教育・医療・Biz iOS導入事例

生徒と教師の個性を尊重した“iPadはすべて自由に”のポリシー

文●神谷加代

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

生徒に対するタブレットやスマートフォンの利用に制限を設ける教育機関が多い中、自由なiPad利用を運用ポリシーに掲げたのが近畿大学附属高等学校だ。ゲームアプリのダウンロードもOK、検索も自由。同校には、学習目的にとどまらない“当たり前の自由”が解き放たれていた。

 

 

 

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Apple Distinguished Educator
乾 武司教諭

近畿大学附属高等学校教諭(理科・情報)・ICT教育推進室室長。高等学校・塾・予備校の講師を経て、2002年から同校に理科専任教員として勤務。電算室主任として、校務学籍管理システムの構築や、学内情報のデータベース化、ペーパレス化などICT教育環境のアウトラインデザインに取り組む。同校のiPadの導入の中心メンバー。2015年にADE認定。

 

 

古い価値観を捨てよ!

教育機関へのiPad導入に関わる関係者であれば、大阪府東大阪市にある近畿大学附属高等学校(以下、近大附属)の名前を知らない者はいないだろう。同校は2013年に1000台を超える大規模なiPad導入で1人1台を実施して以来、一気にIT先進校に躍り出た。

関係者を驚かせたのは、その規模感もさることながら、同校のiPad運用ポリシーだ。生徒によるアプリの自由なダウンロード、さまざまなWEBサイトへの自由なアクセス、クラウドを利用した学習環境など、近大附属は生徒のiPadに機能制限を設けず、自由な使い方を認める方針を掲げた。

そんな同校において、iPad導入・運用の陣頭指揮を執ったのが、ICT教育推進室室長・乾武司教諭だ。同教諭はその準備段階から深く関わるとともに、現在は、約4000台の端末が稼働する同校のiPad運用を統括している。

「このプロジェクトへ参加するときに、“導入するタブレットがiPadじゃなければやらない”と言いました。というのも、私自身の生活がiPadで大きく変わったのもあり、生徒の生活の質もiPadで向上させたいと思っていたからです。そのため、導入当初から学習目的だけのためにiPadを使うという発想はまったくなく、生徒が生活全般で自由に使ってこそ価値が出る道具だと考えていました」と乾教諭は当時を振り返る。

いつでもインターネットにつながる環境で、生徒も大人と同じ“便利”が手に入れば生活は変わる。加えて、10代の多感な時期に、あらゆる情報にアクセスできる手段を持つことも、自分の世界を広げるきっかけになる。乾教諭は「新しい道具を導入するのに、これまでと同じ価値観で使ってはいけないと思いました。勉強だけの道具にしたら、生徒はいずれ使わなくなる」と述べ、自由に使える環境の重要性を説得したというのだ。

もちろん、プロジェクトのメンバーには、乾教諭のこうした考え方に反対する者が多くいたという。生徒が何かトラブルを起こすかもしれないから機能制限を設ける、というのは、近大附属に限らず、今も当時も教育現場でよく聞く話だ。しかし、幸いにも当時の近大附属の管理職は、乾教諭の考え方を後押しした。

その後、こうした同校の取り組みは注目を集め、導入初年度に「日本イーラーニング(e−Learning)大賞」で文部科学大臣賞を受賞。続く2015年には「Apple Distinguished Program(ADP2014-2016)」に日本で初めて選ばれた。

「我々が特別なことをしたのではなく、iPadによって、これまで学校が抑えていた生徒の個性が出るようになったと考えています。iPadって手にした翌日から生徒の個性が出る道具なんですよ。それを自由に使わせず、先生の価値観で使うなんて、もったいない話です」

 

ADEを6名も輩出

近大附属の自由な環境は、生徒だけでなく、同校の教師にも大きな影響を与えた。最初はiPad導入に反対していた教師たちも、生徒の変化を実感するとiPadの活用を始めたという。また、生徒の自由度が高い環境は、教師の自由度をも高めた。反転授業やアクティブ・ラーニング、無料オンライン講座「iTunes U」の活用、オリジナル動画の作成、海外教材の活用など、クリエイティブな授業を行う教師が現れるようになった。

「iPad導入の初期は、教師も試行錯誤の連発で、決まった授業スタイルなんてありません。だから、新しいことをやる度にいちいち制限を解除したり、アクセスできないWEBサイトがあったりするは面倒です。その点、本校の場合は、教師が使いたいと思ったアプリや試したいことを、すぐに生徒に伝えてトライできる環境でした。その結果、教師もクリエイティブになり、多様な授業が生まれてきたと思います」

