教育・医療・Biz iOS導入事例

「本当に美味しい魚」はiPadで目利きする時代

文●牧野武文

八面六臂は、iPadを活用した鮮魚流通システムを構築することで、
老朽化した鮮魚業界を再編し、本当に美味しい魚を飲食店に届けようとしている。
急成長するビジネスの裏には、モノと情報の流通があった。

iPadの導入は、IT化がしやすい分野よりも、一見IT化が難しく思える分野のほうが際立った効果が上げられる。その好例ともいえるのが、「鮮魚流通」の分野においてiPadを導入した八面六臂株式会社だ。

同社は、最先端のIT技術と流通技術を武器に鮮魚流通の新たなプラットフォームを創造する企業だ。東京・築地市場、または全国の産地から鮮魚を仕入れ、自社の物流センターを通じて飲食店へと届けている。

従来の鮮魚流通の業界では、飲食店からの注文は電話やファクスで受けるのが当たり前だった。しかし、八面六臂は飲食店に無償でiPadを配布し、専用アプリから鮮魚を注文してもらえるシステムを構築した。このように書くと電話やファクスという注文手段を単にiPadに置き換えただけと思われがちだが、その背景には老朽化した鮮魚業界を再編し、市場における需要と供給を効率よくマッチングさせ、「本当に美味しい魚」を飲食店に届けるというミッションがある。

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八面六臂・代表取締役・松田雅也氏。松田氏は元銀行マン。そこからベンチャーキャピタル、IT、電力、MVNOなどの事業を手がけてきた。その経験から、鮮魚流通事業を始めるにあたって、鍵になるのは「情報流通」だと見通していた。

 

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八面六臂・執行役員 兼 最高技術責任者・齋藤健一氏。八面六臂の発注システムの開発責任者。B toCアプリのユーザエクスペリエンス(UX)は重要視されるが、BtoBアプリのUXは軽視されがち。そこを変えていきたいという。

 

日本の水産文化が衰退する!?

鮮魚は、超ロングテール商品だ。東京・築地市場は600種類以上の鮮魚を扱い、さらに産地、漁法、大きさ、季節などによって同じ魚でも別物になるので、商品種類数は軽く1000を超えるだろう。このようなロングテール商品を効率的に扱うには、通販のアマゾンのようにITの力を駆使することが必須になってくる。

一方で、鮮魚流通には長い歴史があり、流通の構造が出来上がっている。それ自体は悪いことではないが、情報技術や物流網が進歩した今、時代にそぐわない面がある。従来の流通は、漁師→産地市場→築地市場(都市の中央市場)→納品業者→飲食店という線的な流れだった。八面六臂よると、漁師が得る売上は約1兆円、一方で流通の最終段階である納品業者が飲食店から得る売上は約3兆円。従来の流通システムでは流通過程に専門業者が存在するため、約2兆円が無駄なコストとして流通の途中で消えてしまっていたことになる。

最適な物流網で商品を届けることはできないか。八面六臂は旧態依然とした流通経路を変え、漁師、産地市場、中央市場のすべてから鮮魚を買いつけ、飲食店に納入している。

といっても、いわゆる“流通の中抜き”を狙っているわけではない。流通を「売り手都合」から「買い手都合」に変えることが真の狙いだ。従来の流通の下では、「質の高い鮮魚を仕入れたいが価格が合わない」「ある程度の数を注文しないとならない」「納品業者からの情報提供が少なく、豊漁、不漁による価格変動が見えない」などさまざまな問題があったからだ。このままでは日本の水産文化は衰退の一途を辿り、ひいては私たちが本当に美味しい魚を飲食店で食べられないことにつながる。

「さらに、鮮魚はボラティリティ(価値変動)の幅が大きな商品なんです。ある飲食店からみればまったく価値のない鮮魚であっても、別の飲食店からみればとても価値があるということがよくあるのです」(代表取締役・松田雅也氏)

つまり、鮮魚流通というのはロングテールであるために、ITによる効率化が一見難しく見える。しかし、ひとたびIT化でき、売り手側と買い手側の効率的なマッチングができれば高い収益を期待できる。「起業したときに鮮魚流通に狙いを定めた理由がまさにそこです。しかも、ライバルが少ない。業界トップに立つことができるとも思いました」。現在は関東エリアを中心にサービスを展開しているが、将来的には日本の水産文化を、日本全国、そしてアジアを中心としたグローバルへ展開していきたいと語る。

 

【顧客】
八面六臂の顧客は、現在は7~8割が和食中心の飲食店。しかし、最近ではイタリアン、フレンチでも鮮魚の質を重視する飲食店が増えていて、同社サービスを利用する顧客が増えているという。

