iPadは接客と技術を高める美容師の新しい武器|MacFan

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iPadは接客と技術を高める美容師の新しい武器

文●牧野武文

大手美容室ピーク・ア・ブーでは、iPadを導入することで顧客満足度を上げることに成功している。仕上がりイメージを撮影し、電子カルテに保存することで、顧客の要望を引き出せるようになったからだ。iPadは顧客とのコミュニケーションを密にし、接客と施術の技術を高める美容師の新しい道具である。

激化する美容室の競争

美容業は、現在の日本の縮図だ。厚生労働省が行った調査によると、美容室の数は年々増加し、約22・4万施設(平成22年度「生活衛生関係営業経営実態調査」)に達している。しかし、その一方で国内人口は減少しており、単純計算で1店舗あたりの見込み客は480人でしかない。しかも、毎年約1.1万施設が新規出店し、8000施設が廃業、移転するという新陳代謝が激しい業界である。

加えて、半径200メートル以内に同業店舗があるかどうかの問いには、30・8%が「3~4店舗」と答えており、以下「1~2店」(29・6%)、「5~9店」(16・3%)と続く。簡単にいえば、顧客の取り合いが激化しており、どの美容室も「新規顧客の優良顧客化」が大きなテーマとなっている。つまり、現在の美容業においては、一見さんのお客のハートをしっかりとつかみ、リピーターになってもらえるかどうかが経営を大きく左右するのだ。

 

 

東京都中央区銀座二丁目にある中央通り店のエントランス。銀座中央通りという第一級の立地にあり、価格は平均で1万4000~5000円だ。

 

 

カルテの電子化により効果

ピーク・ア・ブー(PEEK-A-BOO)は、1977年に東京表参道に開業した老舗で、銀座、原宿、青山・池袋などのエリアに全8店舗を展開する大手美容室だ。ピーク・ア・ブーが、優良顧客を獲得できている秘密は2つ。質の高い施術技術と接客技術だ。その質の高い接客技術を支えているのがiPadである。

ピーク・ア・ブーでは、タカラベルモントが提供する「サロンポス・リンク(SALONPOS LinQ)」を導入している。これはPCベースの美容室向けPOSだが、精算や経営分析だけでなく、顧客情報、カルテ情報もクラウドに保存される。オプションの「リンク・コンシェルジュ(LinQ Concierge for iPad)」を利用することで、美容師が手元のiPadでカルテ情報などを閲覧できるようになる。

「リンク・コンシェルジュを導入したきっかけは、紙カルテの扱いをなんとかしたかったからです」(常務取締役・川島修身氏)

美容室では、顧客ごとに紙カルテを作成するのが一般的だ。住所、氏名といった情報から、希望のヘアースタイルやカラーの色調、購入したシャンプーなど、さまざまな情報を記録する。そして美容師は、このカルテを見て施術をすることになる。ピーク・ア・ブー中央通り店は、1日の来客数が120~130名。保存しているカルテは2000ファイル以上にもなっていた。場所を取ることだけでなく、検索性の悪さも問題だった。名前で検索してカルテを探すので、見つかるまでに時間がかかることがあったという。

このような問題がiPadの導入でがらりと変わった。顧客が予約を入れた段階で、サロンポス・リンクの美容師別のシフト表に、当日の顧客の一覧が表示される。その顧客名をタップするだけで、その顧客のカルテがiPadに表示されるのだ。カルテ検索にかかる時間は限りなくゼロになり、顧客のそばを離れる必要もなくなった。

 

 

PEEK-A-BOO 常務取締役・川島修身氏(左)。PEEK-A-BOO サロンマネージャー・森嶋謙介氏(右)。「紙カルテをなんとかしたい」というところから始まった電子カルテ化が、接客と施術技術に大きな効果をもたらした。
PEEK-A-BOO:http://www.peek-a-boo.co.jp

 

 

受付、会計はフロントで行う。ここではサロンポス・リンクが使われていて、顧客情報、精算情報がすべてクラウドに保存される。SALONPOS LinQ:http://www.tb-net.jp/products/pos/

 

 

リンク・コンシェルジュ。紙カルテがデジタル化されただけでなく、テキスト入力や写真の保存、手書きなどのメモを入力することもできる。また、来店履歴の閲覧や精算金額の表示、予約台帳や予約入力、帳票といった機能も持つ。

 

 

顧客の要望を細かく引き出す

サロンポス・リンクのカルテは施術技術にも良い影響を与えた。それは、カルテの中に顧客の仕上がりの写真を保存できる機能があるからだ。

美容師は髪が濡れている状態でカットをすることが多い。髪は濡れると伸び、乾くと縮む。さらに、パーマやカールをかける場合は、仕上がりを想定しながら施術をしていかないと、最終的に短くなりすぎてしまう。よく、美容師から「今日は何センチほどカットしますか?」と尋ねられることがあるが、これは顧客視点の接客とはいえない。顧客としては、パーマやカールをかけた最終的な仕上がりが、「毛先がこの位置にくるように」とお願いしたいのだ。顧客は常に仕上がりイメージで考えるのだから、プロである美容師が寄り添って真の顧客の要望を聞き出さなければならない。

