“教師の卵”が実践した「教える立場」のプログラミング学習|MacFan

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“教師の卵”が実践した「教える立場」のプログラミング学習

文●神谷加代

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

小学校プログラミング教育必修化の目的の1つに「プログラミング的思考」と呼ばれる論理的思考の育成がある。しかし、多くの教師はプログラミングを経験したことがなく、本当に子どもたちに教えられるかが課題となっている。子どもたちを前にプログラミングを教える実践ができないか。岐阜大学教育学部の学生らが動いた。

 

小学生に何を教えるのか?

2020年度から小学校でプログラミング教育が必修化される。といっても、「プログラミング」という新たな教科が設置されるわけではなく、算数や理科など既存の教科の中でプログラミングが扱われる。たとえば、算数では多角形を描画するプログラムを考えたり、理科ではさまざまなセンサを使ったプログラミングを行ったりなど、各教科の特性に合わせて実施されるのだ。

一方で、多くの教師はプログラミングを経験したことがないため、指導できる教師の育成が課題となっている。そのため、各自治体の教育委員会などでは教師向けの研修会を開くなど取り組みが始まっているが、同様の課題は、小学校教師をめざす大学生にとっても同じだ。自分たちが習ったことがないプログラミングを小学生にどのように教えるのか。学生たちはイメージをつかめずにいる。

こうした課題に挑戦したのが、岐阜大学教育学部・学校教育講座の学生だ。彼ら彼女らはプログラミングを教える実践の場を求めて、義務教育学校の羽島市立桑原学園(岐阜県羽島市)と協力し、同学園の小学6年生に対してプログラミングのワークショップを開催した。学生たちは、この日に向けて自身もプログラミングを学び、小学生に応じたワークショップの内容を考え、設計し、準備を進めたという。

ワークショップを開催するにあたり、学生たちはまず、アップルのiPad用アプリ「スウィフト・プレイグラウンズ(Swift Playgrounds)」を使ってプログラミングの自学習に取り組んだ。その後、アップルが提供する教育者のための無料プロフェッショナルラーニングプログラム「アップル・ティーチャー(Apple Teacher)」を活用し、指導事例を検証。このワークショップを通して、子どもたちにプログラミングで何を教えるのかを整理したという。

学生の指導にあたった岐阜大学教育学部・学習協創開発研究センターの加藤直樹教授は、「今回のワークショップでは、さまざまなツールを活用して、プログラミングの考え方のひとつである「Decomposition(デコンポジション・分解・切り分け)」という概念について子どもたちが学べるよう重きを置きました。学生たちがスウィフト・プレイグラウンズを学んだ際に、そのときの思考過程を書き出してもらったのですが、プログラミング初心者が多い6年生に対しては、この概念を知ってもらうことが大切ではないかと議論を重ねました」と語る。

2020年度から実施される小学校のプログラミング教育は、プログラミング言語そのものを学ぶことが目的ではなく、プログラミングを体験しながら、コンピュータに意図した処理を行わせるために必要な論理的思考力を学ぶことを重視している。そのため、学生たちも、プログラミングを通して、子どもたちがどのような考え方を身につけることが大切かを重要視しており、6年生の発達段階を考えて「デコンポジション」の概念が適切だと判断したというのだ。

 

 

教員志望の大学生が小学生向けのワークショップを設計。プログラミングの思考のひとつ「デコンポジション」という考え方を取り上げ、問題を分解・切り分けて考えると理解しやすいと伝えた。

 

 

分割して物事を見る大切さ

ワークショップ当日は、桑原学園の小学6年生15名が集まった。最初はアイスブレイクとして、曲に合わせてコップを動かすリズムゲーム「カップソング」に取り組んだ。皆で手本の動画を見たあと、小学生とメンターの大学生がグループになって「タン、タン、タタ、タン」と言いながらコップを動かす。一見簡単なように見えるカップソングだが、実はこれ、手の動きが複雑で見るのとやるのとでは大違いだ。

ここで、ワークショップのリーダーである溝口裕太さんが、小学生に問いかけた。「みんな、手の動きが覚えられないみたいだけど、前半、後半と分けて練習すればできそうじゃない?」。その言葉をヒントに、小学生たちは部分練習を始めた。すべてを一気に覚えることは難しいけれど、小さなかたまりに分けて練習すればできるようになる。「こういう考え方をプログラミングでは、デコンポジションといいます」と溝口さんは続けて話した。小学生たちがデコンポジションの概念を理解できるよう、体を動かすことで興味をもたせたのだ。

続いて、小学生は3つのグループに分かれてプログラミングに取り組んだ。用意されたツールは、①ゴルフボールサイズのプログラミング教育用ロボット「オゾボット(Ozobot)」、②小学生に大人気のものづくりゲーム「マインクラフト(Minecraft)」、③スマホやタブレットで操作可能な球型ロボット「スフィロスパーク(Sphero SPRK+)」の3つ。いずれもiPadを使って行われた。その内容に関しては左コラムを参照してほしい。

 

これからの教育人材育成に重要

ワークショップを終えて、リーダーの溝口さんは「子どもに教えるのではなく、自分たちも共に学ぶことができたのが良かった」と率直な感想を述べた。プログラミングはどうしてもツールにフォーカスしてしまいがちだが、子どもたちに対して、学ぶ目的は何なのかをしっかり見極めて向き合っていきたいというのだ。

