【第3回】また仕事を探して | マイナビブックス

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就活すごろく、上がりはイタリア 下

【第3回】また仕事を探して

2015.10.19 | 吉原みどり

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また仕事を探して
 

さて思い付いたは良いが、イタリア語で今すぐお金になる見込みはゼロ。また新聞を広げると「語学に興味のある貴方へ、歩合制、高収入、年齢不問」という、これぞ私向きな求人広告を見付けたので行ってみた。結構大きい会社である。オフィスには若い男女が二十人位集まっていた。外資系のこの会社の業務内容は、英語の教材カセットテープとテキストの販売だった。売値は凄く高く一セットは十五万円だ。売上報酬は二割という。
美男の若いセールス・マネージャーが出てきて、「私は向うの大学を卒業したんですが、帰ってきてからの職探しは本当に大変でした。苦労した末にこの会社と出会い、今では売上げナンバースリー。月給は百万以上!」と嬉しいことを言ってくれる。聞いているみんなはホーッとため息をつき、私もにわかに人生捨てたものでなしという気が湧いて来た。
次の日から二週間の販売研修が始まった。むろん交通費も出ないが、みんな未来の百万円が日一日と近づくので張り切っている。アメリカの心理学者作成によるセールス・マニュアルを渡された。まず台本を丸暗記するのだ。内容は、相手が絶対にノーと言えないような質問が列挙されている。例えば「貴方は、英語がペラペラだったら良いと思うでしょう?」と聞く。全員がウンと言う筈だ。この調子でイエス、イエスと繰り返し言わせているうちに、相手は判断力が無くなり、自動的にハイと言う心理状態になるのだという。確かに良く出来たマニュアルだが、お客はその通りの反応をしてくるのだろうか? 売手は語学の知識が必要だと思うが、私は勿論、他の子達のご面相を見ても英語が出来るとは到底思えない。セールストークを教えられている内に、何か胡散うさん臭い気がしてきた。
この会社では、初売上げをたてることを、「アイスブレーク」と言っていた。硬い氷の山を突き破ったというわけだ。朝礼の時、我々以前に入って、アイスブレークを出せた人達は壇上に呼ばれ、表彰されると感激してか泣く子もいる。儀式が終わると全員で、「頑張るぞー」と誓いの言葉を怒鳴り、エイエイオーとトキの声を上げるには辟易へきえきした。どうも変。これは? と思ったけれど、こちらも乗りかかった船だ。やってみるより仕方がない。しかし、私が一番疑問に思っている「誰に何処で売るのか」に対して、幹部たちはいくら聞いてもはっきりしない。「客はいずれ紹介しますよ」と言うばかりなのである。
二週間後、「さあ、今日からいよいよ販売です」と百万売り上げマネージャーに連れて行かれた所は蒲田の駅前! 。えっ、ここで? 各自そこいら辺を通る人に声をかけろと言う。これをキャッチと称するのだそうだ。キャッチしたお客に何処で話すかといえば、「近くに席を用意しましたので、そちらへどうぞ」と案内するのは駅前の喫茶店である。その店と特に契約した訳でもなく、普通の客として入るだけ。コーヒー代については、
「たいがいのお客は払ってくれます。こっちのも出してくれる人も居るんですよ。ダメなら二人分自払いだけれど、売れればその位の経費はどうってことないでしょ?」
さすがの善男善女たちもボーゼンとしてしまった。今まで良い事ずくめを言っていたマネージャーは、ここに至ってガラリと態度を変えた。
「貴方たちねえ、お金を稼ぐっていうのは大変なことなのよ。気力です。努力です。やればかならず出来るんです!」更に、ストップ・ウオッチのような記録計が渡された。とにかく人に声をかける度に押せと言う。押した数に比例して売上げがたつと云うのだ。彼の言うことはご尤もだが、まさか街頭に立たせられるとは。

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