教育・医療・Biz iOS導入事例

正解のシナリオが存在しない今のスタートアップ

文●牧野武文

Apple的目線で読み解く。ビジネスの現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

都内各地に点在するコワーキングスペースでは、シード資金を得た無数のスタートアップがiOSアプリの開発を行っている。iPhoneの登場から10年、起業はもはや遠い世界のことではない。

 

匿名で楽しめるチャット

東京渋谷の道玄坂。夕方になると、仕事を終えた人たちが、お目当ての飲食店を探して、坂を上り下りする。その途中に「ハイブ渋谷(HiveShibuya)」がある。ハイブ渋谷はベンチャーキャピタル(VC)企業のイーストベンチャーズとスカイランドベンチャーズが共同運営するコワーキングスペース。入居をしているのは、VCからシード資金を得たスタートアップだ。イーストベンチャーズはシンガポールに拠点があり、日米、東南アジア各国のスタートアップに投資をしている。日本ではメルカリ、グノシー、ツイキャス、フリークアウト、MERYなどに投資を通じて支援をしてきた。

ハイブ渋谷でアプリ開発を行うアンディファインド(UNDEFINED)の若月佑樹CEOは、まだ19歳。高校を卒業後、国内の大学を受験した。しかし、失望をした。面接試験官が緩い質問しかしてこない。「この大学はダメだ」と、受験生のほうから見切りをつけた。そして、国内のドローン系のスタートアップで働き、そこで後の共同経営者と出会う。一時、渡米をしてUCLAに入学する道を模索したが、仲間2人と起業したいという思いが強くなり、帰国して同社を設立した。

 

 

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●若月佑樹 (写真右)

UNDEFINED代表取締役CEO。高校卒業後、半年ほどで友人2人とともに、UNDEFINEDを創業。3人は、同じ部屋に住み、文字どおり寝食をともにしている。

●加藤雄一(写真左)

アスツール株式会社代表取締役。大手電機メーカー、IT企業などに勤めたあと、自分の道を探すためにリセット退職、1年後にアスツールを起業。この迷った1年間があったから、今迷わずにアスツールの仕事に専念できるという。

 

 

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HIVE(http://www.skyland.vc/hive/)は東京渋谷・道玄坂に位置するコワーキングスペース。East VenturesとSkyland Venturesの共同にて運営し、シード投資を受けたスタートアップが常時5-10社がシード期を過ごしている。

 

2017年1月にテスト公開された「NYAGO」は、匿名でチャットができるアプリ。といっても、完全匿名ではない。チャットを募集する側は、ツイッターアカウントとの連携が必要になる。しかし、チャットに参加する側は完全匿名でOK。多くの場合、同級生、同僚、知り合いといった面識のある仲間が集まってチャットをすることになるが、個人は特定できない。「こいつってあいつかな?」程度の感覚でチャットをする。

「コミュニケーションのハードルを下げようと思ったのです」と若月氏は言う。NYAGOがメインターゲットにしている高校生は夕食後の時間、チャットをすることが多い。しかし、誰とでもチャットができるというわけではない。

「たとえば、クラスで一番かわいい女子にメッセージを送りたくても送れない男子はいるんです。そういう構造をフラットにしてみたら面白くなると考えました」

さらに、NYAGOは朝6時にチャット履歴がすべて消える。サーバからも消える。後腐れがないということもあるが、「それよりも消えたほうが、エモくなるんです。あいつ、面白いけど、一体誰だったんだろうと後々まで気になるから」。ただのチャットツールではなく、そういう心に刻み込まれる時間を提供することを狙っている。

現在、累積で約4000万円の資金を獲得しているが、まだマネタイズの方法を考えるフェイズには達していない。まずはNYAGOを広め、多くの人に使ってもらうことに集中している。しかし、投資資金に対するプレッシャーは大きい。

「そのお金を有効に使うにはどうしたらいいかをものすごく考えます。無駄遣いなんてできないですし。3人は同じ部屋で暮らしているのですが、アプリや会社をどのように成長させていくのか、いつもその話をしています」

 

 

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NYAGO(ニャゴ)

【開発】UNDEFINED,INC.
【価格】無料
【場所】App Store>ソーシャルネットワーキング

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NYAGO。匿名と実名の中間を狙ったチャットアプリ。面識のある面子が参加していても、個人を特定できない仕組みになっているため、発言のハードルが下がる。利便性を追求するのではなく、エモくなる(心に響く、面白くなる)ことを狙って、現在も進化中。

 

 

片手で検索ができるブラウザ

アスツール(ASTOOL)の加藤雄一代表は、大手IT企業に勤めていた。しかし、自分でサービスを作りたいという気持ちが強くなり、文系出身でありながら、オブジェクティブC(Objective-C)の独学を始める。これに夢中になった。

