【第09回】 | マイナビブックス

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今宵、虫食いの喪服で

【第09回】

2017.01.17 | 柏原弘幸

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谷口は、「横山、お前が羨ましいよ、忙しくて死にそうだ。南の島なんて行き飽きたぜ」などと真っ黒に日焼けした顔で軽口を叩いていたが、自慢にしか聞こえなかった。
同期入社の別の者は音楽制作部門に配属され、入社半年後にはいっぱしの音楽ディレクター気取りで社内を颯爽と歩いていた。それぞれが順調に自分の時を刻んでいた。横山は各部署に振り分けるバカでかい郵便物のズタ袋を、サンタクロースのように背負いながら、そんな同期組と社内ですれ違ったりしていた。
谷口はズタ袋を力強く担ぐ堂々たる体躯の横山をからかって、人間フォークリフトなどと呼んだりしていたが、四十九歳の今の横山の仕事は、自給千円にも満たない派遣先の倉庫で荷物を仕分けたり、リーチ車と呼ばれる立乗り式の小型フォークリフトを運転することだった。
 
谷口は柴田五郎の訃報を伝えると、
「俺は今、入間川にかかる橋の上を、自転車で走りながら電話しているんだ。あ、今、牛が見えたな、のどかだな、ここは。わっはっは!」
と、ご機嫌な様子で笑った。
「自転車に乗って? ああ、それで雑音が凄いのか」
「そう、風の音だ。今から入間川沿いのサイクリングコースに入る。ここは天国だ。川面は空の色をそのまま映して、たとえようもなく美しいブルーだ。川の中までボールを追いかけて水飛沫をあげている犬がいる。川べりの広大な緑地の木陰では、家族連れや恋人たちが寝転んでる。色鮮やかなお花畑もある。少しばかり脇に入ると、入間川に注ぐ小川があってな、その辺りはちょっとした森になっていて、木漏れ日が踊っている。小川も木々も風さえもすべてが光輝いている。お前に見せたいぜ」
谷口の自慢気な実況中継を、横山は薄暗い部屋の天井を見ながら聞いていた。
「川べりの光景というのは、まるで人生そのものだ。走るほどに風景もどんどん変化していき、今見ている天国のような場所もあれば、胸を締め付けられるような寂しい場所もある。すべては移ろい変化して、決して同じ表情を見せないのさ。五郎さんは人生という名の旅を終え、今、大海原に還ったわけだ!」
自転車を漕いでテンションが上がっているのか、谷口の口調は詩人めいてきた。

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