「iPadのある日常」が子どもたちの気づきを促す|MacFan

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「iPadのある日常」が子どもたちの気づきを促す

文●松村太郎

Apple的目線で読み解く。教育の現場におけるアップル製品の導入事例をレポート。

関西大学初等部の授業は、まさに驚きの連続だ。あらゆる教科でiPadを活用しながら、子どもたちの問題解決能力とICTリテラシーを自然に育んでいる。日本の教育の未来を目指した授業とiPadの関係に、学校でのICT導入の最適解を見た。

 

iPadに疑いはない

大阪・高槻にある関西大学初等部は、同大学までの一貫教育の出発点となる学び舎だ。そこで行われている授業を見学すると、「驚きの連続」という陳腐な言葉しか浮かばないほど余裕がなくなる。1年生の教室でも、ベン図や分析表など6種類の思考法のプリントが置かれており、4年生にもなれば自分でツールを選び、それらを組み合わせて考える能力が備わるというから、コンサル顔負けだ。

同校には共用のiPadとiPadミニが導入されているが、5年生になる際、1人1台のiPadを個人所有してあらゆる教科の学習に活用し始める。面白いことに、前述の思考ツールを用いて、子どもたち自身で「iPadの学習におけるメリット」を親に説明し、説得するという。こうした教育は、自然と子どもたちの問題解決能力を養っていく。

関西大学初等部は、そのICT活用においても、この問題解決能力のように自然な形で進めていくことを目指している。まるで“文房具”のようにiPadが学びのそばにあること。しかし、情報科の授業時間が確保されていない小学校において、あらゆる教科でiPadを自然に活用することは、使い方を教えるよりもはるかに難しい目標だ。

そんな同校のICT教育を担当する堀力斗氏は、関西大学ミューズキャンパスの初・中・高のICT教育戦略を俯瞰する立場でもある。大学進学前に、高校3年生で卒業論文を執筆することを見据え、長期的なビジョンの中で小学校のうちに養っておくべき思考力・ICT能力を見定めてカリキュラムを作成している。

堀氏は、同校のiPadを活用したICT導入も、ある部分ではこれまで見直しの必要がなかったと振り返る。それはiPadのタフさによるものだ。

「学校として導入するデジタルデバイスは、児童向けは3年、教員向けは4年での更新を前提にしています。しかしこれまで、学校所有のiPadが壊れて使えなくなったことはありませんでした。限られた予算の中で、この損耗率の低さは非常に助かります。また使用時のトラブルも少なく、それは授業時間を確実に学習に充てられる前提にもなっています」

iPadにはそれ以外にも、児童たちのクリエイティブ能力を引き出すメリットがある。

「アプリも直感的に利用でき、創意工夫を起こしやすいため、教員はむしろ、子どもたちの創造性を阻害しないように注意を払うほどです。クラスで何か課題を解決する際にも、子どもたちはお互いにスキルを補いながら乗り越えていきます。そうした共同作業を引き出せるよう、課題の作り方には工夫をしています」

見学した理科の実験でも、撮影したビデオをエアドロップ(AirDrop)で共有して1つのキーノート(Keynote)にまとめるという作業を行っていた。しかし、ネットワークの問題でビデオを思うように送受信できない場面もあった。活発なコラボレーションを支えるために、環境面のさらなる整備が必要だと感じているという。

 

 

設立7年目にして、アップル・ディスティングイッシュド・スクール(Apple Distinguished Schools、アップル製品を使って先進的な教育を行う学校)に認定された関西大学初等部。理科の実験では、金属の熱伝導についてビデオを撮り、スライドにまとめる実習を行っていた。子どもたちは複数のiPadで撮影されたビデオの共有に、当たり前のようにエアドロップを活用している。

 

 

あらゆる教科でiPadを活用

小学校1年生の算数「たしざん」の単元では、ナンバーズ(Numbers)を教材にして授業を行っていた。子どもたちのナンバーズには、足し算で数字を作るビンゴゲームのシートが用意されており、限られた数字を用いて足し算を行いながらビンゴを作っていく。

