院内SNSが患者の治療に集中できる環境をつくる|MacFan

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院内SNSが患者の治療に集中できる環境をつくる

文●木村菱治

病院内の医師は、患者の診療以外にも多くの業務に追われている。業務の効率化のためには、院内のコミュニケーションや情報共有の改善が不可欠だ。院内SNS「ドクタージョイ(Dr.JOY)」は医師が患者の治療に専念できる環境を作り出すことを目指す。

医師同士がチャットでやりとり

医療機関向けの院内SNS「ドクタージョイ(Dr.JOY)」は、紙や電話などのアナログ的なコミュニケーションや情報共有をコンピュータやスマホを活用したデジタルな手段に置き換えて、院内業務の効率化を図るサービスだ。現役の医師が中心となって開発し、KDDIの起業家支援プログラム「ムゲンラボ(KDDI ∞ Labo)」の第7期において、最優秀賞、オーディエンス賞、特別賞の三冠を受賞するなど、その評価は高い。

主な機能としては、タイムライン、チャット、スケジュール、そしてタスク管理がある。タイムラインはフェイスブックによく似た掲示板だ。限定されたメンバー間でのみ情報共有できるグループ機能があり、グループ内のメンバーが書き込むと、それが瞬時にほかのメンバーのタイムラインに表示される。コメントを付けたり、フェイスブックの「いいね!」のようにボタンで手軽に返答することもできる。

チャットはLINEのようなダイレクトメッセージ機能で、テキストとスタンプを使って、素早いコミュニケーションが行える。カレンダーは公の予定と個人のスケジュールが一元管理でき、そのほかタスク管理では、たとえば上司が部下に仕事を割り振ると、それが自動的に各人のタスクとして登録され、進捗状況を管理できる。機能的には既存のSNSやグループウエアを、医療機関で使いやすいように統合・最適化したものといえるだろう。

サービスは、WEBブラウザで利用できるほか、iOS用、アンドロイド用の専用アプリも用意されている。そのうえ、クラウドサービスなので、コンピュータやスマホなどさえあれば、院内にサーバを設置する必要はない。

 

 

ドクタージョイのWEB版の画面。医療スタッフに加え、患者本人とその家族も含めたタイムライン。医療スタッフと患者、家族が双方向にやりとりできる。

 

 

ドクタージョイのiOS版の画面。タイムラインのグループを使えば、複数の関係者への連絡が瞬時に行える。一件ずつ電話連絡するストレスから解放されるだろう。

 

非効率な情報共有が医師を妨げる

現役の医師であるドクタージョイ株式会社代表取締役・石松宏章氏は、開発の背景を次のように語る。

「皆さんは病院に行ったときに、長い時間待たされることがあると思います。しかし、私たち医師も患者さんを待たせたくて待たせているわけではないのです。医師は『医局』という一般企業でいうバックオフィスでの事務作業や、外来診療中の呼び出しに時間を多く取られています。現在、病院内の連絡や情報共有は、紙や口頭での指示、院内PHSコールといったアナログ的な手段が中心で、この非効率なやりとりが医師の忙しさの原因の1つになっていると思います。そこで、SNSの機能を使って情報共有を効率化することで、医師が患者の治療に集中できるようにしようというのがドクタージョイのコンセプトです」

タイムラインやチャットは院内のどんな場面で役に立つのか、いくつか例を挙げてもらった。

「たとえば、大学病院では毎週、医学生が実習に来ます。あらかじめ実習のスケジュールは決まっているのですが、担当する先生方は診療中に指導するので、時間が頻繁に変更されます。通常はその変更を学生一人一人に電話で連絡するため、非常に手間がかかります。ドクタージョイで学生とのグループを作っておけば、タイムラインに一言書き込むだけで全員に情報を伝えることができます」

また、医局会や症例検討会といった会議も紙の資料を配るだけでなく、グループを活用することで確実に情報を伝え、顔を合わせなくても議論ができるようになる。

そして、ドクタージョイの大きな目的の1つが、緊急性のない院内PHSコールを減らすことだ。医師のPHSには緊急の呼び出しだけでなく、急ぐ必要のない確認や問い合わせ、時には飲み会の誘いまで、ありとあらゆる種類の電話がかかってくるのだという。これは時間を浪費するだけでなく、ストレスの原因にもなっているそうだ。

「外来診療中に電話をかけると不機嫌になる医師もいるので、スタッフや看護士さんも本当はかけたくないのですが、ほかに連絡手段がなく、上司の指示で仕方なくかけることも多いのです」

こうした不急のコールをチャットやタイムラインで置き換えれば、医師の仕事を中断させずに済む。実際、スタッフが自主的にフェイスブックやLINEを使っている医療機関もあるという。ただ、医療機関でこれらのサービスを使うには限界があると石松氏は語る。

