3つの顔を持つ教師が作った“根っこ”が育つ「オーガニックラーニング」|MacFan

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3つの顔を持つ教師が作った“根っこ”が育つ「オーガニックラーニング」

文●神谷加代

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

学校での楽しい学びは、生徒たちが先生の人間性を見抜くところから始まる。もし「先生」の顔以外の面も持っていたら、生徒たちはきっと何か面白いことが起こると期待するはずだ。二児の母、教師、起業家という3つの顔を持つ近畿大学附属高等学校の江藤由布教諭の姿に迫る。

 

産休中も自宅で授業サポート

大阪府東大阪市の近畿大学附属高等学校(以下、近大附属)で、英語特化のコースを受け持つ江藤由布教諭。前号で紹介したADEの乾武司教諭と同じ近大附属で、同校に6名いるADEのひとりだ。近大附属は生徒だけでなく教師も自由にiPadを活用できる環境にあるため、クリエイティブな授業が多く行われているというのは、同様に前号において記したとおりである。その中でも江藤教諭の授業は特に秀逸といえる。

 

 

Apple Distinguished Educator 江藤由布教諭

“I am a mother first.” がモットー。二児の母、近畿大学附属高等学校教諭(国際教育室主任)、一般社団法人オーガニックラーニング代表理事。ICT x 英語教育だけでなく、動機付けや自分らしく生きることをテーマに全国で数多くの講演、ワークショップ、オンラインセミナーを行う。Edupreneur(教育事業家)として独自の道を進む。2015年のADE認定。

 

 

江藤教諭は2011年にスマートフォンを使った授業を開始し、2012年にはiPadでオンライン教材やサービスを積極的に活用する授業へ切り替えた。それは翌2013年から近大附属で実施されるiPad導入を見据えてのことだったが、江藤教諭にとってもタイミングがよかったのだという。

「ちょうど、iPad導入の年は計画出産で産休をとる予定でした。そのため、休みの間も自宅からオンラインで授業をサポートできるようにとiPadを積極的に使いました」と江藤教諭。具体的には、教育SNS「エドモド(Edmodo)」を活用した教材の配信や宿題の提出、また教育ビデオ作成サービス「ショウミー(Showme)」を使って動画教材を作り、生徒がそれを見て学ぶなど、たとえ江藤教諭が教室にいなくても授業が進む体制を整えた。

そもそも、江藤教諭がこうした授業をすぐに実践できた背景は、同教諭の授業スタイルにあるといえる。教科書を使わず、英語のニュースサイトなど生教材を活用したり、“オールイングリッシュ”で予習中心の「反転授業」や「アクティブラーニング」を取り入れていたりと、すでに一斉授業のスタイルから脱却していたことが大きい。

「私が一番違和感を感じるのは、ある問題を解けるようになるために類題を解いたり、疑問を持とうとせずにただ単に暗記作業を行うことです。これはまったく意味がない。学びというのは、自分で考えて創るクリエイティブな要素が必要だと私は考えています。そのためにはまずは自分がやらないといけません。大人が背中を見せなければいけないと思っています」

 

 

江藤学級が最初に掲げるモットーは「失敗しない君の人生、それ失敗」。江藤教諭の力強い言葉に後押しされ、生徒たちは3年間で別人に変わるという。外のワークショップや模擬国連に参加したり、江藤教諭主催の研修を手伝うなど、「今では“同志”になっている」と同教諭は話す。

 

 

思考を鍛える英語の授業

iPadの導入から6年が過ぎ、江藤教諭の授業はさらに進化している。その名も「オーガニックラーニング」だ。江藤教諭自身が付けた名前で、英語自体を教えることよりも、生徒のマインドセットの開墾を重視した“根っこ”を育てる授業スタイルを示すという。

「英語という教科は、外国語を学ぶのではなく、思考法を学ぶものだと思っています。スタートアップの人が、逆説的で反直観的な思考法を持つべきことと同じように、英語を使って表現するためには必要な思考法があります。その部分を鍛えることが、結果として英語力の向上につながると考えています」

