教育・医療・Biz iOS導入事例

アプリが切り拓く一人一人のための花粉対策事業

文●朽木誠一郎

Apple的目線で読み解く。医療の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

4人に1人が花粉症の時代、個人に最適化された花粉症対策を実現するには、医学研究のトレンドでもある「リアルワールドデータ」の活用が必要だ。順天堂大学が開発したアプリ「アレルサーチ」は、iPhoneを用いてこれに挑戦している。

 

「国民病」になった花粉症

いよいよ今年も、この季節がやってきた。暖かさとともに訪れる、招かざる客。そう、花粉だ。

スギやヒノキなど植物の花粉が原因となり、くしゃみ・鼻水・目のかゆみや充血などのアレルギー症状を引き起こす花粉症。現在、日本人の約25%が花粉症という報告もある。もはや国民病ともいえるが、花粉という「異物」を体が外に出すためのアレルギー反応であり、完治は今のところ難しい。

だからこそ、花粉症の治療では「なるべく花粉を体内に入れない」「アレルギー反応を抑える」などの対策が重要になる。あるいは、そもそも花粉症になることを予防するために、可能な限り花粉から身を遠ざけるか、だ。しかし、ひととおりの対策をしてもなお、やはり目や鼻がつらいということは、往々にしてある。

ある調査によれば、花粉症による日本の経済損失は、年間約2800億円。しかも、これは15年以上前の調査であり、花粉症患者数は今もなお増え続けている。自然のいたずらに対して、私たちは為すすべもなく、ただくしゃみを繰り返すしかないのだろうか。もちろん、そうではない。人類にはテクノロジーという英知がある。

2017年10月、あるアプリがクラウドファンディングで支援を募集した。そのアプリの名は「アレルサーチ」。このアプリでは、iPhoneを活用したビッグデータ解析で、花粉症の症状を軽減したり、花粉症を予防したりできるという。私たちは一体、どのようにして花粉の魔の手から逃れられるというのか。開発者チーム代表の順天堂大学眼科助教・猪俣武範医師を直撃した。

 

 

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東京都・御茶ノ水にある順天堂大学とその附属病院。遠隔手術ロボットを積極的に導入し、これまでも複数の医療アプリの開発を手がけるなど、テクノロジーへの理解も深い。

 

 

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順天堂大学附属順天堂医院眼科学教室助教の猪俣武範氏。米国ハーバード大学眼科スペケンス眼研究所へ留学後、米国ボストン大学経営学部を卒業し、MBA取得。

 

 

注目されるリアルワールドデータ

眼科医の猪俣医師の元にも、この時期になると花粉症で多くの患者が訪れるという。ここで、「眼科」というところに、疑問を感じた人もいるかもしれない。花粉症は目、鼻、場合によっては喉などに症状が起きるため、どの科に行っていいのかわかりにくい病気の1つだ。実際には、ほかに耳鼻咽喉科や、免疫アレルギー科などでも治療ができるので、患者はもっとも気になる症状の出た部位を扱う科にかかればいい、と猪俣医師。ただし、医師であっても他科の最新の治療までは把握できていないこともあり、このアプリでは「各科をまたがる横断的なチーム編成をして開発した」(猪俣医師)という。

「アレルサーチ」は、花粉症に関する情報をアプリ利用者から集め、そのビッグデータを解析する。ここで集められる情報とは、たとえば「歩数などの運動量」「食事内容」「喫煙の有無」、リアルタイムの「花粉飛散情報」「PM2.5(大気汚染物質で花粉症の悪化に関与するとされる)分布情報」、そして「家族構成」「年齢」「既往歴」など。ほかに、結膜炎の症状を観察するための画像データも、iPhoneのインカメラを用いて収集するという。

このような情報が集まると、何ができるのか。猪俣医師はその効果を「パーソナライズ(個人に最適化)された花粉症予防対策」だという。

具体的には、集まったデータを分析することで、「どんなファクター(要因)が花粉症の症状を軽減/悪化させたのか」がわかる。情報が集まれば集まるほどその精度は上がり、やがて、花粉症発症予測アラートの通知や、マスクやメガネを着用したり抗アレルギー薬を飲んだりするタイミングの提案、食事や運動など自分の症状を改善する対策の紹介、などが実現するという。これらを可能にするのが、従来の研究データとは異なる、「リアルワールドデータ」と呼ばれる情報の強みだ。

これまで、医学研究に使用される情報は、主に病院で計測されるものだった。医療現場以外で「毎日計測する」などの条件では、情報を集めることは難しい。しかし、花粉症のような慢性の病気の場合、その実態を調査し、最適な治療をするためには、この情報こそが必要になる。そしてそれは、アプリを使えば簡単に集められるものだ。現在、リアルワールドデータは、医学研究者たちからも注目されている。

