは学習における『基礎基本』の徹底です。それらを行うための優れたアプリは多くありますから、iPadなら学力のボトムアップに対してうまくいくはずだと。児童によっては集中できない授業よりも、ゲーミフィケーションを活かしたアプリで学んだほうがよい場合があります。

例えば、4年生の社会に都道府県名や県庁所在地を学ぶ『日本の国土』という授業があります。従来は日本の国土や県の形をフラッシュカードにして児童全員に答えさせていましたが、これですと本当に一人一人が理解しているかわかりません。むしろ県庁所在地名のクイズアプリを使うほうが一人一人にとって効果があると思います。児童はどんどん自分で学んでいきますし、レベル合わせて何度も繰り返し学ぶことができます。

また、児童にとって『見ること』はとても重要です。発達障害などを抱え、なかなか学習に集中できない児童がいます。彼らは視覚優位で物事を把握しますから、言葉で伝えただけでは十分ではありません。例えば『教科書の何ページを開いて』といっても、集中していなければ学習についていけなくなります。ですから、そのページを大型モニタに映し出しておくことが必要なのです。視覚優位にした授業にすれば、特別支援に対する教育も変わってくるのではないかという期待がありました。

iPad導入の想定外の効果

iPadを導入してから間もなく1年を迎えますが、iPadの日常化による教育のリデザインに確信を持っています。導入当初は、現場で旧来からの教育方法への固執などから反対の声が上がったり、保護者や地域住民からも疑問の声があがったりするなどさまざまな問題に直面しましたが、今では概ね理解いただけていると思います。基礎基本の学習に加えて、『ロイロノート』というアプリを使う授業ではなるべくプレゼンを行うようにしているのですが、最近は児童が発表することが楽しいと言います。また、学校は意外とスキマ時間があるので授業の合間や放課後の勉強に使ったり、学内SNSの『エドニティ』を使って意見交流したり、一人に1台iPadを与えているからこそ、思い思いに自分のツールとして自発的に使ってくれています。

アプリの選定は私や教員が行っていますが、最近では児童も教員も一緒に創意工夫しながら使っていますね。それらを通しながら新しい教育をデザインするんだという自覚も教員側に出てきた気がします。これまで教育課程に対してユーザ意識の高かった教員が、自らそのデザイナーとなるという意識の変革が始まってきたように思います。本校の教育実践の評価はまだこれからですが、授業自体が確実にテンポと効率がよくなったのは間違いありません。教員も気づきはじめて、それが児童にも伝わり、この愛和小学校の授業は確実によい方向へと変わっています。

私がなぜこれらの新たな教育にこだわるのか。それは「iPadの導入は単なるツールの導入ではなく、戦後の教育実践・授業実践の考え方を大きくゆさぶるツールの導入」だからです。

昨年の10月から1年近く授業場面や教育活動のあらゆる場面でiPadの積極的活用を図ってきましたが、その過程でとりわけ①授業、②教師そして③地域の3つの在り方が従来の教育活動における内実とはまったく異なるものとなり、そのことの変化がこれまでの教育スタイルを大きく変える可能性を秘めていることに気づきました。

iPadにインストールした多彩なアプリの活用やWi−Fi利用による大型ディスプレイを介したインタラクティブ性が従来の授業構成・展開を大きく変え、それが必然性をもって教師の役割を児童の主体的な学びを促すファシリテーターへと変化させます。さらには新しい授業展開(反転授業等)が主体的な地域の学習支援体制の構築を促すことになります。

現在愛和小学校では、これ等変化の方向性を見極め、その充実のためのリデザインを行うことで新しい教育スタイルを構築しようと実践研究を進めているところです。

あえていうならiPadの導入は既存の授業・教育活動に対するパラダイムシフトを起こしているのだと思います。我々の挑戦が全国の公教育、そして我々自身をさらに飛躍的に変えてくれる機会になってほしいですね。」

 

 

児童は登校すると、自分のiPadを保管室へ取りに行く。iPadは授業開始前や休み時間に利用されるほか、ほぼ毎回の授業に用いられれる。授業で使用するアプリは、アップル純正のiMovieや授業支援アプリの「ロイロノート」や学校向けSNSの「エドニティ」、レゴエデュケーションの「ストーリースターター(Story Starter)」、手書きノートアプリ「ノートエニータイム(Note Anytime)」など実にさまざま。すべての普通教室に大型テレビが配備され、多摩市のICT教育推進校に指定されたことから昨年11月には校内のWi-Fi環境も整備されている。

 

【AppleTV】
愛和小学校では校舎という環境もリデザインされている。さまざまな改築がなされており、例えば教員のいる職員室はフリーアドレスへと変貌を遂げた。また、家庭科準備室は、地域住民が気軽に立ち寄れるカフェとして生まれ変わる予定である。

 

【3Dプリント】
2014年6月には3Dプリンタを使った図工の授業も愛和小学校で行われた。3Dプリンタの仕組みを説明したあと、児童たちは専用アプリで思い思いに「デジタルハンコ」をデザイン。後日3D出力されて、児童たちの手に渡った。

 

文●山脇智志

ニューヨークでの留学、就職、起業を経てスマートフォンを用いたモバイルラーニングサービスを提供するキャスタリア株式会社を設立。 現在、代表取締役社長。近著に『ソーシャルラーニング入門』(日経BP社)。【URL】http://www.castalia.co.jp/