バンコクのファン|MacFan

アラカルト Tales of Bitten Apple

バンコクのファン

文●藤井太洋

第46回星雲賞日本長編部門を受賞したSF作家、藤井太洋氏のApple小説です。

軒先にぶらさげた竹筒が涼やかな音を鳴らして来客を告げた。

「サワディクラップ(こんにちは)」と口にして作業台から顔を上げると、袖をちょん切ってベストのようにしたM65野戦服(フィールドジャケット)の男性が戸口によりかかっていた。ダッフルバッグを押さえる足元はお決まりのビーチサンダルだ。典型的なダメ西欧人(ファラン)のなりをした彼はダイク・ファーレンという脱走兵で、修理工房を開いたばかりの俺になにかと世話を焼いてくれる。

「女言葉はやめたのか。サワディカー、似合ってたのに」

 作業台に肘をついて覗き込もうとしたダイクの鼻先に、おれは指を突きつけた。

「うるさい。裏でハッパでもやってろ」

店の裏はファランたちが真っ昼間からガンジャにふけるバーが軒を連ねるほど、外国人の多いエリアだ。

二〇一四年のクーデターから十年。タイは軍人の大好きな統制経済のおかげで米ドルを使う地下経済が活況を呈している。ダイクのようなファランはドル流通に寄生してその日暮らしを豊かに過ごし、おれはApple製品を扱って糊口を凌ぐ。今年のWWDCで発表されたコンタクトレンズ型ディスプレイ〈コーニイ〉の並行輸入は開店資金をペイできるほどの稼ぎになった。仮想ディスプレイの枠が消えない、二度の瞬き(ダブルウィンク)のジェスチャーが効かないなど、トラブルだらけなのが玉に瑕ではあるが。




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