多くの教育機関が、“校内でICT活用が広がらない”という課題を抱える中、同校は着実にiPadの実践を重ね、これまでに6名のADEを輩出する教育機関へと進化した。

これについて乾教諭は、「教師の能力がiPadで伸びたというよりは、教師たちがやりやすい環境を保つよう努めた」と語る。というのも、そもそも近大附属はiPad導入前から、教科の指導に関して教師の持つ自由度が高かったという。そのため、授業でiPadを活用する際も、教師の自由度を奪わないことが重要だと乾教諭は考えた。

一方で、乾教諭はiPadの活用で頭角を現す教師たちを、どんどん外のイベントなどに連れ出し、ほかの教育機関の教師や企業関係者らと交流できるような場を作っている。教師対象のICT教育オープンイベント「SET KINDAI」を毎年開催するなど、教師のネットワークづくりにも力を注ぐ。

 

 

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近大附属では、生徒の自由な使い方を認めている。一方で、情報モラルを高める授業にも力を入れる。ちなみに、iPadの脱獄防止対策にはMDMを導入し、最低限の安全は担保している。

 

 

学校全体を変える動きへ

近大附属のiPad活用が実を結びつつある中で、乾教諭に大きなショックを与えた出来事がある。2015年にシンガポールで開催されたADEカンファレンス「ADE Academy APAC」だ。アジア太平洋地区で選ばれたADEが集結する同カンファレンスの席で、乾教諭は、「今まで自分たちがやってきたことは何だったのか」と痛感したというのだ。

「それまで、本校の取り組みは日本国内で先進的だと言われ、自分たちも自信を持って取り組んでいました。しかし、カンファレンスで他国の教師の発表を聞いて、これはヤバイ!と思いました。近大附属でやっていることなんて、世界ではまったく普通のことだったからです。日本は遅れすぎだと危機感を募らせまして、帰国後すぐに職員会議で話をしました」

生徒がiPadを自由に使えること、クラウドの学習ポータルでいつでもどこでも学習できる環境を構築したこと、ネットで自由に調べられること、これらは何ら先進的でもない。むしろ、学校として当たり前のことだ。生徒がいつでも知識にアクセスできるようになった今、世界の学校が重視していることは、正解がひとつとは限らない問題に対する課題解決力の育成。近大附属においても、同様の学習に取り組んでいかねば、時代が求める学校の価値が提供できなくなる。

それ以来、乾教諭は「学校でしかできないことは何か」「皆と一緒でなければできないことは何か」を問いかけるようになったという。その具体策のひとつとして、運動会や校外学習など、学校行事の運営を生徒にまかせるようにした。たとえば、入学希望者対象のオープンスクールは、これまで教師がすべてを仕切っていたが、2017年度はオープンスクールサポーターを生徒から募集した。その結果、200名もの生徒が応募し、企画から運営、会場設営などを生徒の手で実施した。

乾教諭は「学校行事を課題解決型学習にしてしまうことで、新たな学びの場を作れないかと考えました。生徒自身が自分たちの高校の良さをアピールすることは、教師が話すよりも好評でした」と語る。iPad活用を通して、生徒が変わり、教師が変わる中で、学校全体も変える動きへと発展しているのは、乾教諭がこだわった自由な環境に原点があると言っていいだろう。

「学校でiPadを使えば、生徒は必ず教師を超えていく。その先に広がる可能性を、教師が遮ることなんてできない」

 

 

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生徒が企画したオープンスクールの様子。「教師が話すよりも評判がよかったです」(乾教諭)。ほかにも文化祭や校外学習なども生徒が企画・運営し、学校行事が課題解決学習の場になりつつある。

 

 

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近大附属が主催する教師対象のICT教育オープンイベント「SET KINDAI」の様子。全国から集まった教師が教育とテクノロジーについて語り合う。教師ネットワークのハブ的な存在になっている。

 

 

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近大附属の「iTunes U」のページ。同校では、学校生活の連絡や情報共有をクラウド型学習ポータル「CYBER CAMPUS」(株式会社エヌ・ティー・エス)で行い、教材は「iTunes U」に収録することが多い。

 

 

乾武司教諭のココがすごい!

□iPadに機能制限を設けず、生徒の自由な使い方を認めている。
□教師がチャレンジしやすい環境をつくり、6名のADEを輩出している。
□正解がひとつではない問題に対する課題解決能力を育てている。

 

Apple Distinguished Educator(ADE)…Appleが認定する教育分野のイノベーター。世界45カ国で2000人以上のADEが、 Appleのテクノロジーを活用しながら教育現場の最前線で活躍している。



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