ライフネット生命保険創業者が語る「働き方改革」の本質とは|MacFan

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モバイルテクノロジーは人を自由にするのか?

ライフネット生命保険創業者が語る「働き方改革」の本質とは

文●栗原亮写真●長屋和茂

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還暦ベンチャー起業で著名な出口治明さんは、近年話題になっている「働き方改革」をどう見ているのか。iOSデバイスなどモバイルテクノロジーを駆使しした事業を展開する畑中洋亮さんがその本質について鋭く切り込んだ。

 

 

出口治明(写真右)

ライフネット生命保険創業者。1948年三重県生まれ。京都大学法学部卒業後、日本生命保険相互会社に入社。2005年退社後に起業を決意し、戦後初となる独立系生命保険会社ライフネット生命保険を設立。

畑中洋亮(写真左)

東京大学医科学研究所での遺伝子医学を研究後、Apple JapanでiPhone日本法人市場開拓を担当。2010年末から、「CLOMO MDM」などを提供する福岡のアイキューブドシステムズへ転籍。現在は、同社取締役。ICTで医療を変革するため東京慈恵医科大学の博士課程で研究も進めている。

 

 

スマートフォン×生命保険

畑中●出口さんは2006年にライフネット生命を創業し、生命保険業の免許を取得した2008年にはモバイルサイトを開設、その翌年には日本初のモバイル生命保険申込サービスを開始したことで知られています。創業初期からスマートフォンに注目されていた理由についてお聞かせください。

出口●細かい創業の経緯については本(『直球勝負の会社−日本初! ベンチャー生保の起業物語』、ダイヤモンド社)にまとめていますので参考にしていただきたいのですが、当時老骨に鞭打って考えていたことは「生命保険とは何か」ということです。その原資は皆さんの所得から出してもらったお金です。ところが、本当の意味で保険が必要な若い世帯は所得に余裕がないのが現実です。そこで、保険料を半分にして、安心して赤ちゃんを産んでほしいと思ったのが創業のきっかけでした。そのためにインターネットを活用するしかないというのはありましたが、時期的にまだスマートフォンはありませんでした。シンプルな話で、ネットを使った保険の販売というのは「缶ビール」のビジネスモデルなんです。居酒屋でビールを出すのであれば店舗の固定費や人件費が価格に乗ってきますが、缶ビールを家で飲めば電気代くらいしか乗りません。

畑中●まずはインターネット、それからスマートフォンへの可能性に目を向けられたわけですね。

出口●スマートフォンが出始めた頃は、コマーシャルを見てくれた人が資料請求のために使うだろうと思ってモバイルサイトを作っていましたが、これでそのまま保険を買う人がいるとまでは考えていませんでした。購入するのはパソコン経由だろうという思い込みがあったんですね。ところが、スマートフォンの画面でそのまま契約したいというお客様が増えてきて、現在ではパソコンとスマートフォンの申し込み比率はほぼ半々です。僕自身もスマホでグーグル検索もツイッターもなんでもやりますが、不器用なので自宅ではついついパソコンを使ってしまいます。でも、若い人はすべてスマートフォンで用が足りるのですよね。こうした経験もあって、スマートフォンの可能性は大きいと考えています。

畑中●収入に余裕のある高齢者よりも若い人たちの視点で考えてらっしゃるんですね。

出口●「人間は動物である」というのが僕の基本的な認識で、その原点に立ち返れば、お金は次の世代のために使うものです。当初、僕自身が死んだときに遺そうと思っていた金額は大したことはありませんでした。もしそうなったときにパートナーが働くかどうかは自由ですが、世界的に見ればパートナーに先立たれた人は自発的に働き出すという傾向があるようです。収入を補うという意味もありますが、人間は社会との接点を持つことによって心身のバランスを取るということではないのでしょうか。いくらお金を持っていても社会性を無視しては生きていくのが難しいのです。働きたくない人をこき使ってはいけませんが、働くことは本来楽しいものです。いくつになっても社会の中でできることを考えていくのが本当の意味で「ヒューマン」なのではないでしょうか。

 

“脳の仕組みに合わせて働き方を変えれば、皆ハッピーになれます”

 

 

