先生にも生徒にも優しい「みらいのこくばん」|MacFan

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先生にも生徒にも優しい「みらいのこくばん」

文●山脇智志

19世紀に生まれた黒板は、デジタル教育へ移行中の今でも教育現場の主役だ。では、「みらいのこくばん」は、教室に入り始めている電子黒板なのか? いや、逆転の発想で黒板に新たな命を吹き込むプロジェクトが始動した。

「みらいのこくばんプロジェクト」のホームページ(http://www.mirakoku.com)。実際に動作するデモ動画を閲覧できる。また、ハッシュタグ「#みらいのこくばん」でさまざまなアイデアを募集している。

 

黒板と大衆教育システム

19世紀に端を発し、今なお教育におけるスタンダードとして使い続けられている黒板をはじめとした本・紙・鉛筆などのツールは、昨今の電子黒板やタブレットなどの教育への導入促進において、「効率化を阻むもの」としてある意味対立概念にされてしまった感がある。

しかし、かつてこれらが教育現場に導入されたときはその評価は明らかに違っていた。例えば、紙が登場するまで「記録」には石板が用いられていた。しかし、スペースが限られていた石板では書いては消し、書いては消しの繰り返しで記録を保存することはできず、紙と鉛筆の登場によって初めてそれが保存可能となった。教育において、本・紙・鉛筆・黒板などはまったく新しいテクノロジーだったのである。

その当時の面白い教師の話がある。

「181年のある校長の出版物から=『最近の生徒たちは紙に頼りすぎです。生徒たちは石板を使うと、チョークの粉まみれになってしまいます。それに石板をきちんときれいにすることもできない。紙を使い切ってしまったらどうするんでしょう』」(*1

まるで昨今のタブレット導入に関する記事を読むかのようだ。

そもそも公教育とは、教育システムの確立によって人類史上初めて実現した教育方法である。公教育における最大の目的は教育をより広範に提供することであり、産業革命によって工場で働き、都市に集中した人たちの子どもへの教育をより効率的かつ効果的に行う必要があった。そのために必要だったのが、テクノロジーだ。知識となる情報の伝達は本で、記録は紙と鉛筆で、そして教師と生徒という1対nにおける教育には黒板で。つまり、公教育によって生み出された大衆教育システムはテクノロジーとの融合の歴史でもあり、策定され標準化された教育プログラムを支えるのは過去においても現在においても、そして未来においてもテクノロジーであるということだ。

しかし、ここで問題が生じる。教師にとって、教育は大学の教員養成学部などで学んできた「スキル」である。そして最新のテクノロジーは原則、これまでその中には介在してこなかった。だから世の中にコンピュータやインターネットがインフラとして当たり前になり、情報がWEBやデジタルになり、端末もスマートフォンやタブレットになったとしても、加速度的な変化に対応する素地がそもそもない。教育はテクノロジーをゆっくりとしか採用できないという現実がある。

 

サカワ・常務取締役の坂和寿忠氏。2013年3月に株式会社カヤックにこの話を持ち込み、2014年5月から共同でプロジェクトをスタートした。「始まったばかりなので、まだこれからですが、さまざまな意見を採り入れながら未来の黒板の実現を目指したい」と語る。

 

教室にある黒板上部に取り付けたプロジェクタから映像を映し出す。黒板は黒いため、投射する光は黒が背景になるようにする。そうすることで黒板上では背景が消されて、線や文字だけが浮かび上がる。このアイデア、元々はプロジェクションマッピングを見ていて「暗いライトを当てる」というヒントから思いついたそうだ。

 

【引用】
*1『デジタル社会の学びとかたち:教育とテクノロジの再考』(A・コリンズ/R・ハルバーソン著、稲垣忠編訳、北大路書房、2012年) より引用

 

逆転の発想に勝機

そんな教育の過渡期といえる現在において、画期的な教育のデジタル化を推し進める企業がある。今年で創業95周年を迎える黒板の老舗メーカー、株式会社サカワだ。一時期は各県に3~4社は存在していた黒板メーカーだが、時代を経て減少し、現在は54社(黒板連盟加入社、賛助会員含む)ほどしか存在しないという。少子化やホワイトボードの代替などで市場は減速を強いられている。しかし、その一方で教育の情報化に合わせて電子黒板の市場が盛り上がりを見せる。サカワもカナダのメーカーである「スマート」(SMART)社の電子黒板を国内販売するなどして、未だニーズのある黒板と最先端の電子黒板を取り扱う。

だが、そこであるぬぐいきれない疑念が生じる。同社で常務取締役を務める坂和寿忠氏はこう語ってくれた。

「電子黒板っていったい何だろう?と考え始めたんです。電子黒板のビジネス自体は国の政策などのおかげで売上は堅調です。しかし、学校に行くと各教室に電子黒板は設置されているものの、先生は旧来の黒板を使い続けていることが多い。せっかく導入しても先生が使いこなせていないのであれば意味がありませんよね」

坂和氏もデジタル技術は進歩すること、そしてそれは無視できないことは重々承知だ。ただ、単に技術を導入するだけでなく、その技術がきちんと使われなくてはならないという思いがあった。

