【第2回】動物語 | マイナビブックス

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新訳・ドリトル先生物語

【第2回】動物語

2014.12.02 | ヒュー・ロフティング

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第2章 動物語

 

その日、先生は台所で、おなかが痛くなってやってきたペット・ショップ『ネコマンマ』の主人と話をしていました。
ネコマンマの主人がいいます。
「ねえ、先生。もう人間の医者はやめて、動物の医者になったらどうだい?」
そのとき、オウムのポリネシアは窓にとまって、外の雨を見ながら船乗りの歌をさえずっていました。
しかし、ネコマンマの主人のことばを聞くと、歌をやめて聞き耳を立てました。
「いいかい、先生。先生は、動物のことだったら何でもわかる。そこいらの獣医より、よっぽど何でも知っている。先生の書いたネコの本、あれは本当にすばらしい!」
「それほどでも……」
先生はけんそんしましたが、主人はきいていません。
「いや、オレは読み書きはダメなんだけどね。というか、それができたら、オレも本の一冊くらいは書いてるはずなんだけどね。しかし、女房のテオドシア。あいつは学があるからね。あいつに先生の本を読んでもらったんだ。いやあ、あれはすばらしい。すばらしいとしかいいようがない。」
「いやいや……」

「先生は、ほんとはネコなんじゃないか? 考えてることが、まんまネコだよ。よく聞きなよ。動物の医者ってのはもうかるんだ。知ってたかい、先生? ほら、ばあさん連中がイヌやネコを飼ってるだろ。あのイヌネコが病気になったら、全部、オレがここへ連れてくるようにいってやるよ。なあに、なかなか病気にならないようだったら、売り物のネコのエサに毒かなんか仕込んで……」
「こらこら、いかん!」
先生はあわてました。
「そんなことしちゃいかん! 悪いことはいかん!」
「もちろん、かるーいヤツでさあ。ちょっとグッタリするくらいのね。……でもたしかに、イヌやネコは割にあわねえな。それに考えたら、そんなことしなくても、あいつら病気になるか! だってね、先生。あのばあさん連中ときたら、イヌネコにエサをやりすぎるんだ。それ以外にも、ほら、この辺の百姓どももみんな、ウマやヒツジが弱ったら、医者にみせるじゃないすか。だから、どうです。動物のお医者になったら?」

ネコマンマの主人が帰ると、オウムのポリネシアは窓からテーブルに飛んできました。
「あの男、なかなかいい線いってるじゃないですか! 先生、そうしましょう! 動物のお医者さんになってください。もう、バカな人間を相手にするのはやめましょう。あいつら、世界一の名医を見分ける脳みそもないんだから……。先生、動物をみてください。動物なら、すぐにわかってくれます。お願いします!」
「うーん、動物の医者はいっぱいいるからなあ」
ドリトル先生は、鉢植えの花を雨に当てるため、窓の外に出しました。
「たしかに、いっぱいいます。でも、ロクなのがいません。いいですか先生。今から大事なことをいいますよ。先生は、動物がことばを話すことを知っていますか?」
「オウムはしゃべるよね。それは知っている」
「あのですね。私たちオウムは、二つのことばを話すことができるんです。人間のことばと鳥のことばと」
ポリネシアは誇らしそうです。
「もし私が、『ポリネシアはクラッカーを食べたい』と言ったら、先生はわかりますよね。でも、これはどうです? 『カカ、オイ、イー。フィーフィー?』」

「なんだそりゃ! どういう意味だ?」
「これは鳥の言葉で、『おかゆはもう、あったまったか?』という意味です」
「へえ! お前さん、今まで、そんな風にしゃべったことなんかなかったじゃないか!」
「どうでしょうねえ」
ポリネシアは、左の羽根からクラッカーのかけらを払いのけながらいいました。
「いっても、先生にはわかんなかったでしょうからねえ」
「もっと聞かせてくれ」
先生はとても興奮して、走ってドレッサーまで行って、引き出しから紙と鉛筆を出してきました。
「いいかい、ゆっくりやってくれよ。書くからね。こいつはおもしろい。実におもしろい! まったく聞いたことがない話だ。まずは、鳥の『あいうえお』からだ。ゆっくりやってくれ」
こんな風にして、ドリトル先生は、動物には言葉があって、おたがいに話をしているということを知ったのです。