「残業も一切せず、家に帰ってもプログラミングをしていました」

そして、仕事と勉強の両立に限界を感じて会社を退職。身につけたビジネス経験と学んだプログラミング技術を活かして、退職した企業などからの受託開発で生活を支えながら、1年間、自分は何をすべきか、本当にやりたいことは何なのかをじっくりと考えた。そして出した結論が投資資金を得て、起業をすることだった。

2016年9月にリリースされた「Smooz」は、片手で検索、閲覧ができるブラウザだ。起動すると、検索窓にカーソルがあり、文字入力をするだけで検索ができる状態になっている。検索結果のリンクを長押しすると、次々とバックグラウンドで新規タブとして開いてくれる。あとはスワイプをして、開いたタブ間を移動して読んでいくだけだ。このほか、指ジェスチャなど、片手の親指1本で使いこなせる機能が満載されている。

「今は、スマホがメインで、PCがサブの時代なのに、サファリの基本デザインはほとんど進化してなく、検索をするときはMacのほうが便利ですよね。これは問題だなと感じました」

モバイルブラウザをメインの道具にしたい。そういう思いから生まれたのがSmoozであり、現在25万ダウンロードされている。また、現在さらに大きな挑戦をしている。人工知能を搭載し、その人が次にどのページを見たいかを予測して、先にバックグラウンドタブとして用意してしまう機能だという。こうなると、検索という操作そのものが不要になっていく。

すでに約1億円の投資を獲得している加藤氏も、その額の大きさにプレッシャーを感じているという。

「自分で銀行からその金額を借りたと考えると、とてつもない金額ですから」

その期待に応えるためには、サービスをスケールしていかなければならない。スケールをするにはさまざまな手を打っていかなければならない。

「自己資金だけで個人商店のように小さくやるという方法もあるのだと思います。でも、その場合は、打ち手の幅が狭くなります」

加藤氏は、自己資金で小さく回すか、投資資金を得て大きくスケールするかは、起業するときに決断をしておかなければならない重要なポイントだと言う。加藤氏は、それを決断するのに約1年間悩み抜いたのだ。

アスツールは、すでにマネタイズ手法を構築するフェイズに入り始めている。3つの道を考えているという。1つは検索送客による収入。各検索エンジンは、Smooz上での検索数に応じて、紹介料を支払ってくれる。2つ目は、Smoozの検索画面にアマゾンや楽天などのショートカットが表示されているが、利用者がこれを使って買い物をした場合、アフィリエイト収入が入る。さらに、将来の人工知能によるページ予測では、そこに広告ページなどを入れていくことも構想している。

 

 

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Smooz(スムーズ)ブラウザ

【開発】Smooz
【価格】無料
【場所】App Store>ユーティリティ

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Smooz。2016年App Storeのベストアプリにも選ばれたブラウザ。その名のとおり、片手で検索→閲覧までが操作できる。ブックマークしたサイトの巡回にはSafari、新しいサイトを探すときはSmoozという使い分けを自然にするようになる。

 

 

スタートアップという「生き方」

誰もが聞きたくなる「起業をするにはどうしたらいいですか?」という質問を、このお二人にしたら、きっと「あなたはどうしたいの?」と聞き返されることになるだろう。

お二人は、対極的な存在だ。若月氏は若く、イマドキの発想でサービスを構築していく。加藤氏は大人で、培ったスキル、人脈を活かしてサービスを育てていく。それでも共通していることがある。それは「自分が本当にやりたいことをやっている」ということだ。

お二人とも起業までにそれぞれ1年近い助走期間を必要とした。そこで悩んでいたのは「どうしたら起業ができるか」ではなく、「自分は何がしたいのか。何をするのが好きなのか、何をしていると楽しいのか」ということだった。それが見えれば、どのようなスキルが必要で、どのような器が必要で、どのような資金が必要かはほぼ自動的に決めていくことができる。100のスタートアップには、100の形があるのだ。

「起業に正解のシナリオやマニュアルのようなものはありません。それを探していたらいつまでも起業できないし、起業をしても不幸なことになります」(加藤氏)

もちろん、お二人とも莫大な投資資金を得て、その重圧に負けそうになることもある。しかし、耐えられるのは好きなことをやらせてもらっているからであり、考えるのは「ステークホルダー全員をハッピーにするにはどうしたらいいか」ということばかりだ。それは、自分の幸せを考えることでもある。

今では、MacBook1台あればアプリ開発ができる。声をあげれば資金を投資し、支援をしてくれるVCがいる。こういう人たちの中から、明日のメルカリや明日のAirBnBが生まれてくる。 iPhoneが登場して10年、世の中を大きく変えてきた。その中でも大きいのが、起業という道を、進学、就職、転職と同じ地平に並ぶ選択肢の1つにしてくれたことだ。



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