「欲しい靴が在庫切れ!」でも、お店で待たずに即購入|MacFan

教育・医療・Biz iOS導入事例

「欲しい靴が在庫切れ!」でも、お店で待たずに即購入

文●牧野武文

実店舗での販売とネットを利用した通販は、決して相容れないものではない。靴の小売りチェーンを全国展開するABCマートでは、iPadを使った直送システムによってリアルにオンラインを採り入れ、顧客満足度を向上させるための理想的なリアル店舗の在り方を追求する。

店舗でネット購入

数年前から小売業で問題になっているのが、「リアル店舗のショールーム化」だ。買い物客は実際の商品を見に実店舗には来るが、より低価格で販売しているネット通販を選んでしまうという現象である。店舗では、ネット通販に流通させない商品を開発するなど防衛策を取っているが、これといった決定打が出せない場合も多く、リアル店舗の売り上げがオンラインに流れ出している。この難問を、iPadを使ったユニークな取り組みで解決している小売チェーンがある。東京都渋谷区に本社を置く靴の小売チェーン、ABC−MART(ABCマート)だ。

靴を買うとき、「このデザインが気に入ったけどサイズがない」という在庫切れはよくある話。一般の靴屋では取り寄せになるが、早くても数日、長ければ数週間もかかり、しかも顧客側がその店舗までもう一度足を運ばなければならない。「それは面倒なので、また今度にする」と販売機会を失ってしまうことも多い。

ところが、ABCマートではこのような場合、販売員がiPadを取り出す。そして「アイチョック(iChock)」という自社在庫管理システムから在庫を検索し、顧客の住所や氏名などを入力するとネット通販のように自宅へ商品を配送する。リアル店舗に在庫があればその場で購入、なければ自宅に直送というリアルとネット通販をうまく融合させた仕組みを採用しているのだ。

このように説明すると「リアル店舗販売の機会損失を、ネット通販の仕組みで補う」と理解してしまう人は多いと思う。しかし、アイチョックの導入目的は「顧客満足度を高めるためです」(システムEC部・井上義裕氏)という。これはどういうことなのか。

 

 

東京渋谷のセンター街にある路面店。ABCマートはあくまでもリアル店舗を中心に考えている。繁華街に複数店舗を出店することで、ターミナル駅のどちら側に出てもABCマートの店を見つけられる。

 

 

東京・ルミネ有楽町内のテナント店。一般にテナント店は売り場面積、倉庫面積とも狭くなりがちだが、アイチョックを導入したことにより、小型店舗でもほとんどの商品を購入することができるようになった。アイチョックは出店戦略にも大きな自由度を与えた。

 

答えはお客様から

ABCマートは1985年に創業して以来、ターミナル駅周辺の繁華街に複数店舗を出店するという戦略で、店舗数を伸ばしてきた。駅の東口に出ても、西口に出てもABCマートを見かける状況を作ることで、認知度を高めてきたのだ。日本国内には769店舗(2014年8月末時点)を構え、今や国内_1のシューズ専門店チェーンといってもいい。

ABCマートには創業以来の“走り”や“直送”と呼ばれる業務がある。顧客が希望する商品の店頭在庫がない場合、販売員は近隣店舗の在庫を在庫管理データで確認し、もしあればその店まで“走って”取りに行くのだ。また、近隣店舗がない場合や近隣店舗に在庫がない場合は、在庫のある店舗を電話で探し、在庫が確保できたら顧客の住所を在庫のある店舗に知らせ、顧客へと“直送”する。

このようなサービスは販売の機会損失の対応策というよりも、顧客満足度の問題だ。つまり、「ABCマートの店舗に行けば、希望の商品をなんとかしてくれる」というわけだ。しかし、“走り”や“直送”の業務効率はきわめて悪い。販売員は在庫のある店舗を確認するのに時間を取られ、電話で連絡を受けた店舗側の販売員もその対応に追われるため、2人の販売員がかかりっきりになってしまう。

さらに、それ以上に問題だったのが、顧客の満足度だった。「早くても3分から5分、長い場合は15分ほどお客様をお待たせしてしまいます。中には、手持ち無沙汰になるので、居心地が悪く感じてしまう人もいると思います」。アイチョックは従来の“走り”や“直送”の代わりに、通販サイト(abc-mart.net)を使って販売員がその場で在庫を確認することで顧客を待たせる時間を減らし、顧客満足度を高めることができる(在庫があった場合、紙の伝票に顧客の配送情報を記載してもらう従来の方法よりも、iPadならば入力がスムースという利点もある)。

ABCマートは通販サイトも運営しているが、あくまでも中心はリアル店舗であるという姿勢を崩していない。「abc-mart.netの売り上げは、全体の2%程度。会社全店内では1位の売り上げですが、全体の10%を超えることはないと思います。あくまでもリアル店舗が中心」という。また、通販サイトやアイチョックなどで収集した顧客の個人情報を利用して(例えばビッグデータ分析など)何か新しいアプローチをしていくということも今は考えていないという。

「お客様がどの商品を手に取り、どのようにして購入を決めるのか。そういう心理は、店頭に立って自分の目で見ることでしか理解できないのです。お客様の心理は、定量的には理解できない。定性的にしか理解できないのです」