家でもスマホの電源を切る

畑中●日本人の働き方にもつながるお話ですが、昨今「働き方改革」の文脈で、残業禁止や生産性向上の話が頻出します。私は2010年末からモバイルセキュリティのソフトウェア事業を起ち上げ、これまで企業のスマホ活用やモバイルワークを広める活動を行ってきました。企業が監査目的にたくさんのログを取るわけですが、これを労務管理に使うという流れが出てきました。モバイルの技術を使うことで働き方を広げることができるのであれば、制限することもできるという発想ですね。

出口●技術的にできるということが重要です。上手に使えば法律やガイドラインを使わなくても仕事を抑制できますね。オフィスであれば物理的に残業を減らすには、会社中の電源を落とすことが一番です。朝早く来ることを禁止するのも電源を入れなければいいわけで、8時から19時にしかオフィスで仕事できないようにすればいいんです。

そうすると家に仕事を持ち帰る人が増えるという人もいるけれど、アメリカの研究では仕事を家に持って帰るのは最初のうちで、次第にそういうことはなくなるとされています。なぜなら、家にはパートナーや子どもなどがいるので「何で家で仕事なんてやってるの」と言われてしまうのですね。残業を禁止すると、一定のタイムラグで仕事の持ち帰りもゼロに近づいていきます。では、家で働かないで何をするのかといえば、家事育児介護をシェアすればいいのです。一人暮らしの方もいるでしょうから、仕事用のスマホとかタブレットを家に持って帰ると、起動して1時間とかで自動的に電源が落ちるようにしてしまえば、インターバル規制も残業規制もできるようになりますね(笑)。

畑中●長時間働くのをやめるだけでなく、休息を入れることも必要だと。

出口●僕たちもスタートアップだったので最初の数年は夜も週末もなく働いていましたが、今では残業を抑制するルールや休暇の制度などが整いました。人間には休息が必要だという実例は、東日本震災のときの原発事故のテレビで多くの人が目にしましたよね。東電の本社と福島、柏崎との間で行われたテレビ会議の様子をNHKが解析した番組がありましたが、あれを見ると日本でももっとも優秀なエリートたちが知恵を一所懸命絞っているんだけれど、時間が経つとだんだん各部署のリーダーの能力が落ちていくのがわかります。同じ質問を聞き返したり、語彙が貧弱になったり判断のミスが起こるわけです。これは人間の脳の構造が長時間の集中に耐えられないことを意味しています。グーグルは仕事の20%を仕事以外のことに費やすようにしていますが、大脳の仕組みをよく理解した制度だと思いますね。

 

 

生命保険業界は年間売り上げが40兆円にもなる大きな市場だが、保険商品が複雑でわかりにくく比較検討しにくいなどの問題があった。この課題を解決するために出口治明さんが、現代表取締役社長の岩瀬大輔さんと起業したのがライフネット生命保険だ。

 

 

定年も年功序列もいらない

畑中●一方で、働く時間の制約が厳しくなると、時間あたりの「生産性」が問題になってくると思います。よく日本人の生産性が低いと言われる理由や改善方法について、お考えを聞かせていただけませんか。

出口●生産性の大元は評価制度とか人事制度に関わる問題です。たとえばあなたが50代半ばだとして、60歳で定年と言われたらやる気が出ますか? 給料が今と変わらないのであれば残りの期間はそのまま流そうと思うのが自然なはずです。ここで頑張ろうという気を出してもらうには、成果を上げれば給与が上がる仕組みに変えなければならない。

畑中●アップルも年齢では差別してはいけない制度を採用していますね。

出口●グーグルのような大企業でも、人事部のデータには年代や性別は保管されていないと聞いています。名前のほかはキャリアと、その人が何をしていて、何をしたいのかということさえわかっていれば人事管理は成立するのです。面白い話では、ニューヨーク交響楽団では団員の採用にブラインド(目隠し)オーディションを行うのだそうです。というのも、対面で採用すると若い白人男性が増えてしまいがちなのですが、これを見えないようにして演奏や質疑応答だけで審査すると、選ぶほうも真剣になるうえに結果的にダイバーシティが大幅に進んだというのです。人は見た目の好き嫌いで判断してしまいがちですが、組織の能力を高めたいのであればそれでは不十分ですね。

また、評価制度についてですが、簡単にいえば「業績比例」「360度評価」でいいのです。部長などの役職であれば基本ラインを定めて、それ以上給料が欲しければ頑張ればいいという仕組みがあればどうでしょう。頑張る必要がないと思っている人はそのまま放っておけばいいのです。定年も給与の年功序列もなくしてしまって、働いた人がその時間ではなく働いた成果の分だけもらえる制度を前提にすればね。そのためには同一労働同一賃金で制度を根本から組み直す必要が生じますが。

畑中●同じ組織内で若者と高齢者が対等に給料を取り合うような形でしょうか?