では、なぜ先生は電子黒板を使わないのか? 電子黒板にはコンピュータやプロジェクタと接続してその画面をホワイトボードに映し出すもの、最近ではタッチパネル搭載の液晶ディスプレイに映像を表示するものなどさまざまなタイプがあるが、使われない原因は先生の知識やスキルが低いのではなく、そもそも「先生に優しくない」からだ。操作は複雑で、実践するには教材の用意などに時間と手間がかかる。生徒に教えることよりも、電子黒板を使いこなすことが目的となってしまう。また、たとえ使用したとしても「黒板の脇で必要なときに(小さな画面で)補助的に利用されることがほとんど。メインの黒板と電子黒板を行ったり来たり、途中でパソコンを操作したり、こうした学習方法が本当に生徒のためになるのでしょうか」。

そして坂和氏はコペルニクス的な発想を生み出した。「使えないなら、使えるものを電子化すればいいのではないか」と。先生にとってもっとも慣れ親しんだ、そして同社が創業以来販売している黒板を電子化することを考えたのだ。そして誕生したのが、100年以上変わらない黒板を変える「みらいのこくばんプロジェクト」だ。

 

メニューボタンをタップすると、写真や映像コンテンツが表示され、ドラッグ&ドロップで黒板上の自由な位置に配置できる。画像の拡大/縮小もタッチ操作で行える。投影した画像にチョークで書き込むことができるのがメリットだ。

 

黒板上部に電子黒板機能付きプロジェクタを取り付けるだけで黒板を電子化できる。プロジェクタはMacやウィンドウズPCと接続され、専用ソフトによって映像を表示。専用ソフトさえ動作すれば、特定のメーカーのものに限らず、汎用的な電子黒板機能付きプロジェクタを利用可能だ。

 

iPhoneから画像を表示

みらいのこくばんプロジェクトは、教室にある黒板の上にプロジェクタを設置し、そこから黒板上に光を投影することで黒板を電子化するものだ。とはいえ、仰々しく黒板にPCの画面が出るわけではない。黒板にはアイコンが1つポツリと表示されているだけで、なんら普通の黒板と変わらないように見える。先生はチョークを使っていつもどおり授業を行うことが可能だ。

だが、この黒板にはプロジェクタに取り付けられたセンサによって赤外線の膜が黒板全面に敷かれており、黒板に近づいてこの膜を遮るとその位置情報を捕捉できる仕組みになっている。つまり、黒板にチョークや指でタッチ操作することが可能なのだ。

では、この黒板で何が実現できるのか。まず黒板に表示されたアイコンをタップするとメニューが表示され、プロジェクタに接続されたコンピュータ(MacやウィンドウズPC)にあらかじめ入れておいた画像や映像をドラッグ&ドロップで黒板上に配置して表示できる。そして、例えば地図や写真を表示してチョークでその上に書き込むことでデジタル+アナログの両方の利点を活かした授業が可能となる。また、黒板の2点をタッチ操作して直線を引いたり、チョークで書いた文字をハイライトすることも可能だ。

さらに面白いのは、iPhoneとの連動だ。専用アプリを起動すると黒板にアプリ内の画像や映像がワイヤレスで投影でき、五線譜や方眼紙、原稿用紙などさまざまなガイドを黒板に写し出せる。こうしたガイドを黒板にいちから書くのは大変だが、これならば消して再利用するのも楽だ。また、iPhoneのカメラで生徒の回答や資料の一部を写真に写せば、それをすぐに黒板に表示し、授業に使える。「生徒が前に出てきたりしなくても先生がiPhoneを持って移動すれば時間が節約できますよね。また、カメラ機能はいろいろと活用できます。例えば、生徒に出す宿題は休み時間に黒板に書き写す必要はなく、ノートを写真に撮って投影すれば済みますから」

みらいのこくばんプロジェクトは、既存の黒板を電子化できるという導入コストの低さ、教師や生徒が利用するうえでのハードルの低さなどから、現在の教育シーンが抱えるデジタル化問題に対する現時的な解として一石を投じる。現在はまだ開発段階で市場への投入時期は未定だというが、アナログの黒板がさらにテクノロジーと融合することから生まれる利便さは計りしれない。

創業家の五代目を任される坂和氏に、黒板という衰退産業に関してどう思うか?と聞くと、こんな答えが返ってきた。そこには悲壮感もなければ悲観論もない。ただ未来を見つめる真摯な姿勢がある。

「その時代に合わせて泳いでいけばいいと思います。過去を否定もしないし、今も否定しない。このプロジェクトは元々は電子黒板が『売れるのに使われない』というジレンマから発想したものです。自分たちがおもしろくないのは一番嫌ですね」

 

iPhone用の専用アプリから、ガイドや撮影写真を黒板にワイヤレスで表示できる。ガイドに合わせてチョークで描き、強調したい部分をハイライトすることも可能だ。

 

【黒板】
サカワは古く1868年から漆塗業を行っていた。実は漆塗りという業種が黒板製造における大きな技術移転のベース。黒板は砂を塗料に混ぜて木の板に塗りつけたもので、炭酸カルシウムなどを原料にしたチョークで書くと砂によって削られた軌跡が文字や線となる。