そのため、ABCマートでは一部の間接部門社員を除いて、ほとんどの社員が必ず店舗に立って実際に接客を行う。野口実社長ですら、週に1、2日は店舗に立つという。ビジネスのヒントは店舗を訪れたお客様が教えてくれる。そういう社内文化なのだ。つまり、アイチョックはリアル店舗とオンラインの融合というより、「理想的なリアル店舗を実現するため」に行っている施策の1つであり、それがたまたまオンライン通販の仕組みを利用したものだったということなのだ。

 

 

アイチョックを使用している販売員。顧客の目の前で、すぐに在庫確認から発注までができるようになり、接客の効率は大幅にアップ。接客効率が上がるということは、顧客に無駄な時間を取らせることがなくなり、顧客満足度の向上につながる。

 

現場に理解されるIT

このユニークな考え方は、店舗展開の戦略にも大きな追い風となった。東京・上野の路面店から始まったABCマートは、現在ではロードサイドの大型店やモールのテナント店などへも出店を進める。アイチョックを導入したことでモールへの出店がしやすくなり、店舗展開の戦略も多角的に考えられるようになった。

一般的なショッピングセンターやモールでは、簡単にいえば、売り上げの一定割合が家賃となる。一般には売り上げの6%から10%程度のところが多いようだ。そのため、モール側では売り上げが上がる店舗を入れたいと考えるし、店舗の売り上げを上げるセールなどの施策を打つことはモール側の収入増にもつながり、テナントとモール運営者が同じ目的意識を持てるというメリットがある。

一方で、モール運営者はオンライン通販の仕組みを導入した店舗を嫌う傾向がある。例えば、店頭在庫がない場合、自社の通販サイトを紹介してそちらで購入してもらうように促す店舗も増えてきているが、このようなやり方はモール運営者にとって悩ましいものだ。なぜなら、通販で買われてしまうと店舗の売り上げにならないからだ。

ところが、アイチョックの場合、商品は自宅配送されるものの代金は店頭で支払う。あくまでも店舗の売り上げとなるのだ。

「当初は、一般的なオンライン通販と混同されてなかなかモール運営者の方に理解してもらえないこともありました。しかし、今ではアイチョックの仕組みが理解されて、モール側からも歓迎されていますし、現場の販売員にも積極的にiPadを使ってもらえています。現場に理解されないITを導入しても意味がありません」

ABCマートの場合、標準的な店舗では売り場面積が7割、倉庫面積が3割程度だという。しかし、アイチョックの利用が高まっていけば、倉庫面積を減らして広く自由なレイアウトの店舗を出店することも可能になる。

「これは、あくまでも私個人の考えですが、究極までいけば店舗の在庫ゼロ、店頭には商品を展示するだけで、購入はすべてアイチョックという店舗も可能かもしれません」

もしそれが可能になれば、倉庫だけでなく、店舗への商品搬入作業も不要になる。「リアル店舗のショールーム化が問題」どころではなく、積極的にリアル店舗をショールーム化してしまうという発想だ。一方で、宅配は便利なようで不便なところがある。特に単身者の場合、宅配便の受け取りは心理上の大きな負担となる。「そういう声にお応えして、オンライン通販で注文した商品を、指定した店舗で受け取れるサービスの試験も始めています」。

ABCマートにリアル店舗とオンライン通販の区別はない。それぞれの優れた仕組みを取り入れ、融合して顧客満足度を高める“リアル店舗”を作るのが目標だ。どのようにすれば、それが可能になるか。答えはお客様に聞くしかない。ABCマートの社員は、今日も店舗に立ち、お客様の動きから多くを学んでいる。

 

 

アイチョックの画面。シンプルな画面で、サファリで閲覧する。そのため、デバイスはパソコンでもアンドロイドタブレットでもよかった。しかし、顧客に手渡すことがあることから、製品としてのブランド価値が高いiPadが選定されたそうだ。

 

 

アイチョックの注文画面。販売員が入力する部分なので、きわめてシンプル。単価の欄も入力できることに注目。店頭でセールを行っている場合などは、価格を訂正して、店頭価格で購入できるようになっている。

 

 

顧客に住所、氏名などを入力してもらう画面。しかし、タブレットの文字入力に不慣れな人もいるため、最近では販売員が聞き取りをして入力することが多くなったという。

 

 

株式会社エービーシー・マート システムEC部・井上義裕氏。アイチョックの導入は、デジタルやオンラインを取り入れるためではなく、従来から行っていた“走り”や"直送"業務(電話、ファクス、人力)の業務効率を高め、顧客の待ち時間を短縮することが狙いだという。

 

【利点】
店舗に在庫がなく、電話で在庫のあるお店を探す際、電話先1店舗目で「取り置き」などの理由から断られてしまうと、さらに違う店舗を探す必要があり、さらに顧客を待たせることになる。それを考えると、アイチョック導入のメリットは大きい。

 

【集約】
アイチョックでの注文は店舗の売り上げとなるため、販売員のモチベーションもアップするという。アイチョックはリアル店舗とオンライン通販を対立的に捉えるのではなく、すべてをリアル店舗に集約するシステムで、これが成功のポイントになっている。