出口●給与の財源は売り上げとか利益ですから、100人の会社の売り上げが伸びたら総給与の財源が増えるわけですから、100人で議論して分けてもいい。そうすると一番フェアな方法は、たくさん売り上げて生産性を上げた人の給与を上げてあげればいいのです。そして来期にまた上げ下げすればいい。部長になったら給与を下げられないとか不可逆的に考えてしまうのが問題で、たとえばサイバーエージェントのように、執行役員はトレーニングを兼ねて1年で順番に交代するといったような制度を導入すればいいのです。

社内の役職というものはファンクション(機能)なので、物事をまとめるのがうまい人が就けばいい。野球で言えばサードとファーストのポジションを交代するように、役職の移動はもっと緩やかに考えたほうがいいでしょうね。高校野球だと昔はエースが4番でキャプテンを務めていましたが、最近は補欠がキャプテンというチームも増えてきました。なぜならチームをまとめる能力がある人が豪速球投手やスラッガーとは限らないからです。プレイヤーとして優秀な人よりも、まとめるのがうまい人をキャプテンにしたほうがチームが競争に勝ち上がる可能性が高いのです。会社も同じで、給与体系も半分を役職、半分を成果に応じた1年限りの年俸制としておいて、社長より高い給与をもらう社員が出たっていいわけです。そうした思想に基づけばポジションを外されたから「落ちる」とかダメと考えるのではなく、役職とその人の評価軸を分ければ会社全体としてはうまくいくのです。

畑中●アメリカには社員全員を同じ給与としてステークホルダーとしての意識を持ってもらうという取り組みもあるようです。

出口●業種や業態によってはあえて業績評価をしないという考え方もあるでしょうね。いろんなパターンがあるので、競争の中でリーダーがうまくいく方法を考えながら、ラン&テストを繰り返していくしかありません。経営に正解はなくて、生き残って皆ハッピーになったら正しい経営であったと評価されるだけです。逆にどんなに正しいことをしても、給与が下がるのはダメな経営です。

畑中●「売上と利益は、万物の薬」だなと思っていて、社員の士気にも大きく影響しますね。

出口●「衣食足りて礼節を知る」と2600年以上前に管仲が言っていますが、生活が安心できて初めてもっと頑張ろうと思うわけです。多くの人は頑張りが認められて褒められることを給与の額で見える化すれば意欲が上がります。全体の売り上げと連動して給与が上がれば社員は腹落ちしやすくなります。

 

“コミュニケーションやライフログから健康寿命やリスクを計算し、より良く生きる仕掛けが増えていきます”

 

 

AIは自動車と同じこと

畑中●テクノロジーと人間の関係についてもお伺いします。今、私が学生として所属する慈恵医大では、企業とスマートフォンで医療保険を開発していまして、ライフログなどの活動量を取って、健康寿命とリスクを計算するという動きがこれから出てくると思います。こうした動きについてはどう思われますか。

出口●保険というのは基本的に免許事業で、「大数の法則」に基づいた確率の話で動いています。こういうデータをベースにするとこの程度の保険料でバランスするということを、数学に強い金融庁の担当官が納得できるレベルで示さなければならない。とてもテクニカルな業界ですね。

畑中●iPhoneなどはもともとインターネットコミュニケーターのデバイスとして登場して、だんだんライフログも取れるようになったので、そうしたデータを集めて応用しやすくなりますね。

出口●勤務管理や活動管理にも使えます。すでにどこに誰がいるとか僕のスケジュールもすべて入ってます。

畑中●ここで話されている音声も常に「聞いて」いますからね。個別に分析しないようにしているだけで、ほぼすべての生活情報を彼らは押さえているんですね。

出口●秘密のデートをするときはiPhoneを持っていてはいけませんね(笑)。それは冗談として、便利になればなるほどスマホ以上にその人に接しているものはほかになくなるわけです。どういうことかというと、たとえば一緒に暮らす家族であっても、仕事のときは離れています。すると、24時間の活動で一番近しい存在がスマホになるわけです。このスマホはその人の購買活動だけじゃなくて行動形態も含めて、どんな活動しているか全部見ているので、ある意味では「ビッグブラザー」みたいな怖い話もあり得るわけですが、悪用を恐れていても仕方がないと考えています。リスクがあるのは自動車も同じで、できるだけ人間らしいことや本当にやりたいことのために上手に使いこなせばいいだけの話です。AI(人工知能)も基本的に自動車と同じだと思っています。脅威にもなるが便利にもなる。

