教育・医療・Biz iOS導入事例

硬直化する医療ビジネスを「白衣」が軽やかに飛び越える

文●朽木誠一郎

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

白衣の市場に新規参入し、約10年に渡り右肩上がりの成長を続ける会社がある。既存メーカーの独占に近い医療業界で、どのようにシェアを広げてきたのか。停滞し、イノベーションを起こしにくくなった領域で、それでも新しいプロダクトを生み出す方法に迫る。

 

世界初のスマホ対応白衣

iPhoneユーザにとって、もっとも嫌悪する瞬間の1つは、それが画面から床に叩きつけられた音を聞くときだろう。保護フィルムを貼ろうと、取り扱いに細心の注意を払おうと、落とすときは落とすし、割れるときは割れる。そのデザインの完成度の高さゆえ、1つのキズでもユーザが頭を抱えかねないというのは、ある意味ではアップル製品の弱点でもある。特に、医療現場などのヘビーユースが予想される業界においては。

いまだPHS主体の医療現場に今後iPhoneが導入されれば、いずれ顕在化するであろうこの問題に取り組む企業が、クラシコ株式会社だ。2008年に白衣の製造・販売を開始し、顧客は現在全国に3万人ほど。今では高級白衣ブランドとしてその認知を広げている。

同社は、医療現場へのiPhoneの導入の先進事例である東京慈恵会医科大学と共同で、世界初の「スマホが落ちない白衣(以下、スマホ白衣)」を開発。現在、この白衣は同大学だけでなく、全国に愛用者が増えているという。

しかし、白衣は医療従事者の間では消耗品と認識されており、他メーカーは単価も低い。その中で、着実にシェアを拡大している同社は、なぜ白衣を作り続けるのか。「スマホ白衣」の開発秘話とあわせて、代表の大和新氏に話を聞いた。

スマホを落とした経験のある医療従事者は、同社が2016年11月に実施したアンケート調査によれば、なんと80%以上にもなるという。一方、医療現場でのスマホ利用に好意的である医療従事者は85%以上。「スマホ白衣」に需要があることは明らかだ。だが、それはそう簡単に実現できる仕様ではない。

白衣にスマホを入れるなら、必然的に胸ポケットになる。胴回りのポケットには、医療器具やペン、メモ帳、紙のマニュアル本などが雑多に突っ込まれるため、スマホを入れることに向いていない。また、1分1秒を争う医療現場においては、バイブレーションに気がつきにくいこともネックになる。

しかし、もしジャケットならと考えればわかるように、胸ポケットからはスマホが落ちやすい。慈恵会医科大学でも、かなりの医療従事者がiPhoneを落とし、iPhoneが割れてしまっていた。

「そこで僕たちは検証を重ね、メンズは24・7度、レディースは14・3度という、落ちにくく取り出しやすいポケットの角度を割り出しました」

また、屈んでも滑りにくい特殊な素材をポケットの入り口に貼り付けた。白衣は病院のシーツなどと一緒にリネンクリーニングに出されることが多いため、普通のゴム素材では、クリーニング時に発生する80度以上の熱に耐えられない。そこで、耐熱性のある独自素材をこの白衣のポケットに用いた。

開発にかかった期間は約10カ月ほど。大和氏によれば、同社のほかの製品と比較しても、これは「かなり長いほう」だ。注力の甲斐があり、初回生産分は完売。大和氏は「2017年1月の発売から現在までの販売数は1000着以上。自社の白衣で新商品を出した場合と比較すると、4~5倍の売れ行き」という。

 

 

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「医師が本当に欲しい白衣」を徹底的に追求するために、素材から自社開発しているクラシコ株式会社。テーラード技術を取り入れた、機能性とデザイン性の高い白衣が特徴。

 

 

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2008年3月にクラシコを創業した代表取締役の大和新(おおわ あらた)氏。白衣だけでなく、メディカル関連の新商品開発に取り組む。

 

 

フィットするのに動きやすい

同社がスマートデバイス対応を試みたのは、これが初めてではない。たとえば、iPadが発売され、患者への説明や研修医への教育などで、スマートデバイスの導入が医療業界で一気に進むのでは、と目された時期がある。このときは、「iPadがそのまま入るポケット」を搭載した白衣を開発している。

しかし、当連載でも紹介しているように、スマートデバイスはいまだに医療業界に普及していない。「思ったほど来なかった」iPadが白衣に入ることにはメリットがないと判断し、現在は一定の需要があるiPadミニが入るサイズを採用、スマホ白衣の胴回りにも搭載した。

白衣を着用するユーザのニーズを常に汲み取り、製品を開発している大和氏だが、もともと医療ビジネスに関心があったわけではない。「白衣にカッコ良い、悪いがあることすらわからなかった」という同氏が白衣を作るきっかけになったのが、友人の医師の一言だったという。

