お客と販売スタッフの満足度を高めたiPod touch|MacFan

教育・医療・Biz iOS導入事例

お客と販売スタッフの満足度を高めたiPod touch

文●牧野武文

Macの全社導入に踏み切った家具販売業の安井家具では、販売スタッフ370名全員にiPodタッチも配付している。これにより現場の業務効率の改善と顧客満足度の向上を同時に実現している。

郊外型の大型店舗「ファニチャードーム」を中心に東海地区に9店舗を展開する安井家具のMac全社導入事例を本誌2月号で紹介した。そのポイントは、PCをすべてMacに置き換えることによって、大幅なコスト削減ができるという驚きの発想だった。ただし、実はこれは安井家具のMac化計画の第2弾で、最初は販売店のスタッフ全員(約370名)にiPodタッチを配付し、接客に活用することで顧客満足度と業務効率の向上の両方を狙うということから始まった。どの業種であっても、顧客満足度と業務効率の2つは大きな課題だが、この2つはしばしば二律背反の衝突を起こす。業務効率を上げれば顧客満足度がおろそかになり、顧客満足度を上げようとすれば業務効率は上がらなくなる。

安井家具は、この課題を「iPodタッチ全員導入」「アプリの自社開発」という2つの手法で両立させた。この事例は、読者の大きなヒントになると思い、本誌2月号では語りきれなかった安井家具での、販売店という現場での取り組みを今回は紹介したい。

 

 

 

安井家具(http://www.yasuikagu.co.jp)の旗艦店ファニチャードーム名古屋新本店。名古屋の湾岸地区にあり、東海地区最大級の家具販売店舗。約10万点の商品が陳列されている。

 

販売ツールとしてのiPodタッチ

家具販売接客というのは業務効率がきわめて悪い。なぜなら、スーパーのように、客が商品を自分でレジまで運んで精算するということができないからだ(組み立て家具のイケアなどではこの方式を採用している)。かと言って、販売員が顧客に密着してついてまわるということもできない(高級家具店ではこの方式を採用しているところもある。しかし、それは商品単価が数十万円以上だからできることだ)。一般的には、陳列されている商品横に商品カードを置き、購入したい客はそれをレジに持参し、精算するということになる。しかし、家具の購入はこれだけでは済まない。店舗または倉庫在庫の有無、配送車の空き状況なども確認する必要がある。商品によっては、お届け後、設置もしなければならない。

このような商品販売の接客効率を上げうとすると、商品横に商品カードを置き、客がそれをレジに持参した時点で在庫確認や配送車手配をして、それで客が納得すれば精算ということになるが、これでは今度は顧客満足度が下がってしまう。客は商品の説明が不足している状況で商品を決めなくてはならない場合があり、しかも、精算前のクロージング処理で、在庫がない、配送がかなり先のことになるなどの問題がようやく明らかになるので「だったら買わない」「別の店を探す」ということにもなりかねない。この難問を解決したのが、販売ツールとしてのiPodタッチの活用だった。

 

 

商品を購入するときはお客に「お客様カード」が渡され、スタッフはそのカードに付いているバーコードをiPodタッチにスキャンする。これは連番管理された顧客IDで、商品に付いているバーコードも読み込むと、顧客と商品が紐づけられる。複数の商品を買う場合でも、レジで「お客様カード」のバーコードを読むこむだけで、購入する商品の一覧が表示される。

 

 

iPodタッチを使うと、接客中に在庫、配送などの状況が確認できる。客は配送日がいつになるかを確認したうえで、購入するかどうかを決めることができる。ここまでかかる時間はほとんどの場合、1分以内だ。

 

接客に変化を生む施策

同社では基幹システムに「IBMi」(AS/400)を使っている。在庫、配送車、売り上げなど必要な情報にいつでもアクセスでき、大満足のシステムだという。しかし、1つ欠点があった。それは専用端末からでないとアクセスできないことだった。のちにウィンドウズPCからエミュレーションをしてアクセスできるようになったが、どちらにしてもレジ横に基幹システムへアクセスするパソコンを置く以外ない。

以前は店舗内に数カ所のステーションを設け、そこから基幹システムにアクセスできる端末を置いていたが、これもお客を待たせることになる。「このソファをください」というお客がいたら、スタッフはステーションに走り、在庫と配送車を確認し、お客のところに戻るということになる。その間、5分から10分。お客は何もすることがなく、ただ売り場にぼうっと待たされることになる。お客に「やっぱりこちらの商品にする」と言われたら、また商品番号をメモをして、ステーションに走らなければならない。

これがiPodタッチの導入でまったく変わった。売り場にいるスタッフに購入の意志を告げると「お客様カード」が渡される。そこには連番管理のコードが付いていて、販売スタッフはスキャナでiPodタッチに読み込むと、これがお客の仮番号となる。次にお客が選択した商品コードを読み込む。これで「誰が何を選択したか」が、基幹システムに自動的に送信される。同時に在庫の有無、配送車の空き情報などもiPodタッチに表示されるので、お客と対面した状態で、精算以外のクロージング処理ができるのだ。ほかの商品を買いたい場合は同様のことを繰り返す。

