2016.03.06
永原康史の「デザインにできること」 Web Designing 2016年3月号
「デザイニング・プログラム」 メディアとデザインについて考える
ブックデザインやWebプロジェクト、展覧会のアートディレクションなどを手がけ、メディア横断的なデザインを推進しているグラフィックデザイナー、永原康史氏によるメディアとデザインに関するコラム。
ぼくの2015年は長く、12月は45日ぐらいまであって、『Web Designing 2016年2月号』が届くあたりにようやく年が明けた。なんということだ。
2015年の延長期間は、新刊書『インフォグラフィクスの潮流』(誠文堂新光社)☆の仕上げにかかり切っていたのだが、悪戦苦闘しながら下版した本が2月にはもう書店に並ぶ。そのことも驚きである。印刷・製本に時間をかけられるような世の中ではないのだろう。なにせ、たった今起こったことでもWebで探せば何らかの情報を見つけることができるのだ。時間をかけて複製する情報のなんと贅沢なことか。
さて、その本は、タイトルのとおりインフォグラフィックスが成立していく過程をエポックメイキングな図版とともに紹介していく内容なのだが、最後はビックデータのヴィジュアライゼーションで締めくくっている。それはそれで、コンピュータで絵を描く(作図する)そもそもの始まりから話をしないとうまく伝えることができない。ジェネラティヴグラフィックスも突然現れたわけではないのだ。
1950年代初頭にオシロスコープを使ってブラウン管に曲線を描き出したことからコンピュータグラフィックスの歴史が始まるのだが、原理的には1970年ごろのピクセルの発明で止まっている。そこからは解像度が高くなり、書き換え速度が速くなり‥‥というハードウェアの進化が主で、コンピュータで絵を描く方法に大きな変化はみられない。もちろんその後には、レイトレーシングや物理シミュレーションといった3DCGにおける重要な発見や発明があるのだが、それとてピクセルで表示することにかわりはない。つまり、今、コンピュータを使って何かを描こうとすると、1950年代から70年代にかけての20年間に生まれた技術のどれかを参照することになる。現代の造形デザインでコンピュータによらないものはそうそうないので、ほとんどがその20年間に生まれたものの枝葉ということになる。
1964年、スイスのグラフィックデザイナーであるカール・ゲルストナーが『デザイニング・プログラム』という本を出版する。ゲルストナーはバーゼル生まれで、スイススタイルのデザイナーとして知られている。GGKという広告デザイン会社をつくり、スイス航空のCIやフォルクスワーゲン、シェル石油のロゴタイプなどを手がけ、広告界から退いた後は出版界にも貢献した、名実ともにモダンデザインを代表するデザイナーの一人だ。しかし、ゲルストナーの名前を知る人が真っ先に思い浮かべるのは、この本ではないだろうか。それほど強い印象を持つ本なのだ。一言でいえば、情緒や主観に流されない、数理的で抽象的な造形を視覚言語の文法として提示した本である。
19世紀末、パリに花開いたポスター文化は、ジュール・シェレやA・M・カッサンドルといったポスター作家を育てた。しかし彼らの制作技法は絵画の延長線上にあり、「商業美術」ではあっても、まだ「グラフィックデザイン」にはなっていなかった。1930年代には、『ノイエ・ティポグラフィ』を上梓したヤン・チヒョルトやドイツ工作連盟のペーター・ベーレンスらによって、その後に「モダンデザイン」と呼ばれることになる思潮が始まるのだが、それも第二次世界大戦で中断。戦後、その流れは主にスイスのデザイナーたちに引き継がれることになる。そのデザインスタイルを端的に表しているのが『デザイニング・プログラム(プログラムをデザインする)』なのである。 ヨゼフ・ミューラー=ブロックマンの『グリッドシステム』やエミール・ルーダーの『タイポグラフィ』も、同じ「プログラムをデザインする」指向の内側にある。
「プログラム」ということばで結ばれる20世紀中ごろのデザインスタイルとコンピュータによる造形は、(1936年にアラン・チューリングがコンピュータを示唆する論文「計算可能数について」を発表したことを考え合わせても)実は同時代の産物で、21世紀になって再び接近しているように思われる。
整然として清潔なスイススタイルと、複雑でカオスな様相をみせるジェネラティヴグラフィックス。まったく違う顔を持つこの二つは、実は同じ母を持つ兄弟なのである。
☆ http://www.idea-mag.com/books/the_stream_of_information_graphics/
- Text:永原康史
- グラフィックデザイナー。多摩美術大学情報デザイン学科教授。現在「あいちトリエンナーレ2016」の公式デザイナーを務める。本コラムの10年分をまとめた『デザインの風景』(BNN新社)など著書多数。写真は新刊書のカバー意匠。