また、桑原学園の小川和彦校長は、「本日学んだデコンポジションの考え方は学校生活でも大いに活用できる」と言う。学校では課題解決の場面に直面することが多いことや、6年生が下級生に対して何かを教えるときも、デコンポジションの考え方が役に立つというのだ。「プログラミングの思考法だけで終わってしまうのではく、何か難しいことにつまずいたときにも、あきらめず、もう一度やってみようと思うきっかけにつなげてほしい」と同校長は述べた。

経験のない教師が小学生にプログラミングを教えるのは、最初の一歩が難しい。しかし、踏み出してしまえば、見えてくるものがあることを、教師の卵である学生たちが教えてくれた。課題が山積みのプログラミング教育だが、このような学生がさらに増えることを期待したい。

 

 

Sphero SPRK+のグループは、自分たちが設計したコースと相手チームが作ったコースを交換して、ゴールまでのタイムを競い合った。「グループの人と相談しながらできたことが楽しかった」と小学生。

 

 

Minecraftでは自分の作りたい家をめざして、ワークシート上に必要な素材や作業工程を可視化するなど計画的に進められるよう工夫されていた。このグループを担当した大学生は、「海外の学校でMinecraftが多く使われていると知って、自分たちも挑戦してみようと思った」と経緯を語る。

 

 

今回のプロジェクトのリーダーを務めた溝口さん。学生たちは教育実習と掛け持ちで、このワークショップの準備を進めたという。「自分たちも学ぶことが多く、価値ある取り組みになった」と手応えを語った。

 

 

Ozobotは最後、これまで学んだ動きを組み合わせて、上記写真のコースをクリアするプログラムに挑戦した。カーブの部分ではOzobotに搭載されたカラーセンサを活かすプログラムも考えた。

 

プログラミングワークショップの内容

(1)Ozobot(オゾボット)

このグループの大学生たちは、「左向きに90度回転させよう」「LEDを赤色に光らせよう」といったミッションを7つ用意し、小学生がステップアップで学べるよう工夫した。実際のプログラムは、「OzoBlockly」と呼ばれるオンライン上のプログラミングツールを用いて行うが、ブロックをつなぎ合わせてプログラムを組み立てるシンプルなデザインなので、小学生たちも理解が早い。その後、与えられたミッションをクリアした小学生たちは、これまで学んだ内容を活かして、大きなマップ上でOzobotを動かした。直進、ターン、停止、LEDの点灯など複数の動きを連続させて、ゴール地点をめざす。しかし、自分の思ったとおりに動かない子もいて、その度に大学生らは「何が間違っているのか部分的に考えよう」とアドバイス。うまくいかない原因を探るために、デコンポジションの考え方である、切り分けて物事を見る大切さを伝えた。

 

(2)Minecraft(マインクラフト)

Minecraftは、すべてが立方体のブロックで構成された仮想空間の中で、ものづくりが楽しめるゲームだ。ワークショップでは、プログラミングというよりはiPadのゲームアプリ「Minecraft PE」を使って、ゲームの中でデコンポジションの考え方を学ぶものだった。というのも、Minecraftは建造物や道具など、さまざまなものを作ることが可能だが、その過程において、自分の作りたいものを完成させるためには何が必要で、何をすべきかなど、“段取り”を考える場面が多い。こうしたMinecraftの特性と、切り分けて考えるデコンポジションの概念は親和性も高いのだ。ワークショップでは、「家をつくろう」をテーマに、自分が作りたい家をイメージしながら、素材を集めて、道具を作り、家を組み立てる作業に取り組んだ。参加した小学生からは、「切り分けて考えることで、作業も効率よく進められると感じた」と感想が聞かれた。

 

(3)Sphero SPRK+(スフィロスパーク+)

Sphero SPRK+のグループは、2つの班に分かれてチームでプログラミングに取り組んだ。前半はOzobotのグループと同様、ミッションが与えられ、Sphero SPRK+を動かす操作を学んだ。障害物を避けたり、色を変えるなど、iPad上でプログラミングを行いながら試行錯誤を繰り返す。後半はマス目の紙を使って、各チームが複雑なコースを作ったあと、今度はそれらを交換してゴールまでたどり着くプログラムを考案。両チームとも組み立てたプログラムがうまく動かず、何度もやり直す場面が見られたが、担当した大学生は、「何度も挑戦するように言わなくても、子どもたちが積極的にトライ&エラーをする姿が驚いた」とのこと。また小学生のほうは「切り分ける考え方を知って、“ここまで行けたら、次はここまでのプログラムを考えよう”という具合に進めることができた」と話した。漠然とトライ&エラーをするのではなく、明確な考えを持ってプログラミングに取り組めたようだ。

 

 

岐阜大学教育学部のココがすごい!

□学生自らiPadでプログラミングを短期間で学び、自分たちだけでプログラミング体験会を企画
□学生のうちからプログラミングに関する理解と指導経験を深める
□ツールにフォーカスせず、学ぶ目的は何なのかを子どもたちに明確にさせる