【第14回】 | マイナビブックス

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今宵、虫食いの喪服で

【第14回】

2017.02.16 | 柏原弘幸

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横山は普段週一回のペースで銭湯に行っていた。刑務所でも夏場は週三回入浴できるのを知っていた横山は、自分を囚人以下だと憐れんでいたのだが、入浴料がバカにならないのでそれが精一杯だった。四百三十円の入浴料で、特売品のインスタントラーメンなら十食分は買えた。出費は痛いが、ここは身を清めておくべきだろう・・・・・・
横山は脱いだままの形状でくにゃくにゃに放置されてるジーンズに足を通すと、Tシャツに勢いよく頭を突っ込み、四畳半を飛び出した。豆腐屋や団子屋の立ち並ぶ道幅の狭い商店街を通り、十年近く通いつめている銭湯に足早に向った。
初めてきた時から番台に座り続けている、ふやけきった顔のおばあちゃんに入浴料を払い、脱衣所の大きな鏡を見ながら裸になった。
横山はたるんだ腹を引っ込め、両腕に力瘤をつくって、ボディービルダーのようにポーズをきめた。顎を引き、上目づかいで自分を見た。あと十年は牛馬に負けない力仕事がこなせそうな、堂々たる体躯だった。
宝の持ち腐れ、という言葉が浮かんできた。
格闘家という人生の選択肢もあったのではないか、という空想がにわかに湧き起こる。実際、横山は街中や電車の中、酒場などで人に絡まれたことがなかった。学生時代、憧れのプロレスラーと街中ですれ違い握手を求めたが、自分より一回り小さくてがっかりしたことがある。本気で喧嘩したら勝てそうな気さえしたものだった。横山は外国人格闘家を強烈な蹴りでマットに沈め、大観衆の声援に応える自分の姿を想い浮かべた。
もしくは――

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