このオリジナルの教材は、算数を担当する教員が用意したものだ。児童の創意工夫を邪魔しないだけでなく、教員自身もクリエイティブにICTを使いこなしている姿が垣間見られた。

「ICT活用といっても、教員によって得手不得手があります。そこで、得意な教員が自ら実践し検証して、良いと思ったものを研修会で共有するようにしています。そうした事例を見て、教員たちが『自分の授業でも使ってみよう!』となる瞬間を拡げているのです。重要なことは、子どもたちにこんな力をつけさせたいという思いをツールとマッチングさせていくことです」

そんな堀氏が教壇に立ったのは、4年生向けのスウィフト・プレイグラウンズ(Swift Playgrounds)の授業だった。プログラミング言語スウィフト(Swift)を学ぶためのこのアプリは3月21日に日本語化が発表されたばかりだが、同校ではそれを使ってプログラミングの授業を行っている。

見学したのは「func」(function、関数)の授業だったが、初めはダンスからスタートした。体育祭で踊ったそのダンスは、それまで学んできた「コマンド」(命令)、「シーケンス」(複数のコマンドの連続)の復習であるとともに、その日学ぶ関数への伏線となっていた。

ダンスの振り付けを覚えるときに、覚えやすいように動きをイメージする名前や擬音をつける。実はこれは、プログラミングの関数の考え方そのものだ。しかし堀氏はここで答えを言わず、次の例へと進む。

ブロックでネックレスを作り、それをiPadで撮影して、自分で自由に名前をつける。そうして名前をつけたブロックは、すぐに崩して片づけてしまうが、その名前を言えば再びそのネックレスを作れる。ブロックはコマンド、それを並べることがシーケンス、それらのまとまりに名前をつけたものが関数…。こうしてまた、プログラミングの概念が実例に落とし込まれていく。

これらの“遊び”をやったあとで、初めてスウィフト・プレイグラウンズでの関数セクションに挑戦する。一番つまずきやすいプログラミングの概念を理解した子どもたちは、スイスイとステージをクリアしていった。

気づきが学びにつながる

スウィフト・プレイグラウンズでは、自分で作った関数の名前もコマンド入力の候補に現れる。それに気づいた子どもからは「おお!」と声が上がった。堀氏が大切にしたいのは、こうして子どもたちが気づく瞬間だという。

日本語化されたのは、スウィフト・プレイグラウンズの教材だけでなく、教師向けのガイドも含まれる。このガイドには、前述のネックレスの話など、子どもたちがプログラミングを学ぶうえでつまずきやすい概念的な話を伝えるヒントが散りばめられている。

「子どもの気づきは本当に鋭いです。普段の生活を例にしながら解説すると、お互いに声をかけ、あるいはツッコミ合いながら、教師が思っているよりもずっと多くのことに気づいてくれます。これは本学だからできることではなく、あらゆる学校でできることではないでしょうか」

子どもたちも教師も、クリエイティブな発想で試行錯誤し、最適な答えを見つけていく。iPadを文房具として使う関西大学初等部の授業には、活き活きと学校の学びが発展していく姿を見出すことができた。

 

 

スウィフト・プレイグラウンズの授業を教える堀力斗氏(上)。プログラミングの概念「関数」を学校生活から理解してもらうため、ダンスやネックレスの例を用いていた。ブロックで作ったネックレスに名前をつける、という作業を通じて、関数には自由に名前をつけられて、あとから呼び出せるという仕組みを、子どもたちは感覚的に学んでいく(下)。

 

 

小学校1年生の算数「たしざん」の演習は、ナンバーズで作られたビンゴゲームを使って行われる。足し算の基本を学ぶだけでなく、ビンゴゲームで作れない「マスの形」に着目した子どももいた。

 

 

印象的だったのは、早く終わった子どもが友だちに教えるという、教え合いの光景だった。iPadは自然と、子どもたち同士で学び合うシーンを演出しているという。