そして、すべての商品を購入したらあとはレジカウンターに行き、お客様カードを提示するだけだ。レジ側でお客様カードのバーコードを読み込むと、その顧客がどの商品を選んだかが表示される。在庫、配送についてはすでに手配済みなので精算処理だけをすればいい。スタッフの作業は大幅に減り、客側も売り場とレジカウンターで待たされる無駄な時間が減り、業務効率と顧客満足度の両方が向上したのだ。

 

 

購入を決めると、スタッフがお客様カードに商品名を記入してくれる。システム上は、この記入情報は必要ない。あくまでも客が「何を買ったのか」という忘備録として使う情報だ。客は、他の商品も必要であれば、このカードを持って次の売り場へ向かう。

 

 

すべての購入が終わったら、レジでの精算。iPadにはすでに基幹システムに入力された購入商品の合計金額、配送予定などの情報が一覧表示されている。お客は、最後に正確な住所を記入し、支払いを済ませば、購入完了だ。従来の家具店にありがちだった「ぼっーと待たされる時間」がほとんどなくなっている。

 

学習時間も大幅削減

顧客満足の向上はiPodタッチの導入によって「スムースに買い物ができるようになった」からだけではない。「販売スタッフをゾーンディフェンス配置させることができるようになりました」(取締役経営企画部部長・杉浦秀文氏)。つまり、ソファ売り場にはソファ専門の販売スタッフ、ベッド売り場にはベッド専門の販売スタッフを配置できるようになったのだ。スタッフは特定のカテゴリーの商品専任となるため、商品知識の学習負担が軽減され、深い専門知識まで学べるようになった。

また、iPodタッチは研修コストも大幅に削減できるという。基幹システムの専用端末、エミュレーション端末は操作が難しく、新人研修でも2日間をかけるのだが、それでも操作ミスがしばしば起こっていた。接客スタッフを志望する人は家具が好きだったり、人と対面することが楽しくて志望することが多く、端末操作をしたいからという理由で入社する人はいない。しかし、iPodタッチの操作はほとんどスマートフォンと同じだ。決してITリテラシーが高いとはいえないスタッフでも、数時間の研修で必要な操作が行える。今では、ほとんどの人がスマートフォンの操作にはある程度慣れているからだ。

こうした環境を実現するために、杉浦氏は「基幹システムにWEB経由でアクセスできるブリッジソフトウェア」「iPodタッチ用アプリ」を自社開発した。自社開発というと「莫大な費用がかかるのではないか、社内に技術スタッフが必要になるのではないか」と考える人も多いだろう。しかし、それは以前のパソコン用ソフトウェアの話で、iOSアプリの開発であればハードルはきわめて低くなった。実際の開発は専門のソフトウェアハウスに外注しているものの、企画は杉浦取締役が行い、画面設計や開発管理は数年前まではカーテンの販売担当だった大山里江係長が担った。

iOSアプリをツールとして活用する場合、UI(ユーザインターフェイス)がきわめて重要になる。UIの善し悪しでミスが減ったり、業務効率が大幅に改善される。大山係長は、販売スタッフだった経験を活かすことで「現場のスタッフが使いやすい」UI設計を実現できたと語る。

今、少なくとも先進国の人間が、最初に身につけるITリテラシーは間違いなく「スマホの使い方」になっている。であるなら、まず使うべきビジネスツールはパソコンや専用端末ではなく、iPhoneやiPadといったデバイスのほうが相応しい。安井家具がそうであったように、これによって学習に必要な負担を減らし、スタッフの商品知識を高め、かつ最適なアプリ開発によって業務効率を上げることで、密度の高い接客をする時間が生まれる。こうすることで、業務効率と顧客満足度の向上は両立できるのだ。

 

 

一度、お客様カードを使って購入した場合、システムに顧客情報が登録されるので、安井家具のすべての店舗での購入履歴も表示できるようになる。顧客情報は、名前や電話番号から検索できる。購入履歴は、迅速なクレーム対応や、追加購入へのアドバイスなどに使われる。なお、写真はiPodタッチではなくiPhone。安井家具ではツールをiPhoneに切り替えることも検討している。携帯電話のカケ放題プランとフェイスタイムオーディオをうまく活用して、外線内線電話の設備コスト、通話料コストを抑えようとしている。

 

【要因】
杉浦取締役はフットワークが軽い。これも成功の要因の1つだ。取締役であるのにルータの設置なども人手がなければ自分でやる。朝早く来て会社に来てルータの設置をしていたら、清掃担当者から「あなたは誰?」と驚かれたこともあるという。

 

【電話】
販売スタッフのiPodタッチには自作のフェイスタイムオーディオアプリも入っている。部課を選んでいくと全員の名簿が入っていて、タッチすると、自動的にその人とフェイスタイムオーディオでつながる。もちろん、通話料は無料で、内線電話システムは不要になった。