顧客の囲い込みのためではないオープンなアプリ配信|MacFan

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顧客の囲い込みのためではないオープンなアプリ配信

文●牧野武文

JTB-CWTが提供している旅程管理アプリ「トリップ・トゥー・ゴー」は、JTB以外の旅行会社の日程メールにも対応する。どこの航空会社、旅行会社の日程でも自動入力ができ、日程管理ができるのだ。この“開く”戦略の意図はどこにあるのだろうか。JTB-CWTの開発の中心メンバーに聞いた。

 

Trip To Go スマートな旅行を実現する旅程管理アプリ

【提供元】JTB BUSINESS Travel Solutions
【価格】 無料
【場所】App Store>旅行

 

日程管理は1つのアプリで

消費者向けビジネスを展開する企業にとって、顧客の利便性を高めるためにスマートフォンアプリを提供することはもはや必須といえる。なぜなら、すでにスマホは生活の必需品といってもいい地位を確立しているからだ。今、消費者行動の多くはスマホを起点に始まり、スマホアプリが存在しない消費者向けビジネスは入口で脱落してしまう。そういう段階まできているといっても過言ではないだろう。

しかし、どのようなアプリを提供するかは難問だ。そこには大きく分けて2つの考え方がある。1つは既存の顧客に向けてより高い利便性を提供し、自社の競争力を高めること。もう1つは広く一般消費者に利便性を提供し、まったく新しい顧客層にアプローチすること。この2つを1つのアプリで両立することはきわめて難しいが、これを実にうまい方法で解決しているのが、JTBビジネストラベルソリューションズ(以下、JTB−CWT)である。

JTB−CWTは、JTBグループの中でも企業出張の手配を専門とする企業だ。包括契約を結んでいる企業は約600社に登り、企業出張の手配、コンサルティングを行う。このJTB−CWTが開発したのが、iPhoneアプリ「トリップ・トゥー・ゴー(Trip To Go)」だ。

このアプリは主要な航空会社、ホテルチェーン、レンタカー会社、旅行会社1300社以上(日本でも約30社で今後増加予定)などから送られてくる予約回答メールを転送することで、簡単に旅行スケジュールが一元管理できるもの。ほとんど手入力が不要で、出張の際などの日程管理が簡単に行える。また、フライト遅延やゲート変更などリアルタイムな情報配信、モバイルチェックイン、ホテルや旅行保険の手配といった各種サービスにも対応している。

 

 

日本語でサービス提供している本格的な旅程管理アプリが存在しない一方、海外では旅程管理アプリ=BTM(Business Travel Management)の中核的なモバイルソリューションと位置づけられている。BTM市場でのサービス価値向上とシェアアップ狙ってリリースされたのがトリップ・トゥー・ゴーだ。

 

キーワードは「オープン」

JTB−CWTは、従来大企業と包括契約を結び、出張の手配とコンサルティングを行ってきたが、さらなる成長のために注目したのがSME(Small Medium Enterprise)市場、いわば中小企業だった。JTB−CWTと契約を結ぶ大企業では、JTB−CWTに電話をして出張のアレンジと手配を頼むことが多いが、中小企業では各社員がネットなどを使って自分でアレンジ、手配することが多い。このようなSME市場にアプローチするには、旅程管理アプリを提供することが適していると判断した。

しかし、自分たちでゼロからアプリを開発するのはなかなかハードルが高い。そこで優秀な海外アプリで、まだ日本語化されていないアプリと提携をする道を模索したところ、世界で定評を得ている「ワールドメイト(World Mate)」が浮かび上がった。つまり、トリップ・トゥー・ゴーはワールドメイトを日本語化したものをベースにしている。

ここで、JTB−CWTは大きな決断を迫られた。冒頭で述べたように既存顧客に提供するのか、一般消費者に向けて提供するのかの選択だ。10年前のガラケー時代の感覚であれば、「JTB経由で購入した旅行商品のみトリップ・トゥー・ゴーに自動入力されます」というクローズな仕様になったことだろう。

JTB−CWTでは社内で議論した結果、JTB色を極限まで薄めることにした。「JTBの旅行商品しか管理できないのであれば、広く消費者の方に使ってもらうことはできません。一見、それでいいように見えて、長期では結局自分の首を絞めていくようなことになりかねません。オープンブッキングの考え方でいこうという結論になりました」(佐久間大介氏)。つまり、トリップ・トゥー・ゴーではJTBの商品だけでなく、主要ホテル、航空会社などからメールで送られてくる予定表も、指定アドレスに転送するだけでアプリに自動入力されるようにした。さらには、JTBとライバル関係にある旅行社の日程表にまで対応させた。「今後さらに対応サービスを増やしていく必要はありますが、現在でも日本人の海外出張案件の80%に対応できています」(田井伸明氏)。

「それだけでなく、JTBのロゴを入れるか入れないかすら議論しました」(朝野貞恵氏)。もちろん、トリップ・トゥー・ゴーはJTB−CWTが開発したものだから、アプリ内にJTBのロゴは当然入っている。しかし、その露出を控えめにして、利用者に「JTBのアプリ」という感覚を持たせないように配慮しているのだ。

