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神さまの人生

【第2回】京都物産展

2014.12.15 | 大島健夫

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京都物産展

 

それは俺の七歳の誕生日のこと
親父が京都物産展に連れていってくれた
俺たちは手をつないでデパートまで歩いていった
日曜日の昼下がり、五キロの道のりを、手をつないでデパートまで歩いていった

「八橋がある」
親父が言う、「京都物産展だからな、絶対に八橋がある」
ほんとだ、八橋はすぐ見つかる
棚の上にたくさん並んでる
いろんな色の、いろんな八橋
色の白い綺麗なねえちゃんが言う
「いらっしゃいませ、おひとついかがどすか?」
あのねえちゃんも京都から来たのかな
京都じゃみんな、あんなふうに綺麗なのかな
ま、あのねえちゃんが中国物産展の時もいたのは知ってるけれど
想像するのはいつもタダだし
試食品の八橋をほおばりながら親父が言う
ああ、京都はいいところだ、メシはうめえし女もかわいい
それに、京都は昔、日本の首都だったんだぜ。
親父は何だって知ってる
けど親父には仕事がないし
親父の財布には金もない
俺は昨日、学校であったことを思い出す
担任の先生は俺の顔を覗き込んで言った
正直に言いなさい、給食費を盗んだのはあなたでしょう
あなた以外に、お金を盗むような子はいないのよ
正直に言いなさい、賞をとったあなたの作文は誰かに書いてもらったんでしょう
あなたにあんな上手な文章が書けるはずがないわ
ねえ、どうして素直になってくれないの、先生には何でもわかるのよ
先生のことをお母さんだと思いなさいっていつも言ってるでしょう・・・
それから俺は昨夜の電話を思い出す
昨夜遅く、親父が小さな声でかけていた電話
親父は電話に向かって言った、「なあ、もう一度やり直せねえかな・・・そうか、ダメならいい」
一拍おいて、また言った、「せめて子供の顔でも、見に来ねえか・・・そうか、ダメならいい」

俺たちは八橋を食べる
いろんな色の、いろんな八橋
試食品のケースに並んでる、全部の八橋
すると喉が渇き始める
「お茶を探そう、必ずお茶があるはずだ」
親父が言う
「京都物産展だからな、必ず宇治茶があるはずだ」
俺たちは手をつないで、人ごみの中を必死で歩く
「俺の目に狂いはねえ」
親父は言う
「絶対にお茶を試飲できるところがあるはずだ」
俺たちはお茶を探して歩く
すごく喉が渇いて、一秒ごとにもっと渇いて
でも、お茶は必ずあるはず
だってここは京都物産展なんだから。
俺たちはぎゅっと手をつないで歩いてた
絶対に離れないように、きつく手をつないで
俺たちはくたばるわけにはいかなかった
俺たちは今日のこの日を生き抜いていきたかった
だって来週には同じこのフロアで
北海道物産展が始まるんだからさ。