畑中●20世紀初頭に自動車のような新しいテクノロジーが出始めたとき、皆が恐れていたのと同じであると。

出口●AIが人間の能力を超えるこを恐れることはないんです。ウサイン・ボルトより自動車のほうが速いというだけの話ですよ。ボルトは自動車と競争しようとは思わないし、そんなこと誰も見たいとは思いません。それがITやAIと人間の関係なので、本質はものすごい高速な計算機をどう上手に使っていくかという話です。だから我々がしなければならないことは、AIよりも人間の生きた脳の勉強をすることです。

畑中●脳ですか?

出口●なぜなら脳を知るということは人間を知るということにつながるからです。AIという超高速計算機は意思決定や創造性を生み出す脳をよりよく知るために使う必要があるでしょうね。

畑中●実は先日、高次脳機能障害学会に参加してきたのですが、障害を負った脳機能の一部をITに代替させたいという動きがとても盛んでした。認知とか読むとか発信することをITで補おうという動きです。いきなりすべての脳の正常な動きを解明するというよりは、こうした代替的な部分からテクノロジーが人間に寄っていくように感じました。

出口●そうでしょうね。自動運転の分野もそうで、歩けない人が使う電気車椅子も今は手で制御してますが、音声や脳波で曲がったり止まれるようになると思います。すると、歩行障害の人にとっても社会は住みやすくなります。脳も人間の臓器なので、そこをうまく補うよう設計していけるといいですね。

畑中●そういうところからテクノロジーを人に優しい社会装置にしていけばいいのかなと思っていて、たとえば視力の落ちた高齢者の人たちが自動運転を利用するようになっていくのではないかと。

出口●まさにAIとかITも最終的には自動車であり、電気車椅子であり、人間を補助するものなのだと思います。

畑中●スティーブ・ジョブズがコンピュータを自転車になぞらえた話にもつながりますね。

 

 

「働き方改革」「健康経営」をサポートする文教・エンタープライズ向けMDMサービス「CLOMO MDM」などを展開するアイキューブドシステムズでは、新たに「ワーク・スマート」機能を実装、管理者が設定した業務終了時間に応じて、従業員や端末が「業務時間外モード」になり電話機能のみがアクティブな状態になる。仕組みとして確実に休息・余暇を確保することを可能にした。

 

 

1日2時間×3コマ

畑中●ライフネット生命では生産性を高めるための工夫を制度として取り入れていますか?

出口●ライフネット生命はベンチャーでまだやるべきことはたくさんあるのですが、労働時間が不必要に延びないように残業は許可なしにはできないようにしています。それというのも、上司の一番大事な仕事は「部下の能力を見て仕事を割り振ること」だからです。

損保ジャパンの櫻田謙悟さんが若い頃にマニラのアジア開発銀行に勤務していたときの話ですが、毎日夜8時過ぎまで仕事に打ち込んでいたらインド人の上司に叱られたのだそうです。その理由は「定時までに帰れるように仕事を振るのが上司である私の仕事。8時までかかる仕事は付与していない」のだというのです。

畑中●雇用契約もそうなってるはずですし、管理能力が疑われてしまうということですね。

出口●そもそも休まなければ知恵は出ませんし、人間の集中力は1日に2時間×3コマ程度しか持たないのは証明済みです。少なくとも頭脳労働に関していえば、この「2時間の枠」という人間の能力の限界を見極めて制度を作らなくてはいけません。世界最大のモンゴル帝国を築いた皇帝クビライ・カアンは10人までしか部下を見ず、 10人隊長、100人隊長、1000人隊長として組織を構築していきました。人間の脳の限界を知っているという意味では彼らのほうが優れた経営感覚を持っていたのかもしれません。

ほかにも有給休暇だけだとなかなか消化しないので、3年勤務で別途10日のリフレッシュ休暇を与えています。土日も利用すれば2週間丸々休める計算ですね。その期間は旅に出ようと本を読もうとまったく自由ですが、何も言わなくてもみんな気持ちを入れ替えて仕事に戻ってきます。人間らしい生活をするためにはこうした休暇の制度を取り入れていくのも必須ではないでしょうか。