「フェイスブックやLINEは個人向けのサービスですからスタッフに利用を強制することはできませんし、プライベートなアカウントを仕事に使うことに抵抗のある人もいます。情報セキュリティの面からも、医療機関専用のサービスが必要だと考えました」

病院では医療機器への影響を考慮して、院内PHS以外のモバイル機器の導入は一般企業と比べると進んでいなかったが、今では技術の進歩でこうした懸念は払拭されてきている。病院内で、無線LAN環境が構築されている場所も多く、スマホやタブレットを持ち歩く医師も珍しくなくなった。ドクタージョイのような、ツールを活用する土壌は整ってきたと言えるだろう。

 

 

ドクタージョイ株式会社代表取締役・石松宏章氏。現在、沖縄県の病院に勤務する現役の医師である。

 

 

チャットでは、医療関係者のニーズを反映したスタンプが使える。ポップなデザインがスタッフの気持ちを和らげてくれそうだ。

 

地道な啓蒙活動が大事

開発にあたって、石松医師は勤務する病院の宿舎に住民票を移し、自室から入院患者のベッドまで徒歩数十秒という環境で1年間、現場の声を聞きながら改良を続けたそうだ。その成果は機能の取捨選択やインターフェイスのチューニングに活かされている。

ドクタージョイは2015年2月現在、すでに2つの病院で実際の業務に使用されている。

「2つの病院での導入は予想以上にスムースでした。あえてフェイスブックやLINEといった既存サービスのインターフェイスに近づけたことで、多くの人がすぐに使い方を理解してくれました」

これらの病院では、ドクタージョイの導入によって情報共有がスムースになったことで、それまで大きなストレスを抱えていた医療者が熱狂的な支持者となり、院内でドクタージョイの普及を促進する大きな力となったそうだ。少数でも、そういった熱狂的なファンを作ることが、院内SNSを定着させるためには不可欠だと石松医師は語る。

「これまでPHSで連絡するのが当たり前だった環境に、緊急性のないものはテキストで済ませましょうと働きかけるのは、いわば院内のカルチャーを変える作業です。そこで重要になるのがやはり啓蒙活動。単にサービスを提供するだけでなく、実際に病院の中に入って啓蒙していくことで、初めて新しいカルチャーが根付きます。その際、私自身が現場の仕事を知っている医師であることが大きな意味を持つと考えています」

啓蒙活動を重視し、現時点では一気に加入者を増やさず、1件ずつ着実な普及を図っていく予定とのこと。

患者や家族との情報共有機能も

ドクタージョイには、「患者のタイムライン」も用意されている。これは、1人の患者の治療に携わる関係者が参加するグループだ。ここに書き込めば、該当する患者の治療やケアを行っているチームの中で瞬時に情報共有ができる。患者の情報は電子カルテでも共有できるが、そこに書けるのはあくまで診断や治療に直接関わるオフィシャルな情報に限られる。実際の現場で交わされる細かなやりとりには、タイムラインが有効だと石松医師。

「たとえば医師や看護師は『あの患者さん、最近はどんな感じ?』といったやり取りをよく行いますが、こうしたカジュアルな情報は電子カルテには載せられません。現場ではこういう情報をスムースにやりとりできることが大切なのです」

この患者のタイムラインには、医療関係者専用のものに加えて、患者やその家族とやりとりする機能も用意されている。この部分には、石松氏の描く医療の将来像の一端が表れている。

患者の家族の中には、仕事の都合や病院との距離などの理由で、付き添いや見舞いに来られない人も多い。患者のタイムラインを使うことで、こうした家族にも患者の状態を知らせることができる。病院だけでなく、介護施設などでの利用も視野に入れた機能だという。

「将来的には、こうしてオープンに情報を開示する社会になったほうが、医療の質も向上し、患者さんも、その家族もハッピーになれると思います。ただ、現状ではいきなり患者さんや家族とオンラインで情報共有をしましょうと言っても、医療機関側の体制が整っていません。まずは医療スタッフにシステムがしっかりと定着したあとで、自然と患者さんともやり取りしてみようかという流れになることを期待しています」

 

 

患者のタイムラインのスタッフ専用エリア。特定の患者に関わる全スタッフが素早く情報共有できるので、チーム医療がやりやすくなる。

 

【携帯の使用】
電波環境協議会による「医療機関における携帯電話等の使用に関する指針」では、「一般に使用されている無線LAN機器は携帯電話端末よりも出力電力が低いため、医用電気機器に影響を及ぼす可能性が小さいと考えられる。

 

【ムゲンラボ】
ムゲンラボは、グローバルに通用するインターネットサービスを作り出す起業家・エンジニアを支えるためのインキュベーションプログラム。ベンチャー企業や起業家に対して、サービス開発と経営支援の双方から専門的なアドバイスを提供。グループ会社を含めたサポートも行っていく。