「現在」の延長線上にない未来の社会でどう働くか?|MacFan

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「現在」の延長線上にない未来の社会でどう働くか?

文●山脇智志

IT産業の創生期から市場のど真ん中にいたのが、前グーグル日本法人代表取締役の有馬誠氏だ。グーグルに参加したことでIT革命が自分の認識よりはるかに大きな規模で加速していることを実感したという。有馬氏が考えるビジネスの近未来と、これからのIT時代における働き方とはどんなものか?

2014年の予言とGAFA

かつてIT業界に流行った「グーグルゾン(Googlezon)」という言葉があった。この言葉はネットで公開されたショートムービー「EPIC2014」に端を発する。それは2014年において「メディア史博物館」という架空の組織が作成したという設定で、主に当時勃興し始めていたCGM(コンシューマ・ジェネレーテッド・メディア)や、それが構成要件の1つでもある「Web2.0」というキーワードを具現化した、まさにユーザ主導で構築されていくネット社会を映し出したものだった。

グーグルゾンとは当時米国ナスダックに上場し、その株価や規模感で世界を圧巻したグーグルと、eコマースの代名詞であり世界中の消費を席巻していたアマゾンとが一緒になったサービスのことを意味する。時代は流れ、2年ほど前からは「GAFA」(グーグル/アップル/フェイスブック/アマゾン)が言われるようになった。これはEPIC2014がグーグルゾンを「予言」したときにはまだ見えていなかった二社—アップルとフェイスブックを加えた新たなネット社会を表す言葉である。だが、EPIC2014が示した未来が現実にならなかったことを考えると、GAFAさえも数年後にはどうなるかわからない。IT業界特有の進化を象徴する話だ。

さて、EPIC2014の舞台となった2014年が終わりを告げ、2015年を迎えるこのタイミングで『ギャップはチャンスだ! ─ ビッグデータ革命を生き抜く、超前向き思考の働き方』という書籍が発売された。著者は前グーグル日本法人代表取締役の有馬誠(ありままこと)氏。IT産業の萌芽前夜から約30年に渡ってこの業界を見てきた有馬氏が書籍の中で語る「IT時代における働き方」とはどんなものか、有馬氏に話を聞いた。

 

 

有馬誠

1956年大阪市生まれ。倉敷紡績株式会社や株式会社リクルートを経て、1996年にヤフー株式会社入社、取締役に就任。その後、いくつかの企業を設立したあと、2010年1月にグーグル株式会社入社、同年5月に代表取締役に就任する。現在は、インターネットビジネスやデジタルマーケティングに関するコンサルティング業務を行う株式会社MAKコーポレーション(http://mak-corporation.com/)代表取締役社長。

 

これからがIT革命の始まり

有馬氏は1980年代後半にリクルートで通信自由化という規制緩和に立ち会い、それからほどなくしてヤフーの日本法人であるヤフージャパンの栄えある第一号社員として入社した人物だ。米ヤフーとソフトバンクが日本事業を展開することになったとき、つまり孫正義氏と井上雅博氏しかまだいなかったときのことで、広告営業本部長として営業をまさにゼロから起ち上げた。その後、1996年から6年間いたヤフージャパンを去り、自身で事業を起ち上げたあと、有馬氏は2010年にグーグルジャパンの代表取締役社長に就任する。

その当時、グーグルは押しも押されぬ巨大企業でインターネットのトップランナーだった。しかし、創業者であり経営幹部であるラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンの考え方はその地位に安住しない。有馬氏は、彼らとの出会いによってもたらされた衝撃をこのように語る。

「これほどネット社会になっていると感じていても、地球規模で見れば今はたかだか全人口の3割しかインターネットにつながっていません。残りの7割はまだこれからという事実があります。グーグルの基本的認識は『つながっているほうでなく、つながっていないほうが重要』ということ。ITが実現する革命について十分に理解していたつもりでしたが、グーグルのビジョンの壮大さや、さらなるインターネットの可能性に気づかされました」

IT以前は積み重ねの結果に意味があった。いわゆるインクリメンタルな世界だ。しかし、今はそうではない。これまでの経験や知見の「貯め」の効かない時代であり、突如としてイノベーションがすべてを一変させる。そのイノベーションという衝撃とも言える出来事を起こしてきたラリー・ペイジと未来を語り、セルゲイ・ブリンとのビジョンに直に触れられる人が日本に、いや世界にどれだけいるだろうか。そのポジションまで到達したからこそ見える地平に筆者は多いに興味を持った。

「やはりグーグルに参加して大きかったのは『世界70億人の未来をつくる』というビジョンに触れられたことです。たとえばグーグルの『プロジェクトルーン』は成層圏まで風船を飛ばし、そこにインターネットの基地局を浮かべて全地球的な無線ネットワークを構築するというプロジェクトで、主に途上国でのネットアクセスを実現することを目指しています。グーグルはインターネットアクセスを新たな人類の権利として提唱していますから、これが実現することで世界は大きく変わるでしょう。特に、向こう10年、20年において教育はものすごい勢いで、ポジティブに変わると思います」

 

 

「プロジェクトルーン」は2013年6月にグーグルが開始した成層圏気球インターネット計画。気球と無線ネットワークを活用することで、インターネットを利用することが困難な僻地で安価なデータ通信の提供の実現を目指している(http://www.google.com/loon/)。

 