 

 

料理人に魚を提案

しかし、八面六臂のシステムは、すべてがデジタル化されているわけではない。「70%デジタル、30%アナログ」というように、iPadの裏側では一定の人手をかけている。それは顧客である飲食店の細かい要望に応えていくためだ。

八面六臂の発注アプリを起動すると、画面に購入可能な商品の一覧が表示される。従来のファクスとは違い、全国各地の最新の鮮魚や変動する価格などの豊富な情報を閲覧できる。そして必要な商品が見つかったら、それをタップして、数量を入力すれば注文完了だ。また、それとは別に手書きで注文票を書くこともできる。指を使って、「アジ。いつもの。大きめ3本」などと書いて注文可能なのだ。 しかし、この「いつもの」「大きめ」という言葉はどう解釈すればいいのだろうか。

「一般の人から見れば、鮮魚という商品は規格化が難しいと思うかもしれません。しかし、過去の発注内容を見たり、飲食店側の要望をしっかりと理解すればお客さまの求めている商品を的確にお届けすることができます。それこそ、わからないことはすぐにお客様に電話して尋ねればいいのですから」

八面六臂のビジネスの核は、鮮魚という「情報」の流通にある。顧客の飲食店の料理人たちは、料理のプロではあるが、鮮魚のプロではない。そのため、意外にも普段使っている鮮魚以外の魚のことを知らないという。料理人にとって重要なのは、固定客=リピーターを作ることであり、そのためには「いつもの味」を作ることで、どうしても仕入れる魚の種類に関しては保守的になりがちだ。また、日々の業務に忙しく、なかなか他の魚種を仕入れて、新しい料理を開発する時間も取れない。八面六臂は、そこに、あまり知られてはいないが味のいい魚、旬の魚などを提案する情報を、発注アプリを通じて提供しているのだ。

 

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アプリの注文画面。この画面はダミー画面だが、リアルな注文画面では、備考欄に「網」「活き〆」など暗号のような文字が並ぶ。料理人たちはそこから鮮魚の品質を読み取れるという。

 

鮮魚の流通の先にあるもの

八面六臂の取引店舗数は現在800店舗を超え、今年末には1000店舗、2年後には1万店舗を目標にしている。今後は、商品情報以外に、レシピや売れ筋情報などを提供したり、顧客の問題点を解決していくことでビジネスを拡大していく見込みだ。

「当初は鮮魚流通のアマゾンになりたいと考えていました。次のステップは、料理人のクックパッド。そして最終的には、料理人のエムスリーになりたいと思っています」

現在、顧客が抱える問題の1つに資金繰りがあるという。メニューを大幅に変えたい、店舗をリニューアルしたい、支店を出したいといった場合、八面六臂の顧客に多い独立系店舗では資金繰りが大きな壁となって実現するのが難しいことがある。そこで、八面六臂はこうした問題を解決する金融ソリューションを計画している。また、業界で問題視される人材不足に関しても事業を起ち上げる予定だ。さらに鮮魚だけでなく、他の食材、米、酒、肉、野菜、果物なども取り扱うことで「食材発注のプラットフォーム」も視野に入れる。

このように、鮮魚流通の変革の先に待っているのは「顧客のソーシャル化」だ。近い将来、そこから膨大な情報が生まれ、それに応えていくことで、垂直にも水平方向にもビジネスの幅が広がっていく。モノだけでなく、旧来の流通業が軽視してきた「情報」をiPadを通じて流通させているところに八面六臂の成功の秘訣がありそうだ。

 

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豊富な鮮魚の情報が閲覧でき、飲食店側は新しい魚を知ることができる。注文の方法は、必要な商品をタップして、数量を入力するだけだ。

 

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もっともよく使われているのが、実はこの「手書き注文」。iPadに紙のメモ感覚で、注文内容を書いてしまう。忙しい料理人にとってはこちらのほうがありがたく、また「いつもの」「脂多めのもの」など、細かい注文ニュアンスも伝えることができる。ここから得られる情報の濃さが八面六臂のビジネスの鍵になっている。

 

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八面六臂の仕入れ調達部門。まるで銀行のディーリングルームのような雰囲気で、全国の漁師、産地市場、中央市場をウォッチし、顧客の細かいニーズにマッチした鮮魚を調達している。

 

【単価】
八面六臂の顧客の中心は、客単価4000円から6000円の飲食店。高級店のように独自の仕入部を持つわけにもいかず、格安チェーン店のように食材が供給されるわけでもない。しかも、価格、味の両方で厳しい競争にさらされている飲食店が中心だ。

 

 

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