2022.07.11
ECサイト業界研究 Web Designing 2022年8月号
ECのクラウド利用 やっておくべきことと注意点
ECは構築後どう運用するかが大事です。ビジネス要件やRFP(提案依頼書)作成時の段階で運用を意識してどのように構築するかを考えましょう。その中の選択肢としてここでは、ECには欠かせない「トラフィック」問題を中心に、AWSなどクラウド利用のメリットを説明します。
ECの天敵「サーバダウン」
ECサイトを構築するには、大きく分けて、ASPやSaaS版のアプリケーションを利用するか、パッケージ版のアプリケーションを利用するかになります。ASPやSaaS版もクラウドを利用していますが、サーバの負荷に応じて自動的にクラウドサーバの台数を増減させる「オートスケール」や、複数の設備を用意して一部が故障しても運用をストップさせない「冗長構成」を行うことはほぼできません。一方、パッケージ版であっても同様です。
10年ほど前まではEC用のショッピングカートのASPやSaaS版を利用するか、自分でサーバを構築してそこにECパッケージをインストールするかのどちらかでした。サーバもroot権限の無いレンタルサーバで行うことも多かったのですが、root権限がないとカスタマイズができないので、サーバのマネージドサービスを使用したり、自作サーバで運用する企業も多かったと思います。ただこの場合、3年後のトラフィックがどうなるか、アクセスのピークはどうなるかなどを考えてインフラを構築することになります。正直、そんなことわかるはずがありません。なので、トラフィックが増えてきてサーバがダウンしてからサーバ増強といったことも普通にありました。
こういった問題は、AWSなどのクラウドを使うことで解決できるようになりました。初期コストを削減できたり、トラフィックにあわせた柔軟性を享受できるようになったのです(01)。ではここから、クラウドのECにおけるメリットを見ていくことにしましょう。
トラフィック対策を安価で手軽に
ECサイトは、1セッションでのページ閲覧数が多いという特徴があります。例えば、カートステップが5つあればこれだけで5ページですし、その前の商品ページ、カテゴリページ、トップページ、検索結果ページなど比較しながら購入することもあります。必然的に閲覧数も多くなり、滞在時間も長くなります。
さらに、TVのパブリシティや有名人のSNSなどで爆発的にアクセスが急増することが多く、しかも予告なしに紹介されることもあるためインフラ・ネットワーク担当はいつもヒヤヒヤしていました。それが今では、ELB(Elastic Load Balancing)、ALB(Application Load Balancer)といった(02)ロードバランサー(外部アクセスを複数のサーバに振り分け、負荷分散を行う機器)を使用して冗長構成もできますし、データベースはリアルタイムレプリケーション(本番データを予備のシステムにリアルタイムに複製し、運用停止を回避する)もできます。
AWSならば、このELB、ALBを利用して安く簡単に冗長化できます。ロードバランサーも以前はハードだけで2,000万円くらい掛かっていましたが、今は1カ月で数千円です(ただし、タイムラグはありますので、一瞬のアクセス急増の場合には追いつけないことがあります)。このため、ロードバランサーで冗長化しておき、さらにトラフィックが増える場合にはオートスケールで対応しましょう。
ちなみに、以前はトラフィックがルータのキャパを超え、ロードバランサーで落ちるということもありました。サーバは何ともなかったことも多いのです。サーバダウンしたと大騒ぎする前に、ECサイトが落ちた原因がネットワークのどこにあるのかを調べるのが鉄則ではありますが、AWSやAzureを使用すればこのような課題はそもそも解決できています。
ECならではの注意点
AWSで注意が必要なのは、SMS(シンプルメールサービス)でしょう。送信先のメールアドレスのエラーが一定数あると、組んでおいたAWSのリージョンがすべてロックされてしまいます。エラーをなくした状態で構築、移行すればよいのですがなかなかできないことも多いので、その場合にはメールの送信だけはAWSの外で、「Sendgrid」(03)や「mailchimp」(04)などのサービスを使用することも多いです。
もう一つの注意点がセキュリティです。ECならば、WAF(Webアプリケーションファイアウォール)は必須です。もちろんAWSのWAFでも十分ですし、セキュアなネットとワークを提供する「CloudFlare」(05)などサービスを使用する手もあります。WAFがあるだけで安心感は出てきますが、そうかと言ってアプリケーションのつくりを甘くしたら本末転倒になりますので、カスタマイズをしたら脆弱性診断はしておいたほうがよいでしょう。
最後に、AWSの利用料は従量課金制で、なかなか予測できない部分です。日本の企業や店舗さんはサーバ代を安くしようと考えがちですが、機会損失のことを考えたら、少し余裕を持った設計にしておいたほうが無難です。