2015.09.16
永原康史の「デザインにできること」 Web Designing 2015年9月号
「花の力」 メディアとデザインについて考える
メディア横断的なデザインを推進するグラフィックデザイナー、永原康史氏によるメディアとデザインに関するコラム。
ポリティカルなことは書かない。これは15年前の連載当初になんとなく決めたことのひとつである。デザインコラムには合わないと思ったのだ。その禁を破ったのは意外に早く、連載22回目にイラク戦争について書いている。
2003年の米軍によるイラク空爆に対して、日本のアーティストやクリエイターからの異議申し立てが相次ぎ、ぼくのところにもたくさんメッセージが届いた。原稿から抜き出してみると、「反核FAXポスター実行委員会」「イラク戦争反対連合」「戦争について考えるプロジェクト」などなど。そのほかにも反戦メッセージを載せたメールがたくさん飛び交っていた(まだSNSがなかった頃の話である)。それを受けて、叔父や叔母から聞いていた大阪大空襲の話や、子どもの頃に体験した戦争の面影を書いたのだった。
この夏はいろんな事件があった。5月14日に閣議決定された安保法案が、憲法学者によって違憲と言われながらも衆院で強行採決されたのが7月15日。それと併走するようにして、新国立競技場の建築費の高騰が新聞各紙で取り上げられるようになり、7月16日に国際コンペの審査委員長だった安藤忠雄氏が記者会見。17日に政府よりゼロベースでの見直しが発表された。
このふたつの話題に隠れるようにして採決されたのが、四国電力、伊方原発の再稼働。安保法案強行採決と同日に採決されたのだから、どうしてもかすんでしまう。冬には稼働するという。九州電力の川内原発も5月27日に適合性審査を終え、8月中旬にも再稼働するらしい。大きなニュースの陰で、着々と進められているのだ。TPPも大詰めだが、もう話題にする人は少ない。してやられている感じである。
安保法案に対峙して、大学生らでつくる「SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)」という団体も出てきた。日比谷野外音楽堂や首相官邸周辺、国会前で抗議デモを行い、7万もの人が集まるという(主催者発表)。学生に話を向けてみると、「背後(バック)にきっと誰かいるんですよ」とにべもない。真偽はともかく(たとえそうだとしても)、学生の政治参加が話題になるだけでもいいことだと思う。長い間、こういうことはなかった。
ぼくが高校に入学した1971年、学生運動の火は消えかかっていたが、まだくすぶってはいた。友人には大学生に混じって運動に参加するものもいた。対象は70年安保から、返還を控えた沖縄やベトナム戦争に移っていた。
ぼくは、関心はあったが醒めてもいた。ただ、兵士の銃口に花を刺す青年の写真「Flower Power(銃口に花を)」☆ に代表されるフラワーパワーだけには、ある種の憧れとともに共感をいだいていた。単なるヒッピーの代名詞としてのフラワーチルドレンではなく、アレン・ギンズバーグが書いた『How to Make a March/Spectacle(3月/光景のつくりかた)』に著わされている非暴力抗議活動への共感だった(今から思えば、実効力に乏しい感じが好きだったのだろう)。そこにはこう書かれていた。「Masses of flowers – a visual spectacle – especially concentrated in the front lines(花の一群は─視覚的光景として─フロントラインに集中する)」。
時を前後して、核の平和利用といわれた原子力発電所のまわりにムラサキツユクサを植える運動が起こっていた。ムラサキツユクサは放射線に敏感で、微量の放射性物質でおしべの遺伝子に突然変異がおこるというのだ。発電所のまわりに植えたムラサキツユクサを観察することで、原発から日常的に漏れる微量の放射線でも生物に影響することが証明される。
観察するといっても朝顔の観察とはわけが違う。1974年、静岡・浜岡原発試運転のとき、地元の高校教員が7月から10月までの開花期間に、仕事の合間をぬって64万本のおしべを調べた。その結果、微量の放射線でも遺伝子に影響することが明らかになった。
原子力発電所のまわりにびっしりと咲く、小さな紫色の花を想像してみよう。そしてそのおしべの先で細胞が突然変異してピンク色に変わるのをイメージしよう。
花はフロントラインに集まってくる。
☆ https://en.wikipedia.org/wiki/Flower_Power_(photograph)
- Text:永原康史
- グラフィックデザイナー。多摩美術大学情報デザイン学科教授。2005年愛知万博「サイバー日本館」、2008年スペイン・サラゴサ万博日本館サイトのアートディレクターを歴任。現在「あいちトリエンナーレ2016」の公式デザイナーを務める。本コラムの10年分をまとめた『デザインの風景』(BNN新社)など著書多数。 http://www.nagahara.gr.jp/