2016.04.07
永原康史の「デザインにできること」 Web Designing 2016年4月号
「2001年から旅して」 メディアとデザインについて考える
ブックデザインやWebプロジェクト、展覧会のアートディレクションなどを手がけ、メディア横断的なデザインを推進しているグラフィックデザイナー、永原康史氏によるメディアとデザインに関するコラム。
2001年は、スタンリー・キューブリックの名作映画『2001年宇宙の旅』で広く意識されるところとなった、21世紀最初の年である。映画は1968年公開。キューブリックは2001年を経験することなく1999年に没している。
1999年はEUの通貨であるユーロが導入された年である。ロシアではエリツィン大統領の後を受けてプーチンが代行に着任している。日本では茨城県東海村の核燃料加工施設で原子力事故が起こっており、国内で初めての事故被曝による犠牲者が出た。いずれも21世紀の足音である。
私事を書かせてもらえば、1999年は『デザイン・ウィズ・コンピュータ』という本を出版した思い出深い年だ。まだ誰もコンピュータによって拡張されるデザインについての考察をまとめていなかったので、未熟なりに手応えがあった。なんとか20世紀のうちに刊行できて、ほっとしたことを覚えている。
「ミレニアム」を心待ちする一方で、プログラム上の年表記(古いプログラムは年号を下2桁で扱っていたので「00」は1900年と区別がつかない)によるコンピュータ誤作動の可能性を指摘した「2000年問題」が話題になっていた。結局大きな問題は起こらず、世界中のコンピュータエンジニアの優秀さを証明して年が明けた。
2000年には20世紀史の出版が相次いだ。つまるところ20世紀とはアメリカの世紀であり、戦争の世紀であり、映像の世紀であり、デザインの世紀であった。
新世紀を祝う喧噪のうちに2001年がスタートした。ウィキペディアがローンチされ、Mac OS Xのリリースがあり、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンと東京ディズニーシーが開園。そして9月11日にニューヨークの世界貿易センター・ツインタワーが崩れ落ちた。アメリカ同時多発テロである。それを契機として起こった米軍のアフガニスタン侵攻は、今も続く長い戦争の始まりとなった。
その激動ともいえる2001年に『Web Designing』誌が創刊され、この連載が始まった。
郵政省がインターネットの商用利用を許可し、日本で本格的なインターネット接続が始まったのが1993年。画像とテキストが同じ画面で扱えるようになった最初のWebブラウザ「NCSA Mosaic」も同年にリリースされている。その1993年をWebデザイン元年とすると、そのジャーナルが生まれるまでに7年を要したことになる。その7年はWebデザインという職能が定着するまでの時間と考えてもいいだろう。グッドデザイン賞が表彰の対象にWebサイトを加えたのも、たしか2001年だったと記憶する。
初期のころは日進月歩のWebテクニックを追うのが精一杯に見えた本誌の誌面も、Webカルチャーとしてのデザインを取り上げることが多くなり、Webの表舞台からデザイン文化が後退していったここ数年は少しずつビジネス寄りにシフトしていった。2000年代のWebデザインは、早送りモードで再生された20世紀デザインの盛衰を観るようでもある。創刊号からの内容を分析すると、Webに限らない「デザイン」の一側面が見えてくるのかもしれない。今のデザイン界に必要なのは、そういった地道な批評と研究だろう。
昨年、日本のグラフィックデザインはオリンピックエンブレム騒動で計り知れないダメージを受けた。グラフィックデザイン界がデザイン壇ともいえる閉鎖的なソサエティをつくってきたことは、このコラムでも指摘してきたとおりだが(No.48「デザイナーのなりかた」、『デザインの風景』収録)、それが最も悪いかたちとなって露呈した。たとえばクリエイティブコモンズやオープンソースなど、共有をよしとするインターネットの思想から考えれば、Webデザインはグラフィックデザインのようにタコツボ化する心配はないと思いたい。
デジタルメディアは従来のデザイン分野やエンターテインメントビジネスをカバーするだけでなく、AI研究とも結びついて社会のインフラに育ちつつある(かつてのエネルギー産業がそうであったように)。そこにデザインにできることがあるのかどうか。実作者として、観察者として、もう少し係わっていたいと思う。私たちのディスカバリー号☆はまだ航海を続けているのである。
☆ 「2001年宇宙の旅」の舞台である宇宙船。2001年では最高速とされている。
- Text:永原康史
- グラフィックデザイナー。多摩美術大学情報デザイン学科教授。現在 「あいちトリエンナーレ2016」の公式デザイナーを務める。本コラムの10年分をまとめた『デザインの風景』(BNN新社)など著書多数。新刊に『インフォグラフィクスの潮流』(誠文堂新光社)。丸15年続いた連載も今回が最終回です。どうもありがとうございました。