①(古田a)
暫く、音楽は雷の音のみ。
スーホは縄で両手を縛られ、舞台に転がされている。彼らに捕まった異国の青年スーホは、この国の言葉がわからず、自らに置かれている状況もわかっていない。風子が電話を手に取る。どうやら肉親への電話のようだ。
風子 風子です。この時間帯に電話に出られないことは勿論存じておりますし、子供だからと言って夜中に電話などする不謹慎をお許しください。だから、朝、この留守録を聞いて、夕には僕のことを忘れていてくれる事を願います。しかしながら、この30秒程度の時間の中で、そのあまりの親不孝にいかなる抗弁をも立てることは適わないと思いますので、ただ二つ。お父さん、お母さん、万感の愛を込めて、ありがとう。僕は犯罪を犯します。
風子は電話を切ると、水槽に投げ入れる。風子の携帯電話は一度小さい泡を噴いて、ゆっくりと水底に落ちる。山根が奥から出てきて、スーホに近づく。スーホは気絶しているのか、反応を見せない。
山根 もったいなくない?
風子 え?
山根 携帯。
風子 いらないだろう。
山根 今使ってたろ。また使いたくなるだろ。
風子 もう無理だ。
山根 ……。
下手に寝転がっているスーホの腹部を、突如山根が蹴り上げる。スーホはその痛烈な一撃で目覚める。
風子 何をするんだ!
風子はまたも蹴ろうとする山根を止める。風子が強引に引っ張るので、山根は仕方なく暴力をやめる。
風子 やめろ!(山根を止めながら)
山根 らしくしようってんだよ。
風子 ここに連れてきた。それで充分だ。
山根は不機嫌な様子。山根はテーブルに向かい、ティーポットを手に持つ。
山根 ……紅茶飲むか? 入れよう。
風子 僕が入れる。
山根 俺の紅茶だ! 俺が入れるもんだろうがよ!
風子 ムキになるなよ!
山根 ムキになってんのはてめえだろ、勝手な真似しやがって! 少しは俺の意見聞きいれて茶でもしばいて冷静に考えろ!
風子 僕は冷静だ。
山根 あー、その冷静な人間が、犯行現場にサツ連れ込むわけだ。
風子 検証には必要なんだ。
山根 まじめに取り次ぐかよ! きっと大勢で押し寄せて茶ぁー、飲み終える頃にはブタ箱行きだ。IQ高いと自信も過剰に高いのか、通り越してバカだぜてめえは!
風子 そうかもな。
山根 ああ、そうだ。まともな神経してるやつならな、夜道狙ってワゴンに連れ込む。何普通に呼び出してんだ、正気かよクソ!
風子 ……君のせいで(スーホが)気絶してしまった。
山根 蹴りのせいじゃねえよ、そういう薬なんだ。
風子 なんで蹴ったりした?
山根 ただ連れてきて、何もしねえでしょっ引かれるなんざ、アホのすることだ。あと数分で人生終わりだってのに、何もしねえでいられるか。だいたいなんでこんな外人パクらなきゃならねえんだ。どうせなら女なら良かったんだよ。イチモツぶち込んで立派な口実が出来る。なんだよその顔は?
風子 別に。
山根 人生終わるんだ。それなら我慢せずに、レイプでもするね。暴行万歳、やりたい放題さ。やってやるね。ああ、やってやるさ。
風子 僕も犯すのか?
山根 ああ、近いやつからな、手当たり次第だ。
風子 君は優し過ぎる。
山根 その、意外な発言はやめろ。ほら、(紅茶を)入れた、しおらしく飲め。
下手側、舞台袖から。
古田 私だ。
風子 来た。
山根 まだ飲んでねえのに。
風子 (袖の古田に)一人か。
古田 そうだ。
風子 証明出来るか。
古田 できない。
山根 そうだろうよ。
風子 入れ。
下手より、古田が入ってくる。
山根 本当にタレ込んでねえんだろうな。
古田 タレ込むっていうのは、刑事の私がすることじゃない。君らがやることだ。
山根 信用できねえ。
古田 当然だ。
風子 徒歩で来た?
古田 ああ、港から6時間かかった。
風子 無線は外してもらう。
古田 はなから持ってきていない。
山根 携帯は水槽にしまってくれ。
古田 家のトイレに流した。君たちから連絡が来てすぐだ。
山根 たちじゃねえ、こいつだ。悪ぃが、明日の朝、船は出ねえぜ、おまえを乗せる船だけな。
古田 それは良かった。また6時間、歩いて港に戻らなくて済む。
山根 余裕だな。
古田 はは。私が余裕だって?(スーホを見て)彼か。
風子 今は眠っている。さあ、椅子に座ってくれ。
古田 ありがとう。
山根 座るのはいいが、拳銃も水槽に入れろ。間違って撃つ名人に間違って殺されるのはごめんだ。
古田 この状況で君を撃つのは間違いじゃないだろう。
山根 じゃあこいつの夫を狙って撃ったってことだな。
風子 やめろ。
古田 (風子に)私に復讐がしたいのか。
風子 違う、でも、銃は、山根に渡せ。
山根 あ?
古田 水槽ではなく?
風子 山根に。
古田 分かった。
古田はガンベルトを外すと、拳銃ごと山根に翳す。
古田 信じて欲しい。誰にも言っていない。
山根 時間が経てば分かる。座れよ。
古田が座ると、山根、風子も席に座る。古田が中央、山根が上手、風子が下手。スーホは下手で寝転がっている。
古田 (スーホに目を遣り)しかし、誘拐とは、
風子 (古田に)君は僕の夫を殺した。
山根 おいおい、自分で蒸し返すのかよ。
古田 ……。
風子 雀荘にいただけ、中国人のたむろする雀荘に、夫はたまたまいあわせただけ。銃を構える君の威嚇に怯えて鞄から携帯を、ただ携帯を取ろうとしただけだった。
古田 黒かったんだ。
山根 あ?
古田 いや、すぐに、懲戒免職を覚悟したよ。
風子 夫も共犯だと思われた。夫の無実の証明よりも、君の公務上過失の取り消しの方が早かった。
古田 ……。
山根が拳銃を抜いて古田に構える。
山根 そういう話ならさっさとやるぜ。
風子 違う。
山根 うるせえ。
風子 夫は雀荘で君(山根)を待っていた。もし君が間に合っていたら、叩いて埃の出る君は検挙されていただろう。だが事後、彼(古田)は雲隠れした君を追わなかった。
山根 間違って撃った見返りに、だろう。サツならスジ通して俺をぶち込むべきだろが。甘ったれやがって。
古田 お前を撃ったなら後悔はしなかった。
山根 まずしょっぴけや。法治国家だろキチガイ。
古田 バイヤー風情が法治を語るな。
山根 ダチ殺しといてカタキ本人がクソ垂れんじゃねえぞ!
風子 やめろ。
山根 こいつはダチやりやがった!
風子 僕は妻だ! 気持ちは分かる!
山根 なら乗じろや!
風子 君も同罪だ!
山根 なんだと!
古田 お願いだ、静かにしてくれ!
風子 !
山根 あ?
古田 静かに話してくれないか。
山根 なめんなよ。