その雨の日の午後いっぱいかけて、ポリネシアは台所のテーブルに座って鳥語を教え、先生はそれを書きとめました。
お茶の時間にイヌのジップが入ってきました。
ポリネシアが先生にいいます。
「ほら、見てください。ジップが話しかけてます」
「わしには耳をかいているようにしか見えんが……」
「イヌが話すとき使うのは、口だけではないんです」
ポリネシアは眉をあげて、甲高い声をあげました。
「イヌは耳で、足で、しっぽで、色んな風に話をします。たとえば音を出したくないとき。そういうとき、イヌは鼻を半分ピクピクさせます。この意味、わかりますか?」
「わからん」
「『雨がやんだか知ってるか?』って意味です。質問ですよ。イヌは質問の時はたいてい、鼻を使います」
それからしばらくかけて、ドリトル先生はオウムに教えてもらって動物の言葉ができるようになりました。
自分でも話せるし、いってることもすべてわかるようになったのです。
こうして先生は人間の医者から足を洗うことにしたのです。

ネコマンマの主人が、ドリトル先生が動物の医者になったことをふれまわりました。
すると、すぐに、おばあさん連中が食べ過ぎになったペットの、パグやプードルを連れてくるようになりました。
お百姓も何キロもかけて、病気のウシやヒツジをみせに来ました。
ある日、畑仕事につかわれてるウマが一匹連れてこられました。
このウマは、ウマ語がわかる人間がいると知ると、かわいそうなぐらい感激しました。
ウマはいいました。
「聞いてくださいな、セーンセ! 丘のむこうの獣医ったら、なーんにもわかってないんですよ。治療がはじまって、もう6週間もたつというのに、足の関節炎だっていうんです。ほんとうは目が悪いんです、あたくし。目が片方見えにくくて、メガネをいただきたいんですの! 人間みたいにウマだってメガネをかけてもいいじゃないですこと? だのに、あの丘むこうの獣医ったら、バカなんだから。目のことなんか診やしないで薬ばっかり出すんですのよ。もちろん、あたくしもいってはみましたわ。でも、あの獣医、ウマ語なんて、ひとっこともわかりゃしないんですから。メガネがいるっていうのに、もう!」
「わかった、わかった。すぐに作ってあげよう」
「先生がかけてらしてるのと、おんなじのがいいですわ。それから、レンズは絶対にグリーンにしてくださいね。そしたら、畑を2キロ四方耕したって、お日様で目を痛めなくてすみますから」
「いいだろう。グリーンだね」
診察が終わりました。
先生は、ウマがでていけるように玄関のドアをあけてあげました。

しかし、ウマの話は終わりません。
「セーンセ、聞いてくださいな、困ってるんですのよ。人間っていうのは、だれでも獣医になれると思ってるのかしら。あたくしたちにしたら、迷惑な話なんですのよ。ホントは人間の名医になるより、動物の名医になるほうが、よっぽど頭がよくなくっちゃいけないっていうのに。うちのですね。ご主人の息子っていうのがですね。ウマのことは何でもわかってる、つ・も・り、なんですの。先生に一度お見せしたいわ。すっごいデブで、目が肉にうもれてるんです。脳みそが小っさくて、ジャガイモにつく虫くらいしかないんですのよ。先週なんか、あたくしの体にカラシの湿布を貼ろうとするんで……」
「どこに?」
「どこにも貼らせませんよ! 貼ろうとするんで、けっとばしてやったんです。アヒルの池にけり落としてやりました!」
「やるねえ」
「ほんとはおしとやかなんですよ、あたくし。いつもは耐え忍んでおります。静かにしているんですのよ。でも、獣医にまちがった薬を出されるのだけでも限界なのに、あの赤ら顔のマヌケ息子にまでそんなことされるなんて、ああもう、むかつくー!」
「その息子とやらにケガは?」
「たいしたことありませんのよ! 上手にけりましかたら。今じゃ、その獣医がマヌケ息子の看病してるんですの、アハハハハ! ところで、あたしのメガネはいつ、できまして?」
「来週にはできるだろう。木曜日にまたおいで。では、お大事に」