 

 

 

トリップ・トゥー・ゴーの基本は、各航空会社、ホテル、旅行会社などからメールで届いた日程表を、指定アドレス(trips@triptogo.jp)に転送するだけで自動入力し、一覧してくれる。

 

 

 

 

取り込んだ情報をアプリで確認できる。タップしていくだけで詳細情報や地図などが見られる。

 

まずは広めることが最優先

このオープン戦略は大正解だった。5年ほど前、全国にチェーン展開する企業がこぞって自社顧客に向けてアプリを提供するという現象が起きた。正確な統計があるわけではないが、現在そのような“囲い込み”型アプリはアクティブユーザの数に伸び悩んでいるという話をよく耳にする。現在のスマホユーザは、特定の企業のアプリよりも、複数企業の情報が一覧できる“オープン”型のアプリ、中立で比較ができるタイプのアプリを好む傾向にある。わかりやすくいえば、特定のカフェチェーンの公式アプリは使わないが、現在地近くのカフェを地図表示してくれるアプリは使うというわけだ。

JTB−CWTでは、包括契約を結んでいる企業向けにはトリップ・トゥー・ゴーとは異なる「Bスケジュール(B -Schedule)」というアプリを提供している。「包括契約企業には大手企業が多く、出張に際してさまざまなポリシー、ルールをお持ちです。現在のところBスケジュールはトリップ・トゥー・ゴーとほぼ同じ内容ですが、今後、クライアント企業の要望に応じて、企業ごとにカスタマイズしていく予定です」(田井氏)。

つまり、包括契約をしている企業向けにはオーダーメイドに近い感覚のBスケジュールを提供し、既存顧客の利便性を高め、JTB−CWTの競争力を強化する。一方、新規開拓したいSME市場向けには可能な限りオープンな戦略で、できるだけ広く消費者との接点を模索する。「囲い込むか、開くか」という二律背反の難問を、市場別に2つのアプリを開発することで解決したのだ。

なお、このトリップ・トゥー・ゴーにはユニークな機能が搭載されている。日程表にホテル予約がある場合、もしその予約したホテルよりもグレードが同等以上、なおかつ宿泊料金が安い部屋が近隣にあった場合、自動的にそちらをオファーしてくれる機能だ。ホテルの宿泊料金は、予約日によって上下することが多いので、低料金でグレードの高いホテルに泊まれるのはありがたい。

このような機能がある以上、将来はトリップ・トゥー・ゴーの中で決済機能を搭載して、ホテルだけでなく、飛行機、新幹線、レンタカーなどのJTB扱い商品を販売していく予定はないのだろうか。「もちろん、先々の予定として考えています。しかし、どのような形の販売方法が適切なのかは考える必要があると思います。今は、JTBの名前よりも、トリップ・トゥー・ゴーを広めることが最優先です」(佐久間氏)。

従来の企業の消費者向けアプリは、囲い込み型で、クーポンや割引といった金銭的なインセンティブでユーザを惹きつけようとしたものが多かった。しかし、今のトレンドは明らかに、消費者に向かって開いて、だれもが利便性や快適さを享受できるアプリにシフトしている。企業の消費者向けアプリの世界は、明らかに第2ステージに入っている。

 

 

フライトが登録されていると、フライトの遅延などの変更があった場合、プッシュ通知で知らせてくれる。また、遅延、搭乗ゲート変更などの場合は、トリップ・トゥー・ゴー内の情報も自動的に更新される。

 

 

 

日程表に宿泊予約がない場合は、ホテル予約オファーを通知して予約を行える。

 

 

ユニークなのが、ホテルのプライスアラート機能とカウンターオファーの機能だ。現在予約しているホテルが、予約した価格より安く販売されると知らせてくれる。いったんキャンセルして、予約し直せば宿泊費を節約できる。また、予約したホテル付近で、グレードが同等以上、かつ価格が安い部屋が販売されると、お知らせしてくれる機能もある。

 

 

(左から)事業開発部長の田井伸明氏、ワールドメイト取締役イアン・バーマン氏、事業開発課マネジャーの佐久間大介氏、事業開発課の朝野貞恵氏。JTB-CWTは従来大企業を中心に事業を展開してきたが、今後SME市場にリーチしないことには、これ以上の成長が難しくなってきている。トリップ・トゥー・ゴーはそのSME市場を開拓するために開発された。

 

【機能】
トリップ・トゥー・ゴーは出張に役立つ機能がもりだくさんだ。Wi-Fiルータなどの機器レンタルや旅行傷害保険の申し込みなどのほか、近隣のレストラン検索、通貨換算計算、天気予報など。さらにありがたいことに各地域でのチップの相場情報などもある。

 

【日本語】
ワールドメイトをベースにトリップ・トゥー・ゴーを開発するにあたって、もっとも気を使ったのが自然な日本語化だったという。いかにも翻訳くさい日本語メッセージでは、ユーザが安心して使えない。日本語らしい日本語にするまで徹底的に議論されたという。