「その友人はおしゃれで、着る服にもこだわりがある。彼が話すには、“病院から支給されるペラペラの白衣では、モチベーションが下がる”と。それを聞いて、あちこちの医師の方にアンケートをしてみたら、“本当に質の高い白衣があれば、何倍でも払う”という回答が多数寄せられるほど、皆さんに白衣の悩みがあるとわかったのです」

他職種よりも高収入のイメージがある医師だが、白衣に使う金額は5000~6000円ほど。最も安いクラシコのモデルでも、その3~4倍はする。しかし、創業当初からオーダーは絶えず、業績は現在まで右肩上がりのままだ。

同社のベーシックな白衣は、綿65%、ポリエステル35%で作られている。しかし、生地を独自開発しているため、他社の一般的な白衣とは、質感がまったく異なる。また、高級テーラーで学んだ同社デザイナーである大豆生田(おおまめうだ)伸夫氏の技術により、フィットしているのに動きやすい、洗練されたシルエットを実現している。

 

 

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こちらが「スマホ白衣」のポイントとなるスマホ用ポケット。「落ちない最適角度」と「落ちない特殊生地」がスマートフォンの落下を防ぐ。

 

 

停滞した市場でのイノベーション

同社は2016年から、聴診器「ユースコープ(U scope)」の製造・販売も開始した。しかし、聴診器というのは、業界トップの企業がシェアの9割を占める特殊な市場でもある。「このことが市場を停滞させ、イノベーションが生まれにくくなっている」と大和氏は指摘する。そのため、聴診器の機能は、長らくアップデートされていなかった。

一方、ユースコープは、長時間の使用で「耳が痛くなる」という医師の声を受け、グリップ力はそのままに、耳に入るパーツの圧力を大幅に軽減。また、首にかけるパーツは人間工学に基いた構造だ。

ここまで見てきたように、白衣も聴診器も、医療業界ゆえのとっつきにくさから、イノベーションが遅れた市場であることは事実だろう。このような市場でイチからモノを作り、売るというのは、とてもハードルが高いようにも思われる。それを大和氏はどう乗り越えてきたのか。

「医療業界の流通というのは、やはりとても古いんです。昔からある代理店が間に入り、硬直化している。それを突破できたのは、いわゆる業界の慣習に、正面から取り合わなかったからだと思います。僕たちは質の高い製品を作り、それをインターネットで直接、顧客に販売しただけ。ほかの業界と何ら変わりません」

イノベーションが生まれていないのは、白衣や聴診器ばかりではないはずだ。そこで、クラシコが次に変えるものは何かと質問すると、意外な答えが返ってきた。

「聴診器でイノベーションを起こすのに、3年半かかりました。このままではすべて変えるのに、100年くらいかかってしまいます」

これまで独自開発にこだわってきた同社だが、4月10日に「ドコレ(Docolle)」というECサイトをオープン。セレクトショップとして、同社のバイヤーが「ドクターの半径3メートルを心地よくする」というコンセプトに沿ったアイテムを提供している。「そうやって発見した需要を、また次の製品開発に活かすこともできる」と大和氏は語る。

従来の流通経路を辿ろうとするから行き詰まるのであり、最初からそれを前提としない顧客への届け方を見つければいい―大和氏の主張はなんとも軽やかだ。しかし、これは自社製品に自信と、それを担保する品質がなければ、実現不可能なことでもある。

「弊社では、創業当初から、製品にご満足いただけなければ、30日間は無料で返品可能というサービスを実施しています。それができるくらい、品質には一貫して、絶対の自信があるんです」

大和氏も「市場規模でいえば、白衣も聴診器も大したことはない」と認める。同氏が見つけたビジネスチャンスとは、白衣を着る医療従事者の悩みそのものだ。

「課題があれば、それに合わせて、適正な品質のものを作る。そうすれば、結果的に利益が出るものです」

一番大事にするべきは、ユーザであること。それは、医療という特殊な業界・市場であっても変わらない。白衣のまっさらな白は、忘れがちなビジネスの本質を、思い出させてくれるようだった。

 

 

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編集長を置き、選りすぐりの上質なプロダクトだけを取りそろえる自社ECサイト「ドコレ」。ラインアップはシャツやパンツ、靴、カバンなどだ。【URL】https://docolle.com

 

 

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右がクラシコの白衣、左が比較用の一般的な白衣。左の白衣はペラペラの質感で、右の白衣とは見た目からして大きな差がある。

 

 

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高級感のある「ユースコープ」は、シングルベルタイプ・ダブルベルタイプをそれぞれシルバー・ブラック・ゴールドの3色で展開。価格は3万4000~4万8000円(税別)。製品の箱はどことなくアップルのそれを思わせる。大和氏も「意識しています」と笑う。

 

 

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「スマートデバイスコート(スマホ白衣)」は、アカデミック版(左)が1万5000円(税別)、プロ版(右)が2万5000円(税別)。プロ版は男女別のシルエットで、アカデミック版には衿裏に防汚加工が施されている。



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