訪問医療の生産性向上の鍵は「iPad+クラウド」|MacFan

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訪問医療の生産性向上の鍵は「iPad+クラウド」

文●木村菱治

現在の訪問医療では、まだまだアナログな情報共有が主流だという。しかし、こうした外回りの業務では、モバイルデバイスがもっとも力を発揮できる。全社員にiPadを配付し、ITによるサービスの効率化を図っているフレアスにその活用状況を聞いた。

全社員にiPadと携帯電話を支給

訪問医療サービス大手のフレアスは、2014年7月に正社員全員にiPadエアと携帯電話を配付。モバイルデバイスの活用による業務効率化をスタートさせた。

同社は医師の指導に基づく保険適用の在宅医療マッサージや訪問看護などを全国で展開している。現在の主力事業は訪問マッサージだ。その事業・拠点数は都道府県で93、従業員数は590人に上る。現在導入済みのiPadと携帯電話は各600台であり、比較的小さな会社が多い訪問医療の世界では、かなりの大規模導入といえるだろう。

導入の目的は、本部と事業所および事業所間のスムースな情報共有、外出中のスタッフとの連絡手段の確保、訪問スケジュールや施術報告のペーパーレス化などが挙げられる。

導入開始から約1年を経た現在、iPadは訪問業務のツールとしてすっかり定着したという。朝、訪問マッサージや看護に向かうスタッフは自分のiPadからWEBブラウザで同社のシステムにアクセスすると、その日の訪問先のリストが表示され、患者に関する情報を参照できる。この部分は訪問マッサージおよび、訪問看護向けのパッケージシステムを使っている。

施術後には、患者にどんな施術を行ったか、そのときの患者の状態はどうだったか、気付いたことなどをiPad上で記録する。訪問時にスタッフが行う処理はこれだけだ。もちろん、入力したデータはクラウドに蓄積され、請求(レセプト)処理とも連携している。事務処理はオフィススタッフのウィンドウズPCで行われる。コンピュータは全社合わせて200台だという。

同社の提供するマッサージは、医師との連携で行う医療マッサージが大半。そのため、月末には医師やケアマネジャーに施術報告書を作成する必要がある。この施術報告書もWEBアプリとして提供されており、iPad上で過去の施術報告を参照しながら報告書の作成が可能だ。

 

 

フレアスはマッサージ、看護などといった訪問医療を全国で展開している。【URL】http://fureasu.jp/

 

 

日常業務をペーパーレス化

このように、訪問スタッフの日常業務のほとんどは、iPadとクラウドシステムを使ったペーパーレス化が実現した。かつてはこうした訪問先のリストや施術報告を紙ベースで行っていたため、毎日のプリントやデータの転記など、事務処理の負担が非常に大きかった。

また、訪問医療では、当日になってスケジュールが変更されることが少なくない。スタッフが行ってみたら患者が外出していたなどは日常茶飯事だという。iPad+クラウドなら、こうした変更があっても、サーバ上のデータを書き換えるだけで確実に伝えられる。

並行して、マイクロソフトのオフィス365も導入している。用途はメールや文書・表作成、ファイル共有、スカイプによるテレビ会議などだ。すべてのiPadにはオフィスfor iPadがインストールされており、これにより、マニュアルやルール、議事録、本社からの通達、事業所間の連絡でやりとりされる書類をファクスやメール添付といった手段を使わずに共有可能だ。

 

 

取り出してすぐに使えるiPadは、短時間に訪問と移動を繰り返す業務形態によくマッチする。

 

 

かつてはメールも携帯もなかった

今でこそ充実したIT環境を備えるフレアスだが、本システムの導入以前は、訪問スタッフは会社支給の携帯電話自体少なく、メーリングリストもない状態だった。ICT推進部長経営企画室次長の奈須敏真氏は次のように語る。

「私は2014年4月に入社したのですが、当時は外回りをしているスタッフはモバイルデバイスの類いを一切持っていませんでした。携帯電話も会社から支給されるのは事業所長に限られ、訪問スタッフについては個人の携帯電話を利用し、その分の通話料を会社で負担するような状態でした。ですから、まずは全社員と情報共有できる仕組みを作ることが必要でした」

こうした状況は同社に限ったことではなく、訪問医療の業界では今でも紙とファクス、電話によるやりとりが主流なのだという。奈須氏は前職での訪問システム構築の経験を活かして、ITを使った業務改革に取り組んだ。

モバイルデバイスの選定に当たっては、早い段階でノートブックは除外された。「訪問スタッフは、看護で1日5件、マッサージで10件くらいの患者さんを回ります。施術と移動の時間を考えると、どこかでゆっくりコンピュータを開いている余裕はなく、ノートブックでは役に立たないのです」

iPhone1台で音声通話も含めて済ませる案や、アンドロイドタブレットも比較検討したが、最終的に「クオリティが高くて使い易く、長く使える」などの点からiPadを選択し、音声通話専用の携帯電話とのセット導入となった。