ピーク・ア・ブーでは、施術が終わった仕上がりの段階で、顧客の側面と背面からの写真をiPadで撮影し、これをカルテに保存する。次回、顧客が来店したときは、前回の仕上がりイメージの写真を美容師と顧客で一緒に見ながら、「今回も同じで」「えりあしを少し短く」などのカウンセリングをしていく。

「お客様は、鏡に写る正面からの仕上がりイメージは強く記憶に残っているのですが、側面や背面は日頃見る機会も少ないので、意外に覚えていないものです」(サロンマネージャー・森嶋謙介氏)。

正面からの仕上がりに対しては要望を細かく指定してくる顧客であっても、側面や背面になると、要望が口にのぼることは少ない。しかし、これは希望の仕上がりイメージは持っているのに、それをうまく言葉で表現できないだけなのだ。そこを読み切れない美容師だと、顧客は家に帰ってから自分でチェックしたときに「あの美容師さんはちょっと…」と不満を持つことになる。

「仕上がり写真を撮影する最大のメリットは、それをお客様にお見せしながら、施術方針のカウンセリングができることです。写真を見ながらの相談なので、お客様のご要望を確実に把握することができます」(川島氏)

もちろん、紙カルテのときも、美容師は努力をしていた。紙カルテに、図でこと細かに施術ポイントを書きこんでいた。しかし、それはあくまでも美容師の専門言語のようなもので、それを見せたところで顧客は理解できない。それが写真という具体的でわかりやすいイメージを介在させることで、美容師と顧客の共通言語をつくることができた。

「紙カルテを廃止することだけが目的ならば、サロンポス・リンクの導入は今一つでしょう。しかし、それが接客や技術にまで良い影響を及ぼしていることを考えると、費用対効果は十分すぎるほどあったと考えています」(川島氏)

 

 

iPadで過去の仕上がり写真を一緒に見ることで、顧客の要望を確実に把握する。

 

 

施術後にヘアスタイルの撮影を行う。これが、カウンセリングの貴重な素材。自分のスマートフォンで撮影してくださいという顧客もいるなど、コミュニケーションを高めることにもつながっている。

全員を優良顧客にするiPad

そのほかにも、サロンポス・リンクが接客と技術の向上に与えた効果は大きかった。たとえばカラーリングをするときはカラー剤を調合しなければならない。その調合レシピはカルテに記入していたのだが、それでは調合室でカラー剤がはねて汚してしまうことがあった。iPadになってからはその心配がない。

また、美容室で購入したシャンプーなどの情報も、カルテに自動的に表示される。「あるシャンプーを購入されたお客様には、美容室でシャンプーするときも同じシャンプーを使うのが鉄則です」(森嶋氏)。違うシャンプーを使ってしまうと、香りなどでわかってしまう。そういう細やかな心づかいができるかどうかも、顧客満足度を左右するポイントになる。

ピーク・ア・ブーの美容師たちは、iPadが自分の接客と技術を上げる武器になるということをすぐに理解した。今では、自分たちで撮影したヘアスタイルをiPadの写真アプリに保存し、お客様に「こんなスタイルはいかがですか?」と提案するツールとしても使っている。

サロンポスは本来は美容室向けのPOSで、精算処理、経営分析に主眼が置かれているサービスだ。しかし、iPadからカルテが閲覧できるリンク・コンシェルジュの機能を見て、現場の美容師たちはすぐに接客と技術の向上ツールとして活用し始めた。写真というわかりやすいイメージを媒介にして、顧客の隠れた要望を聞き出せるようになり、顧客満足度が上がり、美容師のモチベーションも高まるといういい循環が生まれている。顧客の隠れた要望をいかに引き出し、満足していただくか。それが、厳しい美容業界で業績を伸ばす鍵になっている。

 

 

カラー剤の調合はiPadを見ながら顧客情報に基づいて行う。紙カルテは、カラー剤がはねて汚れることがたびたびあった。iPadは立てかけて使うので、汚れることがほとんどない。

 

 

「アイビューティー(iBeauty)」というカウンセリング用アプリも導入している。顧客にiPadを手渡して答えてもらう方式なので、美容師が離れなければならないときなどに活用できる。また、セルフアンケート方式なので、言葉では伝えづらい要望も引き出すことが可能だ。

 

 

【価格】
サロンポス・リンク(クラウド型POSシステム)の価格は初期費用35万円、月額利用料9800円(保守費用や導入設置費は別途必要、一部割引あり)。リンクコンシェルジュの月額利用料はiPadの台数課金で、1台3000円、2台4000円、3台以上は1台あたり1500円となる。

 

【写真】
美容師は自分たちでヘアスタイルをつくり、それを写真アプリに保存している。スタイルごとに整理して、同じセミロングでも次々と微妙に異なるスタイルを顧客に提示するなど、美容師ごとのiPad活用が始まっている。