アップルが2015年10月に提供を開始したiPhoneと連動する医療用API「リサーチキット(ResearchKit)」は、心拍数など各種の情報の収集や分析を可能にした。アレルサーチもリサーチキットをベースに開発されている。猪俣氏は留学時に、海外でリサーチキットによる研究が人気を獲得しつつあることに興味を持ち、日本でも取り組みたいと考えていたそうだ。開発チームには統計の専門家や、医師でありプログラマーでもあるメンバーが加入。日本ではまだ類を見ない、本格的なビッグデータ解析への熱意が伺える。

クラウドファンディングは2017年12月に達成。2018年2月のアプリ配信開始から約1カ月で3000ダウンロード以上と、出足は好調だ。猪俣医師によれば、2万以上のダウンロードが目標だという。このアプリで集められたデータは、医学論文化されることを前提としているため、医学的に有効なサンプル数が必要になるためだ。

現在、このアプリの機能は3つ。1 つ目は「花粉症レベルチェック」。目の赤みの観察や花粉症に関するアンケートから、 自分の花粉症レベルが数値化され、教えてもらえる。2つ目は「みんなの花粉症マップ」。各利用者の情報を元に、 どの地域に、どのくらいの花粉症レベルの人がいるかを地図上で検索・表示できる。3つ目が「花粉飛散情報の自動更新」。気象庁・環境省から発表される花粉飛散情報、 PM2.5や黄砂の大気汚染情報が、アプリで閲覧可能になる。花粉飛散情報はiPhoneだけでなく、アップルウォッチからもチェックすることができる。

 

 

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アレルサーチ

【開発】順天堂大学
【価格】無料
【場所】App Store>メディカル

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順天堂大学眼科による花粉症研究のためのアプリ。花粉症の患者数は増え続けているのに、いまだに医学的にそのリスク要因が分析された例はない。そこで、花粉症について利用者の役に立つ情報を提供しながら、利用者からも研究のための情報を受け取る「アレルサーチ」が生まれた。Apple Watchとも連動し、花粉飛散量を気軽にチェックできる。

 

 

専門家にもビジネス的資質が必要

猪俣医師は過去にも、ドライアイについてのリアルワールドデータを集める「ドライアイリズム」というリサーチキットアプリを制作し、2万件以上ダウンロードされている。一方、今回のアレルサーチでは、初の試みとしてクラウドファンディングを利用した。背景には、やはり資金の問題がある。

「このような前例のない研究というのは、既存の助成金を獲得しにくい。そこでクラウドファンディングなど、新しい資金調達の方法を試すことにしました」

しかし、クラウドファンディングの目標金額はもともと100万円。アプリの開発費用としては、決して十分とはいえない金額だ。

「不足分は、私が企業に足を運んで、寄付金のお願いをして回りました。複数の企業が主旨に賛同してくれたため、アプリを開発することができています」

猪俣医師は前述の海外留学時に、医学の研究だけでなく、ビジネススクールでMBAも取得している。その理由を「大学という単位で考えたときに、学問だけをしていればいい、ということでは、社会の要請に応えられていない」と、ビジネスの重要性を意識していることを明かす。

 

 

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ドライアイリズム

【開発】順天堂大学
【価格】無料
【場所】App Store>メディカル

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ドライアイは日本に2200万人、世界に10億人の患者いると推計される、もっとも多く一般的な眼科疾患。「ドライアイリズム」アプリでは、まばたきや視力を測定、生活の質についてのアンケートに回答することで、日々の変化をグラフにして表示。集められたデータは、ドライアイ治療の研究に使用される。

 

 

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2017年10月に「Readyfor」でクラウドファンディングを開始。12月に45人の支援者から100万円以上の金額を集め、目標を達成した。

 

「パーソナライズされた花粉症治療・予防」は新しい試みだ。しかし、前例がないからといって、研究がなされなければ、私たちはこれからも憂鬱な気分で春を迎え続けなければならない。その道を切り拓くのは、クラウドファンディングにより開発された、利用者参加型のアプリだ。このことは、自然が相手だからと半ば諦めていた花粉症という国民病でさえ、「治したい」「防ぎたい」と望めば叶う時代の到来を意味している。ただし、それを実現するためには、医師のような専門家が社会のニーズを汲み取ること、そして、そのニーズに基づいた事業を社会に対して適切に提案できること、つまり専門家のビジネス的資質がカギになるといえる。

 

アレルサーチのココがすごい!

□iPhoneだけでなく、Apple Watchでも花粉の飛散情報をリアルタイムで確認
□花粉症レベルを測定、他の利用者を地図上で検索・表示
□将来的には個人に最適化された花粉症対策を提案



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