後日、ドリトル先生が大きなグリーンのメガネをウマにあげると、ウマの目は、また前のように見えるようになりました。
のちに、パドルビー周辺では、メガネをかけた動物がいるのが当たり前の風景となりました。
目の悪いウマというものがいなくなったのです。
そんなこともあって、たくさんの動物が先生のところに連れてこられるようになりました。
ことばが通じると、どこがどう痛いか説明できるので、すぐに治るのです。
動物は家にもどると、兄弟や友達にこういいます。
「大きな庭の小さな家のあの先生は、ホンモノのお医者様だよ」と。

やがて、ウマやウシやイヌだけでなく、野原にいるもっと小さな動物、たとえば、野ネズミ、水ハタネズミ、アナグマ、コウモリといった動物たちも、病気になると、すぐに町はずれの先生の家にやってくるようになりました。
おかげで、先生の家の広い庭は、いつでも動物の患者であふれかえっています。
あまりにその数が多いので、動物の種類ごとに、専用のドアをつくることになりました。
表のドアは「ウマ」、横のドアは「ウシ」、台所のドアは「ヒツジ」と看板を掲げました。
動物は、それぞれみんな専用のドアから出入りするのです。
ネズミでさえ、地下室から入れるちいさなトンネルが用意されました。
みんな、そこに列を作って、辛抱強く、先生が回ってくるのを待つのです。
それから数年のうちに、ジョン・ドリトル医学博士の名は、あたりに住むすべての動物に知れ渡りました。
冬になると、渡り鳥が飛んで行ったよその国で、パドルビーにはとてもすばらしいお医者さんがいると伝えます。
「そのお医者さんは動物のことばが話せて、困ったことがあったら助けてくれるんだって」
このようにして、先生は世界中の動物のあいだで有名になりました。
先生の住んでいるウエストカントリーの田舎でよりも、むしろ外国での評判の方が高いのです。
先生はとてもうれしくて、最高の毎日を送っていました。

ある日の午後、ドリトル先生は熱心に書き物をしていました。
ポリネシアはいつものように窓にとまって、庭でゆれている木の葉をながめていましたが、いきなり大きな声で笑い出しました。
「どうしたね。ポリネシア」
先生は書き物の手をとめました。
「ちょっと考えてたんです」
ポリネシアはそういうと、また木の葉に目をやりました。
「なにを?」
「人間のことです。なんだかねえ……。人間は自分のことを一番えらいと思ってますよね?
全然、動物のことばをおぼえないくせに。何千年たっても、わかるのは、『犬がシッポををふってるときは喜んでる』だけなのに。バカバカしい!」

「やっと先生が最初ですよ、私たちみたいに話せる人間は。あー、腹が立つ。なにが、『モノいわぬ動物たち』だ! お前の方こそモノいうな、だ。ふん!」
それからポリネシアはしばらくだまっていましたが、またゆっくりと話しはじめました。
「……知り合いに、7種類もの方法で、『おはよう!』がいえるインコがいるんです。それも口を使わずに。世界じゅうのすべての国の言葉も話せるんです。ギリシャ語も話せます。あるとき、どこかの年とった、えらそうな大学教授がこのインコを飼おうとしたんです。でも、長くは続きませんでした。インコからききました。その教授、まちがったギリシャ語を教えてたんですって。見てらんなかったって。……あのインコ、どうしたかなあ。ときどき思い出します。地理だって、だれよりもくわしかったんですよ。ああ、もしも。もしも人間が空の飛び方を覚えでもしたら、スズメくらいの飛び方でも、いばりちらすんでしょうね!」
「お前さんはかしこい鳥だ。いったい何歳になったかな? オウムと象の中には、そりゃもう、とても長生きするのがいるというが」
「正確なところはおぼえてません。182歳か183歳かのどっちかです。最初にアフリカからイギリスに来たとき、のちに王様になるチャールズ王子が、まだカシの木でカクレンボをしてました。たまたま見たんですけど、とても怖がりのようでした」