オフィス365は、グーグル・アップスと比較検討されたが、既存のエクセルデータなどとの互換性や、アクセス制御機能、さらにiPad上でのアプリ動作が安定していたことから選ばれた。

「オンラインで情報共有ができるようになったことで、生産性が20%くらい上がっていると思います」と奈須氏。同社全体の訪問件数は年間およそ60万件もあるというから、オンライン化・ペーパーレス化のメリットは大きい。

 

 

株式会社フレアスICT推進部長経営企画室次長・奈須敏真氏(上)、ICT推進部・金成辰記氏(右下)、ICT推進部・河邊裕基氏(左下)。「無駄な事務作業を減らして、訪問後はすぐに帰れるようにしたい」というのが導入の狙いの1つだったという。

 

 

セルラーモデルは便利で安全

iPadはすべてセルラーモデルを採用しており、仕事に必要なデータはその都度、クラウドから最新のものがダウンロードされる。WEBアプリはもちろん、オフィス365のデータもデバイス自体に残さないことで、個人情報流出などのリスクを排除している。

「個人情報がiPadには残らないので、もしデバイスの紛失などのトラブルがあっても、クラウドでロックをかけてしまえば、すべての情報にアクセスできなくなります。オフィス365はそのあたりの制御がしっかりできるのがメリットです。MDM(モバイルデバイス管理)でガチガチに固める方法も検討しましたが、管理が二重になるなど、コントロールしづらい部分がありました。情報をクラウドに持たせて、必要なときにはロックをかけるという方法が、長期的に見てもっともセキュリティが高いと判断しました」

デバイスにデータを持たない方式では、回線がつながらないと使えないという心配があるが、「弊社の事業所は南は沖縄から北は旭川まで、しかも郊外で使われることが多いので、電波について心配はしていました。しかし、実際にはドコモのLTE回線が広く普及しており、まったく問題なく使えています。そのために地方や郊外に強いドコモを選んだ部分があります」と語る。

とにかく慣れてもらうことが大事

iPadの使いやすさは医療業界でもおなじみのものとなっているが、まだITの普及が進んでいない業界だけに、現場のスタッフが慣れるまでにはそれなりの時間が必要だった。

「医療業界の人はITが苦手な人が多いです。メールを使ったことがないとか、iPhoneを持っていてもITはあまり使ったことがないという人も少なくありません。配付後、ある程度使えるようになるのに3カ月くらいかかりました。6カ月以上経つとかなり慣れてきます」

スタッフに少しでも慣れてもらうため、同社ではiPadと携帯電話の個人利用を自由にしている。仕事のあとに事務所に返却する必要はない。もちろんこれはデバイスに仕事の情報が残らないクラウドベースのシステムだからできることだ。

「不慣れなユーザが多いので、利用範囲を縛ってしまうと、デバイスを使わなくなってしまいます。まずは自由に使って体になじませてもらうために、社長に頼んで社内規定で個人使用もOKにしてもらいました。今はiPadが完全に体と一体になったような感じになりました」

また、視覚障害を持つマッサージ師も、iOSのアクセスシビリティ機能やほかのスタッフのサポートによって、同じシステムを使っているという。

一段階上のIT活用を目指して

iPadとクラウドによって訪問業務の生産性を向上させたフレアスだが、次の段階に向けてすでに動き出している。

1つは、訪問業務で利用している既存のパッケージを、自社開発のシステムに置き換えることだ。「やはり、弊社のように規模が大きくなると、既存のパッケージシステムでは機能的に足りない部分が出てきます」と奈須氏。同時に、これまでエクセルで処理してきた事務作業も独自開発のWEBアプリに移行する。すでに、デバイスの管理情報はエクセルから、人事システムと連動した独自システムに移行済みだ。これにより、どのデバイスを誰が所有しているかが、入社と同時に把握できる。

訪問医療の場合には、医師やケアマネジャー、行政などの地域連携が不可欠なことから、こうした関係者ともリアルタイムに情報共有できるようにもしたいという。さらに、車両にセンサを付けての安全管理やウェアラブルデバイスを使った患者の診断データの自動入力など、多様なITの活用法の開発を進めている。

 

 

訪問マッサージのスタッフが使用するWEBアプリ。訪問先リストや患者情報の参照、施術報告などが素早く行える。

 

【MDM】
MDM(Mobile Device Management:モバイルデバイス管理)は、企業などが従業員のスマートフォンやタブレットを一元管理するためのツール。セキュリティ設定や使用するアプリの種類、バージョンの統一、機能制限などが可能だ。

 

【測定データ】
血圧などの医療測定データは、測定器の表示を人間が目で見て、紙に転記、それをさらにコンピュータなどに手入力していることが多い。通信機能を備えた測定器を使ってデータを自動的に入力すれば、効率化と転記ミスの防止ができると見られる。