また、有馬氏は、グーグルの自動運転カーにも触れる。

「自分が乗ったときには車内に巨大なディスプレイがあり、自動車が周囲をどう認識してるかが映し出されていました。レーダやレーザ、カメラを用いて周囲360度、それこそ自動車の下やタイヤの接地面までモニタリングされ写し出されます。法整備などまだまだ考えなければならない点はありますが、自動運転カーが広がれば将来的に事故はほとんどなくなるはずです。また、『ウーバー(Uber)』のようなサービスと組み合わせると無人タクシーが迎えに来るので自分のクルマが必要なくなることさえ考えられますし、駐車場すらいらなくなる可能性があります」

 

 

「グーグル・ドライバーレスカー」(自動運転カー)は、人の運転を必要とせずに走行可能な自動運転車の開発を進めているグーグルのプロジェクト。 現在、実用化に向けた試験走行の取り組みが進められている。

 

日本の企業においては積み重ねの先にあるものしか評価および認識されないことが多い。数多くの革新的プロダクトが生み出されはすれど、その継続的開発やビジネスへの展開はできていないことがほとんどだ。グーグルの経営陣が自社プロダクトを通して見ている先、つまり見ている未来や地平は違うのだ。

「プロジェクトルーンや自動運転、グーグル・グラスなど普通の人ならこんなことは無理だと思うことをめげずにやり続けるラリー・ページとセルゲイ・ブリンを見ていると本当に感心します。これらは積み重ねの先にあるものではなく、一気に世界を変える話。『過去と今』の延長にはない世界を実現することです。そういうことに挑戦する企業があるということに驚かされました」

人ができることを徹底的に

有馬氏がグーグルで学んだことのもう1つに、徹底したユーザのための態度があるという。

「アップルにとってのユーザは顧客=お金を払ってくれる人ですが、ユーザに無料で自社プロダクトを提供することで広告費を得るビジネスのグーグルにとってユーザはもっと広いのです。グーグルの初期のスローガンである『don’t be evil(悪をなさない)』はまさにこれがないとユーザを味方につけられないという意味も含まれています。グーグルにとってのユーザとは、普通よく聞くような『顧客目線』とか『ユーザ第一』とかを超えたレベルです。新しいサービスを始めるときにはユーザを味方につけるということがネットビジネスの本質ですから、グーグルもそれを徹底系に行います。周囲と調整を取ることなど考えていません。これこそイノベーションを起こす素地みたいなものです」

グーグルもアップルもITによるイノベーションで我々の毎日を良きものに変えてきた。しかし、一方で、ITが進化したことで将来的に人類は仕事を奪われるという危惧も持ち始めている。産業革命期におけるイギリスで起きたラダイト運動のように。我々はどのようにそんな時代に向き合い、そしてどう働いていくべきなのか。

「いかなる仕事においても工夫の余地はあります。むしろITのおかげで、人がやるべきことが明確になったのだと思います。たとえば、クリエイティブな発想は人間にしかまだできません。これからの働き方で大事なのはどんな人でもクリエイティブな部分があるということを、個人や企業がしっかりと理解することです。もし、それが発揮されない場合は組織自体に問題があるのだと思います。

その問題を克服する鍵はコラボレーションにあります。たとえばグーグルには世界中で使える『ピア・ボーナス』という制度があります。社内の人への感謝をその上司に伝え、OKが出れば日本だと2万円が支払われるものです。この制度の最大の効用は会社が横のつながりを推奨していることを社員に体験として認識させること、そしてこれが増長して感謝のネットワークが出来上がり、「空気感」として社内に生成されていくことです。グーグルではGメールなどがこうしたコラボレーションによって生まれました。

ITがますます浸透して個々の作業をテクノロジーが担えるようになるにつれ、それと相対してリアルにおいてもネットにおいてもコラボレーションの価値が高まり、それこそがイノベーションを生み出すためのもっとも重要な企業風土になるのだと思います」

 

 

『ギャップはチャンスだ! ─ ビッグデータ革命を生き抜く、超前向き思考の働き方』

著者:有馬誠 出版社:日経BP社 価格:1620円(税別)

ヤフージャパンでインターネット時代の幕開けを目の当たりにした有馬氏。ITによって実現できる革命やITの本質を理解していた氏だったが、グーグルに参加したことでITのさらなる可能性を感じ、グーグルが目指そうとする世界と自分のITの認識とに大きなギャップを感じる。本書は、グーグル日本法人の代表を務めた有馬氏が自分のキャリアを振り返りながら、日々の仕事で体得した「超前向き思考の仕事術」を語る。ビジネスや成長の源泉として、「ギャップ」(機会)に挑戦し、未来を切り拓いていく人に勇気を与える一冊だ。

 

【動画】
「EPIC2014」は、2004年に米国フロリダ州にあるポインター研究所の研究員であるロビン・スローンとマット・トンプソンが製作し公開したアニメーション動画である。ユーチューブ(https://www.youtube.com/watch?v=Afdxq84OYIU)で視聴できる。

 

【Idea】
「アンドロイドの最大の特徴はオープンソースであること。携帯電話端末ごとにあった機種依存の世界を統一できるというオープン戦略に惹かれました。私見ですが、これはモノを基本にした企業では発生しなかったアイデアだと思います」

 

文●山脇智志

ニューヨークでの留学、就職、起業を経てスマートフォンを用いたモバイルラーニングサービスを提供するキャスタリア株式会社を設立。 現在、代表取締役社長。近著に『ソーシャルラーニング入門』(日経BP社)。【URL】http://www.castalia.co.jp/