2017.02.23
プロモーションの舞台裏 Web Designing 2017年4月号
SNSでも話題化“夜だけの文房具店”が成り立つ理由
千葉県本八幡にある「ぷんぷく堂」は、夜だけの営業というニッチなスタイルを貫く文具店。各種メディア、SNSで話題を拡げる、知る人ぞ知る文具店で、今春で開店5年を迎える。独特な特徴を保ちながら店舗経営が成り立つ秘訣とは何か?
ここで取りあげている施策の共通クレジット
ぷんぷく堂
夜開店は戦略ではなかった
2017年1月8日、Yahoo! JAPANのトップページにあるトピックが掲載される。「夜だけ開く文具店 SNSで評判」の見出しに引きつけられ、千葉日報から配信された記事を読むと、夕方17時から22時まで営業し、店主が選んだ文具だけが並ぶ「ぷんぷく堂」のことが紹介されていた(01)。
記事にはオリジナル商品の販売についても言及があったり、SNSで話題にしたくなる独自性が伝わってくる一方で、基本は単価の低い商品を多く扱う文具店である。しかも夜に限った営業時間となれば、なかなか成果(黒字)を出すのは困難なはず。いったい、どのように運営しているのか?
もし、小規模でも特徴を活かした店舗経営のあり方やSNSでの話題化をしていく経緯を知れば、自社の強みの活かし方に悩む小中規模のWeb担当者に何かヒントが提供できるはず。そんな仮説のもと、筆者は開店前のぷんぷく堂を訪れた。
店主の櫻井有紀さんは、お子さんの高校卒業を機に、「夫婦で店をやりたい」という前々からの腹案を具現化するべく、動き始めたということだった。それにしても、なぜ夜? 櫻井さんによると、けっしてユニークさを求めてというわけではなかった。櫻井さんには本業があり、副業で営める時間帯が夜。じつはそれ以上に理由はなく、営業時間は必然的に19時から22時までとしたという。
成功を引き寄せた「5年やり抜く」覚悟
もともとの開業とは別に、櫻井さんは製造中止となって久しい「ヨット鉛筆」を多数収集していた。「ヨット鉛筆の1本売り」という発想から、きちんとビジネス化が検討できる文具店へと考えを拡げて、2012年4月に夫婦一緒に営む文具店を開店。
櫻井さん自身は店主として、夫は在庫管理など裏方の仕事を、と役割分担しながら船出するが、進む前から厳しい道のりへの覚悟があったそうだ。だからこそ、開店に際し「知名度の浸透を考慮して、5年は必ずやり抜く」「趣味ではない。ビジネスを追求する」「店主の目利きに適った文具だけを扱う」という3点の遵守を決意。練られた戦略のように映った特徴は、偶然も多分に占め、趣味の世界にも見える店舗スタイルを貫きながら、厳しくビジネスを追求していく。店舗運営が生易しくない覚悟と、知名度そのものの育成を考えて、5年以内に収益が上げられる形を模索。かつ櫻井さんが目利きした商品という背骨を据えて、運営の芯を曲げない心がけが実を結び、今日がある(02)。
遠方からでも行きたくなる店づくり
ぷんぷく堂は、一切Web広告をやっていない。話題化や、今回の本誌の特集テーマでもある顧客との「エンゲージメント」は、夜開店をフックにしつつ、草の根でじっくりと育成してきたのである(03)。
例えば、ネーミングセンスが伝わるオリジナル文具の数々は、他にはないここだけの文具店を印象づけている。一部の名を挙げれば、「半分鉛筆」「メモッパチ」「スキマメモ」「過保護袋」「競馬新聞の紙で作ったレポート用紙」「1日100文字したたメモ」など、役割を想像させつつオリジナル感が漂うそれら文具は、個性派店舗の特徴をさらに際立たせる。もちろん、すべて店主自らが考案している。
「商品はどれも、私自身が日々の生活で“こんな道具があれば便利”と感じる思いから生まれています。基準は、“私が欲しいと思うもの”。ですので、あれが欲しい、これが欲しいと言われると困ってしまう(笑)。それらは、ぜひ他のお店で買ってほしいと正直にお伝えしています」(櫻井さん)
他で買えるモノは置かない。リクエストには応えない。実際、ファンは「この店主が選んだ文具、作った文具」という付加価値を目当てにしている。店主が辿りつき、継続する姿勢が、ファンの期待に応えるカタチとなる。櫻井さんは「実店舗に行きがいがある」状態や「SNSでつい、つぶやきたくなる」お店を作り出しているのである。
貫いた5年、新たなステージへ
ぷんぷく堂のWeb、デジタルまわりの取り組みはどうか? 現状は、ブログで店に関する情報や雑記を公開し、FacebookページやTwitterとも連携。並行して、TwitterやInstagramでは直接的な店舗情報のほかに、店主のペースで日々感じたことがつぶやかれたり、写真がアップロードされる。LINE@は月に一度を目安に、休日情報などをアナウンスし、特に遠方のお客様への配慮を怠らない。各種SNSそのもののトーンにあわせて、ゆるやかな使い分けをしている。櫻井さんに話を向けると、かつてパソコン通信をやっていたそうで、受発信の空気感をつかみ、SNSを対話のように大事にしていることが伝わってきた。
2016年7月からは、営業開始時間を17時に変更。多数を占める遠方のお客様とともに、近隣のお客様も増えてきた。東京や埼玉、神戸などでのワークショップイベントにも参加するほか、オリジナル文具の取り扱い問屋もいくつか決定したとのこと。5年と決めて訪れた2017年、ぷんぷく堂が新たなステージを歩み出している(04)。