と言われても、いったいどのような授業なのか。江藤教諭によると、基本的には「収集・編集・発信」のサイクルを軸とし、生徒たちは集めてきた英語コンテンツを、自分でブレストして編集し、他人にわかるように発信するのだという。具体的には、大学の講義を無料で受講できる「コーセラ(Coursera)」を活用し、スタンフォード大学などの講義を受講して、その内容についてまとめ、動画やレポートで発表するという具合だ。江藤教諭が英語の文法を解説したり、問題集を解くような場面は一切なく、こうした学びのサイクルを繰り返すことで、「生徒たちは自律的学習者になる」と江藤教諭は語る。またディスカッションも以前はすべて英語で行っていたが、それに固執せず、難しいテーマについては日本語で話し合うなど、生徒の視野や考えを広げる学習も行っている。

さらに注目なのが、江藤教諭の作るテストだ。「2学期に学んだ内容を英語でサマライズせよ」や「21世紀型スキルの中で生き抜く力を選び、それについて述べよ」など、英語のテストとは到底思えない設問が多いが、生徒たちの英語力は着実に伸びるのだという。高1の最初はTOEICが300点台だった生徒たちも、2年間で平均600点台までアップし、トップレベルは800点台を取るというのだから、すごい。

 

 

大学のオンライン講座が無料で受講できる「Coursera」を使った学習。この生徒はスタンフォード大学のスペイン語講座を受講し、その内容を英語の動画にまとめて発表した。ほかの生徒たちはプログラミングの講座やほかの言語を受講しているという。

 

 

教員研修も自ら構築

とはいえ、生徒たちは高校1年生の最初から、このような学習ができるわけではない。「中学から高校に来たとき、生徒たちは“ギプス状態”です。わからなくても聞かない、わかっていても話さない。そんな状態ですが、教師が生徒たちの失敗のお膳立てをし、マインドセットを変えていくことで、対立を恐れないクラスが出来上がっていきます」と江藤教諭は語る。

ただし、こうしたクラス運営や江藤教諭のような授業を行うためには、教師側に圧倒的な学習量が求められるという。そのため、江藤教諭は教員研修や総合学習のプロデュースを目的にした一般社団法人「オーガニックラーニング」を設立し、同じ理想を目指す教師同士がともに学び合い、刺激し合える場を作った。また、自ら授業で確立したオーガニックラーニングについても、ほかの教師がその手法や授業デザインを学べるよう、オンラインコースで受講できるようにしている。

「私がここまで教員研修にこだわるのは、ADEとして参加したシンガポールの研修がきっかけです。あのとき、かなり感化されまして、同じような研修を日本でも作りたいと思い、自分で作りました。日本では、教員研修で自分をさらけ出すなんてことはありませんが、ADEの研修では、12時間拘束されてもまったく苦痛はなく、生徒たちからこの発想を引き出すためにはどうすればいいかなど、海外のADEと一緒にリラックスして楽しく学ぶことができました」

学校以外の外の世界に自分を支えてくれる人、自分を高めてくれる人がいる。江藤教諭は「iPadが導入されてから自分の授業スタイルが変わったとともに、人とつながることで、教師としてのソーシャルキャピタルが増えたことが、何よりの価値だ」と話す。江藤教諭が目指すところは、“人生の経営者を育てること”。自分で手綱を握り、自分で学べる生徒を一人でも多く育てるために。江藤教諭の楽しい挑戦は続く。

 

 

江藤教諭が毎年夏に開催する教員研修「Learning Splash」。シンガポールで開かれたADE研修に感化されて、日本でも教員がリラックスしながら学べる研修を作った。ほかにも、ICTを使った授業デザインの講座、WIXを使ったホームページの講座などオンラインコースを開講している。

 

 

江藤学級では夏休みにクラス全員で兵庫県佐用町に行き、農作業や地元の人と交流しながら、地元の問題をテーマにした課題解決型学習「佐用町プロジェクト」を毎年実施している。

 

 

江藤由布教諭の取り組みをもっと知りたい方へ

江藤教諭が設立した一般社団法人「オーガニックラーニング」のWEBサイト。同団体の活動や、イベント情報などを知ることができる。【URL】https://www.organic-learning.net

 

 

江藤由布教諭のココがすごい!

□生徒たちの思考を鍛える独自の英語授業を行っている。
□一般社団法人を立ち上げ代表理事を務めるなど教師以外の顔を持っている。
□教員同士が刺激し合える場として独自の研修プログラムを作っている。

 

Apple Distinguished Educator(ADE)…Appleが認定する教育分野のイノベーター。世界45カ国で2000人以上のADEが、 Appleのテクノロジーを活用しながら教育現場の最前線で活躍している。